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『駅をデザインする』(赤瀬達三) [読書(教養)]

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 正確さと安全で世界に知られた日本の鉄道の駅だから、駅デザインの水準も高いだろうと漠然と信じている人がいる。多少はわかりにくくとも、どこでもこんなものだろうと問題視しない人が多い。ところが海外の駅を訪ねてみると、日本よりはるかにわかりやすく、また美しいことに驚く。日本の鉄道駅のレベルは、相対的に見てかなり低いのだ。
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Kindle版No.70

 日本の鉄道駅が分かりにくく迷いやすいのは、案内情報の不足が主因ではない。そもそも空間構成に致命的な欠陥があるのだ。駅の空間デザインと案内サインシステムについて専門家が平易に解説してくれる一冊。新書版(筑摩書房)出版は2015年2月、Kindle版配信は2015年3月です。


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首都圏、中京圏、近畿圏を合わせた鉄道利用者は5600万人。そのうちおそらく1000万人を超える人々が、毎日駅で不便と不快を感じていると想像され、その状態が50年も続いている。こんなにも膨大な数の人々が、途方もなく長い間苦しんできて、どうしてその改善策を真剣に検討しようとしないでいられるだろう。
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Kindle版No.1893


 はじめての駅で乗り換えに迷って乗り遅れた。駅で待ち合わせしたら互いに迷子になった。出口に向かっていたはずなのに気づいたら地下道を延々と歩かされていた。

 何かと使いにくく不便な日本の駅。もっと案内板を増やしてほしい、などと思いがちですが、実は、それ以前に、そもそも駅デザインに重大な欠陥があるのだ、ということを教えてくれます。


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 これらの改善に案内情報の増設を求める声が少なくない。しかし案内情報だけでこの問題の解決を図るという考え方自体が、そもそも間違っていたのではないだろうか。
(中略)
 人と人のコミュニケーションは、場面と言葉があってはじめて成立する。鉄道駅でのコミュニケーションとは、施設提供者と利用者の間で行われるものだ。その際、言葉を示しているのがサインだが、場面を提供するのは空間構成だ。コミュニケーションが成立し得ない場面しか提供できないとしたら、それはデザイン力のなさを示している。
(中略)
サインはメディアなので、空間の名称を伝えたり、運行情報やサービス情報を提供することが本来の務めだ。駅の空間において人々の自然な流れを生み出すには、まず空間構成がそうした目的意識をもってデザインされていなければならない。
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Kindle版No.159、728、732

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 建築物の構造は、力学的に空間を成立させると同時に、そこを利用する人々に必ずなんらかのメッセージを伝えてしまうものだ。(中略)一つの空間内に一見無関係に置かれるさまざまな要素を、床、壁、天井はもとより、券売機、改札機、ベンチ、サイン、広告といった多様な要素を、たがいの間合いを調整しながらおのおののクオリティを高めていく。空間表現によってなんらかのメッセージを伝えるには、これが唯一不可避的な方法なのだ。
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Kindle版No.800、890


 駅の空間デザインが、人々の自然な流れを作り、混乱を防止し、居心地の良さや旅への期待といった情感を作り出す。そういったことはあまり意識してなかったので、けっこう驚きでした。

 こうして、著者自ら手がけた様々な駅デザインの実例、海外の様々な駅の構造を紹介しながら、駅をデザインする、とはどういうことかを示してくれます。その上で、日本を代表する駅についてデザイン評価するのですが……。


新宿駅
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中央本線、中央線快速、中央・総武線(各駅停車)の違いを理解するのは至難の業だ。京王線と京王新線、北の大江戸線と西の大江戸線の違いもわかりにくい。
(中略)
「中央西口」と「西口」で、行き着く先はどう違うのか。「新南」とは、どんな方位を示すのか。つまり漢字ではあるが、その意味性を放棄して、単なる記号として使っているだけだ。
(中略)
地下一階にある北通路で、2000年前後からこのサインがついている。これほど不愉快なサインもめずらしい。(中略)整備当初はまぶしくて目を向けられなかった。しかも情報はたどれない。いまでは逆に、消えたままの照明が放置され、無残な空間に成り果てている。
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Kindle版No.1355、1360、1374


京都駅
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公共空間のサインのあり方を考える反面教師になってしまっている。(中略)これらのサインは、表示情報の選択基準に決定的な欠陥があるが、加えて情報の多さと文字が小さいことによる見にくさはどうだろう。道を見失った人が立ち止まってなんとか解読しようとしていると、うしろから来る人に突き飛ばされてしまう。
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Kindle版No.1464、1479


渋谷駅
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 わたしはこの路線をよく利用するが、この新駅には落胆した。知り合いもみなが怒った。混雑がひどくなり、乗り換えの仕方も街への出方も見当がつかなくなった。五面から四面に減ったホームを占拠するのは、太い柱と階段、エスカレーター、エレベーター、それにベンチとサイン。人が歩き電車を待つ空間はない
(中略)
この駅整備では、内外で公共建築を手がける建築家も設計に参加したと聞く。ではなぜ、そんな公共空間の基本がまったく無視されてしまったのかをまず問いたい。朝夕のラッシュ時の混雑状況はまことにひどい。階段壁の脇では人が詰まって身動きできなくなり、独立柱とベンチが占める空間ではぶつかり合って言い争いまで起きる。それを毎日、何万もの人々が繰り返しているのだ。
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Kindle版No.1545、1551


 ボロクソ。というより、怒りと憤りそして悲しみが吹き出してくるような激しい調子で批判されます。きちんとした目的意識を持って、巧みに、美しく、デザインされた海外の駅の実例を見てきた後に読むと、著者の憤りに共感を覚えます。乗客ナメてんのか。なんでこうなるんだ。


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 日本の駅づくりの根本的な欠陥は、土木部門が構造を考え、建築部門が内装を仕上げるという、総合的な人間環境のイメージを欠いた検討体制にある。第5章で紹介したように、東急東横線渋谷駅が悲惨な状況になっているのは、そのことに遠因があり、またそのことと闘わなかった建築家に社会的な責任放棄の過ちがある。
(中略)
 土木部門に、パブリックデザインとトータルデザインを考えられる人材が、ぜひとも必要である。駅の空間構成のよしあしが、人々の幸せに決定的な影響を与えてしまうからだ。日本の鉄道駅がヒューマンな視点を取り戻すために不可避な組織改革と断言できる。
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Kindle版No.1680


 というわけで、サインシステムと空間デザインという観点から「駅をデザインする」とはどういうことかを分かりやすく紹介してくれる本です。デザイン原則を無視し、乗客の尊厳を土足で踏みにじるような「公共空間」が平然と作られ、半世紀も放置されたままになる、そんな日本社会の旧弊な構造に起因する問題点も浮き彫りにされます。

 パブリック、公共意識、というものに興味がある方に一読をお勧めします。あと、日本の「おもてなし」は世界一のはずなのに、日本にやってくる外国人観光客の数が世界的に見るといまひとつなのかなぜか、疑問に思っている方にも。


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 日本人は世間には最大限の気遣いをするが、社会には疎いといわれる。(中略)パブリックを思う人は、そうとばかりはしていられない。パブリックは、そこで暮らす老若男女はもとより、人種、国籍、言語、文化、障害の有無の別を越えて、共にいる人々すべてを指すからだ。
 2020年に東京でオリンピック開催が予定され、その年までに2500万人の外国人が訪れる国にしたいとの観光立国策が示されている。その成功に近づくには、日本の大都市をパブリックに開き、真の国際都市へ変えていくほかはないと思う。
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Kindle版No.1910


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