SSブログ

『ぶたぶたさん』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

 毎年、年の暮れが近づくとやってくる素敵なクリスマスプレゼント、今年はなぜかお中元、矢崎存美さんの人気シリーズ「ぶたぶた」の最新作です。独立した短編11篇が収録されています。文庫版(光文社)出版は2011年8月。

 外見はかわいいぶたのぬいぐるみ。心はしっかり中年男。家族は奥さんと二人の娘。そんな山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、少しだけ幸福が訪れる。「ぶたぶた」シリーズはそういう素敵な物語です。愛読者には女性が多いそうですが、私のような中年男性をも、うかうかとファンにしてしまう魅力があります。

 2008年『訪問者ぶたぶた』、2009年『再びのぶたぶた』、2010年『キッチンぶたぶた』、と地味なタイトルが続いたので、そろそろ書店の文庫新刊コーナーで目立つような派手なタイトルにすればいいのに、『ぶたぶたと不死鳥の騎士団』はどうか、いやそこは『もし高校野球の女子マネージャーがぶたのぬいぐるみと出会ったら』(愛称:もしぶた)でしょう、などと我が家でも話題になっていたのです。

 そこにきて、『ぶたぶたさん』という、例年にもまして地味なタイトル。これじゃ知らない人が手にとってくれないのでは、などといらぬ心配をしながら読みました。そして最終ページ、「ぶたぶたさん」の一言に込められたものに圧倒されて、ああなるほど、このタイトルしかないと納得。

 おひさしぶり刑事ぶたぶた。執事ぶたぶた。娘の授業参観にやって来た父ぶたぶた。ボランティアぶたぶた。相変わらず色々なところに出没する山崎ぶたぶた氏ですが、収録作品は傑作揃い。どれから読んでも大丈夫。

 ハートウォーミングな話ももちろん良いのですが、個人的にはコメディ作品が好き。

 例えば『最強の助っ人』。引っ越し当日になっても片づけの出来ない若い女性のところに助っ人としてやってきた山崎ぶたぶた氏が、ちゃっちゃと荷造りしてくれる話。彼女のあまりの駄目っぷりに、ため息つきながらけっこう辛辣なことを言うぶたぶた。語り手いわく、「何だか鬼姑みたいだわ」。

 それから『噂の人』。小学生の娘さんの授業参観にやってきた矢崎ぶたぶた氏。やがて国語の授業がはじまり、先生に指名された生徒さんが親のことを書いた作文を読み上げてゆく。

 はたして先生は山崎さんを指名するのか。山崎さんは「わたしのおとうさん」という作文を読んでくれるのか。父兄の意識はそこに集中。高まる期待、張りつめる緊張感。授業時間の残りが少なくなるにつれて、教室内には「ゴゴゴゴ」と音がしそうなくらいの感情が渦巻いて、もはやそこは父兄参観という雰囲気ではなかった。

 他にも、轟く雷鳴に間欠的に照らし出されるありえない存在(そりゃそうだ)に怯えるホラー風味のコメディ作品。山崎一家の家族写真を見て父親がいないことに気づき(娘さんがしっかりぬいぐるみを抱いているのがまた寂しそうに見えて)色々と想像して涙する話。男性が語り手になると、どこか滑稽な話になりますね。

 というわけで、ごく短い話ばかりなのですらすらと読めます。はじめての方もこの機会にぜひお読み下さい。ところで今年のクリスマスシーズンにも例年通り新刊が出るのでしょうか。

[収録作]

『山崎さん1 本日の執事』
『山崎さん2 本日のスイーツ』
『角の写真館』
『死ぬにはきっと、うってつけの日』
『ボランティア』
『最強の助っ人』
『恐怖の先には』
『噂の人』
『新しいお母さん』
『途中下車』
『ぶたぶたさん』


タグ:矢崎存美
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: