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『結晶銀河 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵) [読書(SF)]

 恒例の年刊日本SF傑作選、その2010年版です。2010年に発表されたSF短篇、それも直球のSFがずらり揃った充実のラインナップ。さらには第2回創元SF短編賞受賞作も掲載。文庫版(東京創元社)出版は2011年7月です。

 まずは、『メトセラとプラスチックと太陽の臓器』(冲方丁)。数百年も生きるであろう長寿人第一世代を産む母親たちの切実な気持ちを見事に表現した名作で、『SFマガジン創刊50周年記念特大号 Part.II 日本SF篇』に掲載されました。掲載時に読んだ感想については、2010年01月19日の日記を参照して下さい。

 なお、本作は『短篇ベストコレクション 現代の小説2011』(日本文藝家協会)にも収録されています。こちらについては、2011年06月09日の日記参照。本格SFとしても、一般小説としても、高く評価されたことがよく分かります。

 『アリスマ王の愛した魔物』(小川一水)は、昔話風に語られる人海コンピュータ(多数の人間が手作業で演算を行うことで実現される仮想計算機)の物語。

 小林泰三さんの『予め決定されている明日』ほどのひねりはなく、この作者らしく話はストレートに進みます。最初は面白いのですが、何しろ単調で予想通りの展開なので、少々物足りなくなってくるのが残念。

 『完全なる脳髄』(上田早夕里)は、他者を殺してはその脳を集め、完全な人間になることを目指す生体サイボーグの物語。フランケンシュタインの怪物を、現代的なバイオSFにして見せます。というかむしろ百鬼丸。

 バイオテクノロジーが暴走した異形世界を通じて「人間とは何か」を問うような作品を書かせたら、この作者は本当に凄いと思います。本作の背景世界はどうやら『華竜の宮』をはじめとする一連の作品と共通らしく、今後の展開も楽しみ。

 『五色の舟』(津原泰水)は、フリークが集まった見世物一座、くだんの予言、パラレルワールドといった要素を組み合わせて、グロテスクで、美しく、哀切極まりない世界を作り上げた感動作。

 『NOVA 2 書き下ろし日本SFコレクション』(大森望 責任編集)で読んだときの感想については、2010年07月08日の日記を参照して下さい。本作はその後に著者の短篇集『11 eleven』にも収録されました。こちらについては、2011年07月22日の日記参照。

 ところで、本作のタイトルは『五色の舟』(『NOVA2』、『11』、そして本書目次とも)ですが、本文中の表題は『五色の船』となっていて(各ページ下にもそう表記)、たぶんこれは誤り。「誤植の船」と呼ばれることになるでしょう。

 さらに余談ですが、本作に最初に付けたタイトルは『ワンダー5』だったという証言が「著者のことば」にありました。衝撃。

 『成人式』(白井弓子)は、巨木により作られた円環世界を一周して故郷に戻れば成人として認められるという通過儀式を扱ったコミック作品。わずかなページ数で女性の人生を凝縮して見せてくれます。最後の1ページにおける飛躍が印象的。

 『機龍警察 火宅』(月村了衛)は、軍用パワードスーツを悪用した凶悪犯罪に対処するために創設された警視庁特捜部の活躍をえがいた長篇『機龍警察』の番外篇。『機龍警察』については、2011年03月30日の日記を参照して下さい。

 本作は、SF的な要素を含まないミステリ、というか渋めの警察小説です。小説としては面白いのですが、さすがにSF傑作選に入れるのはどうでしょうか。ともあれ『機龍警察』続編への期待が高まります。

 『光の栞』(瀬名秀明)は、最新のバイオテクノロジーを用いて「生きている書物」を作り出そうとする話。細胞シートをカバーに、培養腱で綴じて。登場人物たちの人生に重ね合わせるようにして、ひたすら製本過程が詳しく描写されるのが読み所。書籍愛好家の心をくすぐる好篇だといえるでしょう。

