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『アジアでハローワーク』(下川裕治) [読書(教養)]

 日本を飛び出し、タイ、マレーシア、ベトナム、上海などアジア各地で仕事、居場所、そして生きがいを見つけた35人の体験談集。転職する度に人脈が増え、キャリアアップしてゆける風通しの良さ。言葉が通じなくても何とかなる。日本での就活が空しくなる、希望の一冊。単行本(ぱる出版)出版は2011年7月です。

 出口の見えない構造不況と、社会を覆う閉塞感に苦しみ、雇用環境も悪化の一途を辿る日本。それを尻目に、かつてない経済成長に沸きたつアジア各国。金も職も潤沢に回っているし、仕事が気に入らなければ何度でも転職して再チャレンジできる。何より社会に活気があって自由で風通しが良い。生活費も安い。それに今ならまだ日本人は信頼されている。さあ、日本を脱出してアジアで就職しよう。

 とは誰しも考えるわけですが、でも実際のところどうなのか。うまく行かないのではないか。そもそも言葉が通じないのでは駄目ではないか。何から始めればいいのか。色々と考えてためらう人も多いでしょう。

 本書は、そんな読者を対象に、「アジアで就職する」という具体的なイメージを提供してくれる本です。実際に、マレーシア、スリランカ、ベトナム、タイ、シンガポール、カンボジア、韓国、台湾、上海、様々な国や都市で就職あるいは起業した日本人35名の体験談が集められています。

 本人が執筆した項目もあれば、インタビューして書き起こした項目もありますが、どれもこれも具体的で生々しい証言となっています。アジアへ渡ったきっかけや職を見つけるまでの経緯から始まって、待遇、給料、職場や生活への不満、あるいは満足感、家族など私生活、将来の見通しなど。

 内容は千差万別です。成功談もあれば、悪戦苦闘の苦労話もあり。ごく普通に現地採用されて働いている人。旅行中に気に入って住みついてしまった人。なかには猫と一緒に暮らすために海外起業した人、日本でのひどい差別に耐えられず故国に逃げ帰った妻を追って海を渡った人もいます。

 共通しているのは、「あのまま日本にいたら、と考えるとぞっとする。ここに居場所を見つけることが出来て良かった」という気持ち。それはそれなりにうまくいった人しか取り上げてないからでしょ、と思うなかれ。本書を読めば、向き不向きは確かにあるものの、思ったよりも多くの日本人にとって「アジアでハローワーク」という選択肢は魅力的だということに気づかされます。みんな、苦労しながらも、どこか活き活きしている。

 また、実に多くの人が、現地語どころか英語も話せないのにアジアで就職していることに驚きます。日本企業の現地子会社、あるいは「日本人相手の仕事」の求人に国内から応募し、面接に行って採用が決まったから、そこで働き始めた。同僚とはカタコト英語すら通じない状況だったが、みんな親切で気さくだし、まあ何とかなった。今では現地語も生活に不自由しない程度には話せる。なんていうケースが多いですね。

 「言葉なんて働きながら学べばいい」と割り切って飛び込めば何とかなる、というか同僚も近所の人もそんなの当然のことだと思っている、というのには勇気づけられます。

 全体は「序章」、「<現地採用>編」、「<起業>編」、「<新卒採用>編」、「<シニア・家族>編」に分かれており、また各国の物価表が巻末資料として付いています。読者の年齢や目標に近い章から読み始めると良いでしょう。個人的には、会社からリストラされ、新たな職が見つかるはずもなく、なにくそっ、とばかりアジアに渡って仕事を見つけた40代、50代のケースを扱ったシニア編に発奮しましたけど。
 
 「アジアで働くことを、ことさらすすめるつもりはない。やはり日本人は、日本で働きたいと思うだろう。しかし、日本の労働環境は厳しい。アジアで働く日本人の言葉に、セイフティネットとしてのアジアの存在を感じとってもらえればいい気がする。「アジアでハローワーク」は、そんなに敷居の高いものではないからだ」
 (「はじめに」より)

 というわけで、就活がうまくゆかず世の中の厳しさに立ちすくんでいる人、就職したものの仕事にやりがいが見いだせず自分の人生これでいいのか迷っている人、今の日本社会や企業文化に息苦しさを感じてもうどうにも辛くて仕方ない人、留学を念頭に大学を選ぼうとしている高校生(とその親)、早期希望退職者募集に応じるか否か迷っているシニア、そんな方々に、選択肢の一つとして、あるいはセイフティネットとして、「アジアでハローワーク」の具体的なイメージを教えてくれる本書を一読することをお勧めします。


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