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『在日ヲロシヤ人の悲劇』(星野智幸) [読書(小説・詩)]

 シリーズ“星野智幸を読む!”、第9回。

 離婚した後に当てつけ自殺する母。反戦運動に身を投じ世間から猛烈なバッシングを受けて殺される姉。一人右翼として駅前で演説を続ける弟。理解あるふりをして無責任に何もかも台無しにしてゆく父。ある家族の崩壊と喪失をリアルにえがく長篇小説です。単行本(講談社)出版は2005年6月。

 舞台となるのは、現実とは微妙に異なる「日本」。首相の名前が「長田」だと明記してあるので、もしかしたら草の根ファシズムの空気をえがいた中篇小説『ファンタジスタ』と同じ「日本」なのかも知れません。ともあれ、国内世論はヲロシヤ連邦への日本国軍派兵をめぐって大騒ぎしています。

 国家の威信を取り戻すべく、ヲロシヤ人をぶっ殺せと騒ぐ国民。派兵は国益と主張する知識人。世間の嫌露感情を煽るマスコミ。気に入らない隣国に嫌がらせすることで憂さを晴らそうとするこの国の「気分」。

 「日本の歴史上、最後に国軍が大勝利を収めた日露戦争の栄光を蘇らせ、それ以後の惨めな記憶をすべてご破算にしてしまいたいのだ。そのためには、日露戦争再び、という自信が必要なのだ」(単行本p.61)

 まあ、現実の日本と似たようなものです。

 この動きに対して、派兵は「テロとの戦い」ではなくヲロシヤ政府による反政府運動弾圧に加担することだ、故国にいる家族や友人が日本軍に殺されることになる在日ヲロシヤ人の悲劇を防げ、と主張した女性が、世間から猛烈なバッシングに会います。大炎上。

 プロ市民運動家、反日工作員、慰安婦、左翼、戦後民主主義教育、バカ女、様々なレッテルを張っては罵倒と脅迫を繰り返す匿名者たち。便乗してバッシングに加担するマスコミ。拉致監禁事件の被害者になるも、警察は何もせず、世間からは自作自演乙と冷笑され、さらなる侮辱を受ける彼女。ついには何者かに殺されて。

 前半はこんな感じで話が進むので、ああ、これは政治風刺小説だな、と思って嫌な気持ちになります。日本社会がこんな感じに劣化して醜悪なことになっているのはネット見てるだけでよく分かるし、正直、小説でまで読みたくありません。

 しかし、後半になると社会状況は背景へと退いて、殺された女性、その両親、弟をめぐる家族小説になります。様々な視点から家族間の軋轢が書かれ、それぞれの登場人物の心理が浮き彫りにされてゆくことになります。

 小説として面白いのは、ひたすら諍いが繰り返され、家族がバラバラになってゆく後半でしょう。特に、「理解ある父親」を気取った無責任な中年男の姿は実にリアルで、何か心当たりとか有り過ぎて、「うわあぁ」と頭を抱えたくなります。

 時系列順ではなく、あちこちシーンを跳びながら家族間の凄絶な罵り合いがぐりぐり書かれます。読んでいて楽しいわけでもカタルシスが得られるわけでもありませんが、何だか強烈に惹き付けられます。他人事という気がしません。

 結局、両親は離婚。後に母は自殺。弟は一人右翼活動家となり、姉は市民運動家として前述したような目にあって殺害され、そして父親はしょんぼりな末路をたどることに。

 これはもしかしたら、家族小説の形を借りた戦争小説なのかも知れません。

 暗い話ですが、何だか妙な高揚感を覚えるのが不思議です。これまで世間の基準からずれた疑似家族を書いてきた作者が、はじめて「標準的」な核家族を書いたらたちまちこんなことに。

 家庭内争議で愛憎ぐっちゃぐちゃに離散崩壊してゆく話が大好きな読者(いるのか本当に)には自信を持ってお勧めできる家族小説。前述した通り、前半と後半でかなり印象が違いますので、前半で嫌になった方も、とりあえず最後まで読んでみることをお勧めします。前半の社会の姿も、後半の家族の姿も、まあ似たようなもんですけど。というか、たぶんそのことを書いた作品ですけど。


タグ:星野智幸
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