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『再発 がん治療最後の壁』(田中秀一) [読書(教養)]

 医学の進歩により「がんは治る病気」というのが新たな常識となりつつあるにも関わらず、がん患者の約半数が結局は死亡してしまうのはなぜか。患者の生還を妨げる最大の壁である「再発」そして「転移」に的を絞って最新の知見をまとめた、患者とその家族が不安を乗り越えるための一冊。単行本(東京書籍)出版は2011年6月。

 配偶者が乳がん手術を受けてから二年半。今のところ定期検査でも再発や転移の兆候は見られませんが、「手術は成功。経過も順調。すっかり治癒したと思っていたら、数年後の検査で転移が見つかり、闘病生活の末に結局は亡くなった」という体験談をいくらも見聞きしてきたので、全く油断できません。

 「健康そうに見えるが、たった今も体内ではがん細胞が増殖しているのではないか」という想像は実に嫌なもので、打つ手がないというのがまた苦しい。つい、実は打つ手があるのに知らないだけではないか、何もしなかったことを後から後悔するのではないか、などと考えてしまい、これがまた苦しい。

 しかも、乳がんの場合には、例えば「5年経過して再発も転移も見つからなければ逃げきったと思って安心できる」というような区切りがなく、いつまでも、いつまでも、どんなに楽しいときも不安が去らないのです。ときどき「うわーっ」と叫びそうになるこの黒い気分を、いったいどうすればいいのでしょうか。

 不安と闘うための第一歩は正しい知識。というわけで、本書を読んでみました。

 がん医療のうち、再発/転移、そして緩和ケアに焦点を当てて最新の知見を解説してくれる本です。著者は医療従事者ではなくジャーナリストであるため、情報のまとめ方がうまく、専門的な内容をコンパクトに分かりやすく紹介してくれます。

 全体は5つの章に分かれています。まず最初の「1.がん再発とは」では、がん患者の実情をまとめた後、がん再発のメカニズムを解説してくれます。そして、再発がんの治療がなぜ困難なのかが詳しく語られます。

 この章で衝撃的なのは、現時点では、再発/転移したがんの治癒はまず望めない、という冷酷な事実。がん幹細胞がどのような防衛メカニズムを持っているかを知れば、驚きあきれると共に、そのことが実感として分かるようになります。

 細胞や組織に備わった防衛機構を逆手にとって、あらゆる手を尽くして抗がん剤をはじめとする治療効果を無効化するがん幹細胞のしぶとさ。敵ながらあっぱれというか、勝てんよこれは。

 「“がんは50年後には克服される”という人もいるが、それほど簡単な病気ではない」(単行本p.70)

 国立がん研究センターの医師が語った言葉です。日々ものすごい勢いで進歩しているがん医療の最前線にいる医師が、そう言うのです。がんという病気の奥深さがよく分かります。

 「2.がん再発は予防できるか」では、がん治療後に何をすれば再発/転移の早期発見と予防が出来るのかを追求します。ここでまた衝撃的な情報が。大腸がんを除けば、再発を早期発見・早期治療しても、QOL(患者の生活の質)が下がるだけで、生存期間は変わらないというのです。

 これは専門家にとってもショックだったらしく、様々な調査が行われたようですが、結論は動きません。がんの再発/転移の予防に効果があると見られているのは唯一「禁煙」くらい。「食事や運動習慣など、生活習慣の改善によって、がんの再発が予防できるというデータは乏しい」(単行本p.55)というのも驚きです。

 要するに再発/転移が起きるか否かは確率の問題であり、人間の努力で何か出来るというものではないわけです。

 「現在のところ、治療が終わったら、がんのことは忘れて毎日を送ることが、精神的にも医学的にも合理的ということだろうか」(単行本p.47)

 再発/転移の不安に対して何か打つ手はないか、と思って本書を読んだのですが、あきまへん。「忘れて暮らせ」というのが、最新医療が出した結論なのです。

 「3.再発がんの治療」では、分子標的薬などの薬物療法、ラジオ波治療、放射線治療、がんワクチン、など再発がん治療の最前線を概説します。

 ここでもまた衝撃的な情報が。イレッサなどの分子標的薬には、治癒どころか、生存期間を延ばす効果もほとんどない、というのです。詳しくは本書を読んで頂きたいのですが、再発がんに対する抗がん剤投与は、がん悪化スピードを遅らせるための処方であって、最終的に死亡するまでの期間は変わらないことが分かっているとのこと。

 新聞など読むと新たな分子標的薬が次々と開発されているようなので、再発や転移を恐れなくてもよい日がそのうち来るのではないかと漠然と期待していたのですが、これも駄目でした。

 3章後半では、がんの種類ごとの治療について簡単にまとめられてきます。乳がんをチェックすると、ここでまた衝撃的な、というか衝撃ばっかりなのでだんだん慣れてきたのですが、とにかく嫌な情報が。

 「乳がんは見つかった時点で、一割くらいの人にすでに他の臓器への転移(遠隔転移)があり、その場合には手術ができない。残りの九割も、手術や抗がん剤、放射線治療をした人のうち、四割に再発(遠隔転移)が現れる」(単行本p.101-102)

 治療に成功しても四割に再発(遠隔転移)が現れる。うわー、まあ一割くらいかなと思っていました。それが四割。泣く。

 ちなみに代替医療についても言及されています。大規模な調査の結論は、どれもこれも「勧めるだけの根拠が明確でない」(要するに、効果なし)だったそうで、それはそうでしょう。もしも効果があれば、それは速やかに標準医療に取り入れられ、誰も代替医療とは見なさなくなるでしょうから。

 なお、使われている代替医療のうち44.6パーセントが健康食品で、医者は「サメ軟骨、メシマコブ、アガリクス、プロポリス」という代表的な健康食品を、その頭文字をとってSMAPと呼んでいる、という記述にはつい笑ってしまいましたけど。

 「4.緩和ケアの新しい展開」では、患者の苦痛を和らげるための緩和ケアについて、その最新の知見を探ります。緩和ケアの重要性、緩和ケアによる延命効果などが評価され、「治療手段がなくなったときの最後の手当て」という従来のイメージから、治療と並行して早期から始めるべき重要な療法へとステータスが上がっていることが分かります。

 まあ、再発/転移が起きれば治癒はほぼ望めないので、だったら早めに緩和ケアを始めて生活の質を改善すべき、というのは極めて合理的。泣けてくるけど。

 最後の「5.がん再発にどう向きあうか」では、再発がんと徹底的に戦った患者、穏やかに共存した患者など、四人のケースを紹介してくれます。家族の問題、自分の問題として拝読させて頂きました。

 付録として「がん診療連携拠点病院」、「緩和ケア病棟のある主な病院」の一覧がついています。

 読了して、少なくとも「何か出来ることがあるのに知らないため取り返しのつかないことをしているのではないか」という最も嫌な不安は消えました。何も出来ないのです。覚悟は持ちつつ、不安は「なくすことの出来ない自分の心の一部」と受け入れ、家族を大切にし、なるべく楽しく生きる。それしかないのです。

 というわけで、私と同じように、家族の、あるいは自分自身のがん再発/転移の恐怖と不安に怯えている方に、本書を一読することをお勧めします。色々と衝撃を受けるかも知れませんが、正しい知識を得ることが不安を克服する最初の一歩だと思うのです。


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