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『ハトはなぜ首を振って歩くのか』(藤田祐樹) [読書(サイエンス)]

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ハトが首を振って歩く理由は、鳥の歩行研究における最重要課題と言ってよい。(中略)どうしてあんな風にピョコピョコと首を振るのか知りたかったという人に、私はかなりたくさん出会った。多くの人が知りたいことを調べる。それもまた、科学の重要な役割だ。
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「プロローグ ハトが首を振るその前に」より

 ハトはなぜぴょこぴょこ首を振って歩くのか。1930年から綿々と続いてきたハトの首振り研究がついに明らかにしたその理由とは。さらにその先にたち現れる疑問「カモはなぜ首を振らずに歩くのか」。そして謎に包まれた「鳥類ハト化計画」とは。鳥類の歩行研究について専門家が分かりやすく解説してくれる一冊。単行本(岩波書店)出版は2015年4月です。


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「鳥の歩行を研究してみようと思う」というと、決まってみんな、ハトの首振りの理由を問うのだった。
 誰もかれもが口をそろえて首振りの理由を知りたがる。そんなにみんな、首振りに興味があるのかと驚いた。
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単行本p.69


 「本書を気軽に手にとってくださった方々も、さすがにここまでガッツリと首振りの話が展開されるとは、思っていなかったのではないだろうか」(単行本p.113)とある通り、最初から最後まで首振りの話を詰め込んだ一冊です。全体は5つの章から構成されています。


「1 動くことは生きること」
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 運動の目的をひとつひとつ数えていけば、きりがない。きりがないから短くまとめてしまうと、食べるためにも、食べられないためにも、雌雄が結ばれるためにも、子どもを産み育てるためにも、とにかく運動せねばならないのだ。
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単行本p.6

 まずは基礎知識として、動物の移動様式とそれを支える身体構造についてざっと解説します。


「2 ヒトが歩く、鳥が歩く」
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図16 ペンギンの姿はヒトとあまりに似ているため,山手線ホームにペンギンが並んでいても,誰も気づかない(右)。しかし,骨格(左)を見るとペンギンはしゃがんでいて,立っているヒトとは簡単に区別できる。
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単行本p.31

 この章では、鳥とヒトの二足歩行を比べて、類似点と相違点を明らかにしてゆきます。トリは両足を同時に地面から離さないまま走行できるとか(びっくり)、ペンギンが常にしゃがんだ格好のままヨチヨチ歩きをする理由とか、一部の鳥がホッピングするのはなぜかという問いに「21世紀の科学が回答を提示できないというのは驚きだ」(単行本p.36)とか。意外な話がいっぱい。

 ちなみに図16(右)というのは、山手線ホームに巨大なペンギン親子が立って電車を待っている、でも誰も気にしてない、というか、そういう写真です。おい。


「3 ハトはなぜ首を振るのか?」
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 首振りが気になって仕方ないのは、何も最近の風潮ではない。ハトの首振り研究の歴史を振り返ってみると、意外に古く、最初の研究は1930年までさかのぼる。(中略)
1930年代は、まだヒトの歩行研究すら黎明期であった。そんな時代に、わざわざハトの運動を研究しようというのだから、ごく控えめに表現したとしても、彼らがハトの首振りに対して並々ならぬ興味をもっていたことは疑いようがない。(中略)
彼らは、単にハトを撮影しただけでなく、ニワトリやカモを手にもって上下左右に動かすときに頭を静止させていることも確かめた。どれだけ首振りに夢中なんだと、思わずツッコミを入れたくなる
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単行本p.40、41、43

 いよいよ謎が解かれます。1930年から綿々と続いてきた首振り研究が見つけたその理由とは。そしてそれは、いかなる実験によって明らかにされたのか。そして、なんで人類はそんなに首振りに魅了されるのか。


「4 カモはなぜ首を振らないのか?」
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「ハトはなぜ首を振って歩くのか?」と、「カモはなぜ首を振らずに歩くのか?」は、一見すると同じような疑問なのに、後者はなぜか奇妙に聞こえる。少なくとも私は、カモが首を振らない理由を気にする人に会ったことがない。ハトが首を振る理由は気になる人がたくさんいるのに、どうしてなのだろう。
 それはおそらく、私たち人間が歩くときに首を振らないからだ。
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単行本p.71

 ハトが首を振る理由は一応分かった。では、他の鳥類はどうなのか。いつも首を振って歩く鳥、いつも振らずに歩く鳥、そしてときどき振って歩く鳥。それぞれ理由は何なのか。疑問をさらに深めてゆきます。そして謎に包まれた「鳥類ハト化計画」とは。


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 そこで私は、鳥類ハト化計画をもくろんだ。足元の餌の密度を変えることで、すべての鳥にハト歩きをさせようという計画だ。(中略)
 しめしめ、これは早くも鳥類ハト化計画発動だと期待して、日がな一日、ユリカモメを観察してみた。だが、私の期待は大きくはずれ、ユリカモメたちはじっと立ち止まってエサを探してしまい、理想的に歩いてくれなかった。(中略)
 鳥類ハト化計画失敗に打ちひしがれていたころ、国際鳥類学会があってドイツのハンブルクを訪れた。私は、ちょうどユリカモメが干潟で首を振って歩くという成果を論文にまとめたばかりだったので、その内容をぜひ多くの研究者に知ってもらいたいと思って発表しに行ったわけだ。(中略)
 楽しみながら歩いていると、おじさんが街角でパンくずを撒いていた。(中略)どこでも鳥を愛する人々はいるものだとほほえましく思いながら眺め、そして衝撃を受けた。おじさんの足もとでパンくずをついばんでいるのは、なんとユリカモメで、しかも首を振り振り採食していたのだ!
 まぎれもない、ハンブルクにおけるユリカモメのハト化である。このときの私の衝撃たるや、筆舌に尽くしがたい。自分が専門家として行わんとしていた実験を、おそらく首振りの理由など知る由もないドイツ人のおじさんが、いとも簡単に成し遂げていたのである。
 私の自尊心は学会発表前日にして、もはや粉々に砕け散った。
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単行本p.85、86


「5 首を振らずにどこを振る」
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野球選手の絵と、コアホウドリの首振り歩行を並べてみよう(図34)。野球選手とコアホウドリが、なんと似ていることだろうか。コアホウドリのほうが、少しだけアイシャドウがキツくて面長な顔をしているが、それ以外には違いを見いだすことが難しい。
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単行本p.97

 いや、顔は関係ないやろ。

 コアホウドリはなぜV字首振りをするのか、小鳥はホッピング時にも首を振るのか、水鳥は泳ぐときにも首を振るのか、セキレイは尾を振るのか、そして、恐竜は首を振るのか。様々な首振り研究テーマについて教えてくれます。


 というわけで、ハトが首を振って歩くのはなぜか、という素朴な疑問が意外に深い研究テーマであること、調べ始めると鳥類の歩行に関して次から次へと疑問が湧いてくること、ハトとヒトは一字違いであること、など様々な話題を通じて科学の魅力を教えてくれる好著です。

 この夏の自由研究として「公園でハトの首振りを観察する」というのはどうでしょうか。世界で最も首振りに詳しい国民を目指して。

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人類学を専攻してヒトの歩行を研究するはずが,うっかりハトの歩行を研究してしまって以来,ハトはヒトに(名前が)最も近い鳥だと信じて研究を続ける.好きな言葉は「首振りと世界平和」.日本人が世界で最も首振りに詳しい国民になることを願っている.
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「著者略歴」より


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