 『エデン逆行』(円城塔)は、うーん、何でしょうかこれは。『九百人のお祖母さん』(ラファティ)の逆バージョン、無限級数を無理やり言葉に翻訳、「自己言及」に耽溺、そんな感じ。この作者にはいつも困惑させられます。『SFマガジン創刊50周年記念特大号 Part.II 日本SF篇』に掲載されたときの感想は、2010年01月19日の日記を参照して下さい。

 『ゼロ年代の臨界点』(伴名練)は、タイトルで内容を予想した読者に豪快な足払いを食らわせる「評論」。その細部までこだわった見事な嘘には感服です。

 『メデューサ複合体』(谷甲州)は宇宙土木SFシリーズの新作で、宇宙開発SFというよりむしろ泥臭い建築現場をえがく一般小説という印象が強い硬派な作品。『NOVA 3 書き下ろし日本SFコレクション』に掲載されたときの感想は、2010年12月09日の日記を参照して下さい。

 『アリスへの決別』(山本弘)は、表現規制問題を風刺した作品。規制推進派が本当に消してしまいたいものは、実のところ行為でも表現でもなく、他人の「頭の中」だということが、身も蓋もなく書かれます。同名の短篇集で読んだときの感想については、2010年08月10日の日記を参照して下さい。

 『allo,toi,toi』(長谷敏司)は、幼女強姦殺人罪で服役している囚人を被験者とした、人間の意識に手を加える(編集する)実験の顛末をえがきます。人間の価値観の根拠を追求したあげく解体してしまう、いかにも『あなたのための物語』の作者らしい作品。『SFマガジン2010年4月号 ベストSF2009上位作家競作』に掲載されたときの感想については、2010年03月05日の日記を参照して下さい。

 『じきに、こけるよ』(眉村卓)は、私小説ならぬ私ファンタジーとでも云うべき作品。妻を亡くした後、いないはずの人々が見えてしまうという体験を淡々と語り、何とも言えない奇妙な感慨を残す作品です。

 そして最後は、第2回創元SF短編賞受賞作『皆勤の徒』(西島伝法)。こ、これは。奇怪な造語を駆使するぐちゃぐちゃバイオ異形プロレタリアート文学というか何というか。

 解説で大森望さんは「ティプトリー「愛はさだめ、さだめは死」と北野勇作の会社員SFが合体したような・・・・・・」(文庫版p.514)と形容しておられますが、個人的な感想としては、むしろ椎名誠と牧野修が共作で『蟹工船』をリライトしてみたら互いに意地を張ってあーあこんなことになってしもた、みたいな。

 はっきり言って読んでいても面白くないし、好きでもありませんが、これをひたすら続ける粘着力と変な駄洒落感覚(「嘔吐ミール」には笑ってしまった)は確かに個性的で、まあ将来性を期待されるのも無理はないかも、という気になりました。

 最後に「選評」、「2010年の日本SF概況」、そして「2010年日本SF短篇推薦作リスト」まで付いていて、とにかくこれ一冊で2010年の日本SFがどうだったのか分かってしまうという一冊。SF読みは当然必読ですが、普段あまり日本SFを読まない方で、手っとり早く状況をおさえておきたいという方なども、ぜひお読みください。

[収録作品]

『メトセラとプラスチックと太陽の臓器』(冲方丁)
『アリスマ王の愛した魔物』(小川一水)
『完全なる脳髄』(上田早夕里)
『五色の舟』(津原泰水)
『成人式』(白井弓子)
『機龍警察 火宅』(月村了衛)
『光の栞』(瀬名秀明)
『エデン逆行』(円城塔)
『ゼロ年代の臨界点』(伴名練)
『メデューサ複合体』(谷甲州)
『アリスへの決別』(山本弘)
『allo,toi,toi』(長谷敏司)
『じきに、こけるよ』(眉村卓)
『皆勤の徒』(西島伝法)


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