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『NOVA5 書き下ろし日本SFコレクション』(大森望 責任編集) [読書(SF)]

 全篇書き下ろし新作の日本SFアンソロジー『NOVA』。上田早夕里のポストヒューマンSFから、友成純一の衝撃的な「私小説」を経て、伊坂幸太郎の時間脱力SFまで、充実の第5弾。文庫版(河出書房新社)出版は2011年8月。

 今巻は、さほどSF色は強くないものの小説として面白い作品が集まったような印象を受けます。コアなSF読みだけでなく、読書好きの方なら誰でも楽しめそうな手堅い短篇アンソロジーです。

 まず最も本格SFなのが、冒頭に置かれた『ナイト・ブルーの記録』(上田早夕里)。

 海洋無人探査機に遠隔神経接続して操縦するオペレータが主人公。探査機のセンサを通じた海中探査を続けるうちに次第に脳の構造が変化し、仮想的な「海棲人」になってゆく。人間には経験することも理解することも出来ない感覚と体験の世界に踏み込んだ彼を待っていたものは・・・。

 この作者のSF作品を読むと、「人間は、その構成要素をどこまではぎ取っても、あるいは置換しても、なお人間でいられるのだろうか。その本質はどこにあるのだろうか。そもそもあるのだろうか」という思考実験を繰り返しているような印象を受けます。まさに現代SFど真ん中にいる作家ではないでしょうか。

 『愛は、こぼれるqの音色』(図子慧)は、セックスの感覚を記録した娯楽メディアという定番ネタを使ったハードボイルド。展開は王道的ながら、意外にも愛の物語になっていて、これがけっこういい感じ。

 『凍て蝶』(須賀しのぶ)は、密かに普通人に混じって生きている不老不死の一族という、これまた定番設定を用いたファンタジー作品。ラストのちょっとしたひねりが印象的。

 『三階に止まる』(石持浅海)は、ミステリ作品、というかバカミスですね。

 誰もボタンを押してないのになぜかいつも三階に止まるマンションのエレベータ。大騒ぎするほどではないものの、何だか気になって仕方ない、ちょっと薄気味悪い、実際にありそうな、魅力的な謎。はたして「勝手に三階に止まるエレベータ」に隠された秘密とは。

 細かい伏線の張り方が巧みで、論理思考の末にたどり着く仰天の「真相」も個人的には好み。もちろんアンフェア過ぎるので本格ミステリの読者は怒るかも知れませんが。SFですよSF。

 『アサムラール バリに死す』(友成純一)は、今巻で最もインパクトを感じた作品。

 作者自身が主人公となり、奇病におかされて死んだ顛末を書いた「私小説」。その真相を追う編集者が、死後に出版する「友成純一集成」が売れるように、なるべく悲惨な死に方をしていてほしい、と願うあたり、すごくリアル。末世感から終末SFへなだれ込んでゆく嫌感覚もさすが。

 『スペース金融道』(宮内悠介)は、まあ『ナニワ金融道』の宇宙版というバカSF、に見せかけた意外な本格SF。

 量子金融工学なる第15回日本トンデモ本大賞に輝くネタが大真面目に展開。多宇宙ポートフォリオを中心とする量子デリバティブ取引により、価格変動が光速に近づくと金融商品群がブラックホール解に引き込まれるのです。これがリーマン幾何学ショックの原因なんですね。

 ダメな読者を大喜びさせて、笑かして、そしていつの間にか本格ロボットSFに持ち込んで感動させてしまうという、デビュー直後の新人とは思えない見事な作品。随所に仕込まれたベタなギャグも含めて、私は好き。これからもどしどし書いてほしいものです。

 『火星のプリンセス 続』(東浩紀)は、『NOVA3』に掲載された前編の続き。まだ終わっておらず、完結篇は『NOVA7』掲載予定とのこと。最初から読んではいますが、どうも話の方向がよく見えず、かといってガジェットやアイデアが魅力的かというとそうも思えず、今のところ正直よく分かりません。完結編を待つことにします。

 『密使』(伊坂幸太郎)は、編者が「真正面から時間SFに挑戦した本気の勝負作」、「日本の時間SF史に残る一作」などと興奮気味に紹介しているので、本格時間SFなんだー、そうなんだー、と信じて最後まで読み、ずっこけました。

 一日の終わりに六秒だけ時間を停める、という超能力に目覚めた男。しかしいまひとつ有効な活用法を思いつかず、かといって他のスタンド使いが攻撃してくるわけでもなく。そんな彼のところに謎の組織が現れて、その能力を使って世界を救うヒーローになりませんか、と持ちかけてくる。

 一方、秘密研究所に招待された別の男。このままでは世界が破滅するので、過去に最小限の干渉を行うことで(アシモフ『永遠の終わり』のあれ)、破滅を避けるという計画の説明を受ける。この計画に彼がどう関わってくるのか。

 二つのストーリーが交互に語られ、最後に意外な形で合流するという趣向ですが、ここまでじっくり盛り上げておいてこう落とすのかあ、というラストの脱力感というかしょぼさがすごくて。いや、まあ面白かったのですが、「日本の時間SF史に残る一作」というのは、それはどうかと。はっ、もしかして私、まんまとひっかけられたんですか。

[収録作]

『ナイト・ブルーの記録』(上田早夕里)
『愛は、こぼれるqの音色』(図子慧)
『凍て蝶』(須賀しのぶ)
『三階に止まる』(石持浅海)
『アサムラール バリに死す』(友成純一)
『スペース金融道』(宮内悠介)
『火星のプリンセス 続』(東浩紀)
『密使』(伊坂幸太郎)


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