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『Spレビュー#2 何かが空を飛んでいるファンブック -空飛ぶ円盤最後の夜に-』(Spファイル友の会) [その他]

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世界はおそらく
僕たちがおもってる
ようなものじゃない
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 私も参加している「Spファイル友の会」の新刊について、宣伝を兼ねてご紹介いたします。

 『何かが空を飛んでいる』(稲生平太郎)の復刊記念として制作された何空ファンブック『空飛ぶ円盤最後の夜に』です。第19回文学フリマとコミックマーケット87にて販売されました。現在は通販も含めて販売終了しています(2015年1月16日)。詳しくは以下のページを参照ください。


  【冬コミ参加と通販開始のお知らせ】
  Spレビュー#2「何かが空を飛んでいるファンブック」
  ―空飛ぶ円盤最後の夜に―
  http://sp-file.oops.jp/spf2/?p=701

 エキサイトニュースでも取り上げられました。

  『空飛ぶ円盤、ゴミ、成年男子のための『赤毛のアン』入門……
  第19回文学フリマで見つけた噂のすごい本』(近藤正高)より。

  「この『空飛ぶ円盤最後の夜に』という本を確実に入手する
  ためだけに文学フリマへ参加したといっても過言ではない」。
  http://www.excite.co.jp/News/reviewboo/20141212/E1418322517036.html


  ブログ「又人にかけ抜かれけり秋の暮」(macht)より。

  「こういうものが同人誌で出てくるというのは、なかなか、
  日本も捨てたものではない」
  http://macht.blog.jp/archives/1016433615.html


  石堂藍さんのサイトでも「〈他界〉に魅せられて」を紹介。
  http://isidora.sakura.ne.jp/ino/guide02.html#%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BCSp


 その他、読書メーターにもいくつか感想が寄せられています。

  Spレビュー#2「何かが空を飛んでいるファンブック」
  ―空飛ぶ円盤最後の夜に―の感想・レビュー
  http://bookmeter.com/b/orgbc550f8ca8


 なお『何かが空を飛んでいる』(稲生平太郎)については、単行本読了後の紹介をお読みください。

  2013年12月03日の日記:
  『定本 何かが空を飛んでいる』(稲生平太郎)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2013-12-03


 以降では、一部の記事について簡単にご紹介します。


「何かが空を飛んでいる」とは何か?
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このテキストは、まだ何空を読んでいないにもかかわらず本誌を手に取ってしまった奇特な方へ、必要最低限の情報提供を試みるものであり、またすでに読んでいる方へのリマインダとして書いているつもりです。
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同人誌p.5

 「何空って、何そら?」という方でも大丈夫。最初にきちんと概要を紹介してくれます。読んだ方も、とりあえず復習しておきましょう。また、著者へのロングインタビュー(雑談)が収録されており、謎めいた著者のひととなりを知るための資料としてたいへん興味深いものとなっています。


『現代詩と円盤』(馬場秀和)
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やや奇異とも感じられる事実は、これが詩誌「ジライヤ」に連載されたということであろう。なぜ、現代詩の雑誌に長大な円盤論が載ったのか。
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同人誌p.33

 何空が詩誌に連載されたのはただの偶然ではない。そもそも現代詩の一部には、円盤はもとより、何空テイストなもの(踊る小人、エイリアン・アブダクション、メン・イン・ブラックなどなど)が堂々と登場しているのだ、と言い張ってみた。今は反省している。


『19世紀末の飛行船騒動』(ものぐさ太郎α)
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 飛行船は普通の飛行機と違って滑走路がいらないから、ふわりと着陸したり、塔につなぎ止めたりして、「僕らの町にやってくる」事が可能なのだ。(中略)「僕らの町にやってくる」。これは、他ならぬ「空飛ぶ円盤」も持っている特徴だ。
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同人誌p.41

 僕らが「空飛ぶ円盤最後の夜」をむかえているのだとすれば、19世紀末の人々は「幽霊飛行船の夜明け」のなかに立っていた。空を飛ぶ「何か」が飛行機械の形を獲得していった過程を、豊富な事例と共に紹介します。


