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『学校のぶたぶた』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

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 自分たちの支えになっていてほしい、というのが勝手な願いであることは承知だ。でも、人間はみんな勝手なことばかりを考えている。だから、ぶたぶたのようなカウンセラーが必要になる。
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文庫版p.224

 大人気「ぶたぶた」シリーズ最新作。今回の山崎ぶたぶた氏は、中学校のスクールカウンセラー。いじめ問題に正面から取り組みますよ。あと、お弁当が美味しそう。文庫版(光文社)出版は2015年7月です。


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受け取った名刺には、確かに「山崎ぶたぶた」という名前と、大学名が記されていた。えっ、大学の先生なの!? えっ、ぬいぐるみが? 人間の? それともぬいぐるみ大学?
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文庫版p.13

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「あっ、そういえばさっきカウンセラーさんだって……!」
「そう。スクールカウンセラーの山崎ぶたぶたです」
「うわー、すごい名前! ぴったり!」
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文庫版p.152


 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、心は普通の中年男。山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。「ぶたぶた」シリーズはそういうハートウォーミングな物語です。

 山崎さんの職業は作品ごとに異なりますが、今回はスクールカウンセラー。どの作品でも結局カウンセラーの役を果たしているような気もしますが、それを本職にしたらどんな感じになるでしょうか。プロローグとエピローグにはさまれた、全四話収録の連作短篇集です。


『誰にも知られず』
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 いや、悩んでいるにしてもーーカウンセラーなんて、しょせん知らないおじさんおばさんではないか。そんな人に相談なんて、しづらい。
 それに小学校の頃、隣のクラスの子が相談したのはいいが、それをタネにからかわれたというか、妙な噂が立ったりしたことがあって、どうもいい印象がない。
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文庫版p.27

 スクールカウンセラーに悩み事を相談したことのある中学生はさほど多くないかも知れません。思春期まっさかりの子供にとって、知らない大人に悩みを打ち明けるのに、心理的抵抗が強いのは容易に想像がつきます。

 しかし、その中学校に赴任してきたカウンセラーは一味違います。何しろ、ピンク色のぶたのぬいぐるみ。しかも、持参している弁当がこれまた美味しそう。


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 食べている間は、食べ物の話や料理の話ばかりした。初対面なのにけっこう話せたのは、やっぱり相手がぬいぐるみだからだろうか。本人(?)がかわいくてつい見つめてしまうし、人間の目と違うから、緊張しない。猫とか犬とか小動物のけなげさもある。動物はずっと見続けてはくれないけど、彼(だよね、声がおじさんだから)がじっと見てくれていると、安心感が湧く。
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文庫版p.41


 こうして、かたくなな少年も、悩める少女も、彼を前にするとついつい心を開いてしまうのでした。何という理想的なカウンセラー。


『重い口』
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昴はじっと彼を見つめたけれど、考えていることがそのまま伝わることはない。あのぬいぐるみも同じだ。あんなに不思議な存在なのに、そういう力はないのだ。
 自分の思いがちゃんと伝わることなんかないのだ。
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文庫版p.94

 ある出来事がきっかけとなって、誰とも口をきかなくなった少年。何があったのか。ぶたぶたはカウンセリングを重ねるが、少年はなかなか心を開こうとしない。

 次の『弱い人』に向けて心の準備を促すとともに、ぶたぶたは決して魔法のような力で悩み事を解決してくれるわけではなく、ただ悩みに向きあうきっかけを与えてくれるだけ、自分で解決する他はないのだ、ということをはっきりさせてくれます。


『弱い人』
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 以前、こんな言葉を聞いたことがある。
『いじめられていた子は、教師にならない』
 いじめられていた子は、学校や教師に期待しないから、だそうだ。
 なんの裏づけもないから、それが正しいかどうかはわからない。ただ、妙に重く心に残っていた。そしてそれを思い出すたび、こんなことをつぶやく。
 痛みを知らない人間が、教師をやっていていいんだろうか、と。
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文庫版p.146

 これまでの話が少年少女の視点から語られていたのに対して、本作では教師の視点から語られます。これまでわりと苦労知らずでやってきた先生が初めてぶつかった「ガチのいじめ問題」。どうすればいいのか分からずおろおろする彼には、しかし強力な助っ人が。とりあえず、ぶたぶたを紙袋に隠して、家庭訪問に向かう先生。果たして傷ついた生徒の心を救うことは出来るのか……。


『好奇心』
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 ぶっちゃけてしまうと、「好きな人ができました」みたいな顔をしているのだ!
 何、もしかして信の悩みって、恋!? 恋なの!? まさかそんな! この間まで鼻水垂らしていたこの子が!?
(中略)
 鈴子の頭はめまぐるしく回転する。そして、出た結論。
『まさか、今日会ったカウンセリングの先生に惚れたのでは!?』
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文庫版p.182、183

 学校でカウンセリングを受けた息子の様子がおかしい。何かぼんやりして目がうるうるして、またカウンセリングを受けたいなどと言い出す。これはもしや、恋? さてはカウンセリングの先生が美人なのね、そうなのね!

 前話で重くなった雰囲気を吹き飛ばし、読後感を明るくしてくれる軽快コメディです。気配り配置はさすがベテラン。ぶたぶたシリーズのなかでも特にこういう「読者が承知している設定を知らない登場人物が、勘違いして大混乱」というタイプのコメディが個人的に大好きで、すごく冴えてると思います。


 というわけで、中学生の皆さんにも夏休みの読書にお勧めする一冊です。悩み苦しんでいる皆さんの学校には、山崎ぶたぶた氏はいないかも知れません。でも、一人で悩まず、誰かを信頼して心を開けば、それはぶたぶたに出会ったも同然。本書を読めば、そういうことが分かりますよ。


タグ:矢崎存美
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