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『宝物』(平田俊子) [読書(小説・詩)]

 「やほほい やほほい/暗い気持ちもチンするといいよ」
 (『レンジの力』より一部抜粋)
 恋愛詩を中心に、ときどき妙な言葉や、強烈なブラックユーモアが入り混じる、何だか変な詩集です。単行本(書肆山田)出版は2007年10月。

 詩集に付いている帯の背には、瑞々しい感性、とか、言葉の力、とか、そういう陳腐な売り文句が書かれていることが多いのですが、本書の場合は違います。そこには、ただ一言「やほほい・・・」と。

 何だそれ。「やほほい・・・」

 景気がいいのか悪いのか、高揚しているのかしょげているのか、よく分からない掛け声(だと思われる)が気になって、とりあえず読んでみました。

 個人的にちょっと苦手な恋愛詩が中心となっています。最初のうち自分には合わない詩集だなと感じていたのですが、ときどき好みの詩がぽろりぽろりと。

 「タイムマシンの中にはタマムシがいるよ。」
 「鉄腕アトムの中にはツトムがいるよ。」
 「ディスカバリーの中にはリスとカバがいるよ。」
 「リスはスリで、カバはバカだよ。」
 「ディスカバリーの中に本当にいるのは/ノグチソウイチという人です/ノグチさんのからだは グチとウソと/イノチで出来上がっています」
 (『香椎にて』より一部抜粋)

 あ、これはいい。いいですね。

 「トナカイはツノの一本一本からぴゅっと猛毒を飛ばします。そうして四方にいる敵を倒すのです」
 「つまり、史上最強の生き物はトナカイということですか」
 「そういうことです」
 「では、トナカイを食べると強くなって、次の戦では勝てるんじゃないでしょうか」
 「だまれ、平家の亡霊どもが。亡霊のくせにあんな愛らしい生き物を食べるだなんて。トナカイを食べることが許されるのは、われわれ生きている者だけだ」
 (『トナカイ』より一部抜粋)

 トナカイ、恐いですね。

 「屋上がほしかったんです」
 「屋上を見せて自慢したあとひょいと背中を押しました」
 「するとあっけなく落ちました」
 「これを何度か繰り返すと知り合いは絶滅し」
 「地上に無縁仏が増えました」
 (『無縁』より一部抜粋)

 屋上が気に入ったので部屋を買おうと思った、という穏当な導入からスタートして、屋上から不動産屋さんを突き落とす、知り合いを呼んできて突き落とす、次から次へと突き落とす、「そのうち知らない人がぞろぞろやってきて/勝手に落ちるようになりました」という、そんな詩。これもいいですねえ。

 最初は「わたしのかわいい寝顔」とか「わたしの無邪気な笑顔」などを写真に撮ってくれる恋人、という微笑ましい状況からスタートして、次第に「わたしが殴られるところ」、「わたしが蹴飛ばされるところ」などを撮られるようになり、ついには「家が燃えるところ」、「兄が爆死するところ」、「姉が自決するところ」など撮られ、しかも消去ボタン一つで簡単に“なかったこと”にされてしまうという、DV詩『カメラ』。

 「わたしが死んだらお葬式にきてね/ひとりで首を吊ってもきてね/誰かと血まみれで死んでもきてね」
 (『牛乳と楽隊』より一部抜粋)

 「わたしは朔太郎さんをセーヌ川に連れて行き/後ろからどんと押しました」
 (『朔太郎さん、パリに行く』より一部抜粋)

 「ダイアナが死んだのは環七だった/マーク・ボランが死んだのも環七だった/みんな一度は環七で死ぬ」
 (『環七、十二月十日』より一部抜粋)

 「スズランにある毒/それを味わうことを死と呼ぶのなら/私は毎日/死んでいる」
 (『黒景』より一部抜粋)

 何かやたら殺したり殺されたりする物騒な詩が多いような気がします。というか、恋愛というのはそういうものなのでしょうか。孤独というのはそういうものなのでしょうか。よく分かりません。やほほい やほほい。

 というわけで、殺したり、愛したり、トナカイをゆがいたりする詩集です。穏当な出だしから、どんどん暴力的にエスカレートしてゆき、最後は超現実的なところまで突っ走って笑わせる、そしておもむろに、何笑ってるのよ、何がおかしいのよ、とすごまれる。そんな作品がいっぱい。いいですねえ。


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