『ジョン・キールの「間」』(ペンパル募集)
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そこではあらゆるものが一時的に未確定となり、さまざまな可能性が優劣なく重なりあう特別な領域となる。内も外もなく、真も偽も曖昧になる。
 UFOや超常現象の研究家であり作家の、ジョン・A・キールが創出する世界は、まさにこの「連結間」の感触なのである。
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同人誌p.51

 空飛ぶ円盤の「やばい」領域に踏み込んで、そこそこ無事に戻ってきた希有なUFO研究家、ジョン・A・キール。ジャック・ヴァレと並ぶ「Spファイル友の会」のアイドルについて熱く語ります。


『日本の円盤マンガレビュー』(新田五郎)
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本稿では、「SFのお約束」としての「円盤」、「宇宙人、ヒューマノイド」は極力排し、「存在するかもしれないもの」と想定して取り入れたマンガ作品を紹介して行く。
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同人誌p.58

 石森章太郎から荒木飛呂彦まで、何空テイストな円盤や宇宙人を登場させたマンガ作品をばんばん紹介。あなたは何冊読んでいましたか。


『超常幻書目録』(原田実)
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存在自体が超常現象めいた文書・書物の紹介とその概要
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同人誌p.70

 宇宙人から渡された文書、政府が隠している秘密を暴露する文書、秘密結社の謀略文書、古史古伝、異界から来た文書、幻書、偽書、怪文書。古今東西の怪しいテキストがずらーり。微妙な辛辣さが隠し味になっている紹介文も素敵。


『<他界>の住人―妖精と天狗』(中根ユウサク)
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 日本の「天狗」とイギリスの「妖精」。どちらも人間の住む世界とは違う〈他界〉の住人である。そしてどちらの国でも、心霊に関心を持つ人々によって注目されていた。
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同人誌p.79

 天狗と妖精。その関係についての考察。


『美に至る病』(渚のいん)
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 シェイヴァーとその作品の存在は、陰謀論や超常史観にハマる人々とアウトサイダー・アーティストの心情が、偏執や執着の使い方がちょっとばかり違うだけで思いのほか似通っていることを証明しているように僕は思う。
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同人誌p.80

 定本何空に収録されている『ログフォゴあるいは「岩の書」----リチャード・シェイヴァーについてのノート』を取り上げ、アウトサイダーアートと円盤世界の関係について考察。


『デコ円盤の楽しみ』(ペンパル募集)
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こういったデコ円盤がある意味「アウトサイダーアート」と呼ばれるアートのジャンルに属しているんじゃないかと考えることがある。
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同人誌p.81

 ごてごてした装飾過多なUFO。それらは、デコトラックやデコチャリと同じく、「デコ円盤」という表現なのだ。アウトサイダーアートとしてのデコ円盤に迫る。


「何空」のあと、または、あとがき
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《現象》は相対化・客観化されてしまったらお終いだから、そう簡単には気付かせてくれない。たぶん私も気付かない。そして、下火になるころに、やっと《それ》がUFOの親類であったことに気付くのだ。
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同人誌p.96

 こうして「空飛ぶ円盤最後の夜」は更けてゆく。このままUFOは消えてしまうのでしょうか。

 いや、「空飛ぶ円盤」という形を捨てただけで、「現実を引き裂くような何か」「境界線を侵犯するような何か」はやっぱり僕たちの認識のゆらぎを痛撃するかのように現実と非現実の裂け目から噴出してくるに違いありません。それは、おそらくすでに現れています。ただそう認識されてないだけ。

 フライング・ヒューマノイド、ストレンジクラフト、ヴァーチャルリアリティ、そしてシンギュラリティ(超AI)。様々な候補が挙げられるなか、会長はこう言い切ったのでありました。

 「STAP細胞がソレです!」(同人誌p.94)

 というわけで、Spファイル友の会のメンバーは、すでに始まっているに違いない次の「何か」の夜明けを待っています。空飛ぶ円盤最後の夜に。


タグ:同人誌
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『SFマガジン2015年1月号 特集・円谷プロダクション×SFマガジン』(山本弘、小田雅久仁) [読書(SF)]

 SFマガジン2015年1月号は、円谷プロダクションとのコラボレーション企画として、ウルトラ世界を舞台とした短篇を3本掲載してくれました。また谷甲州さんの短篇、小田雅久仁さんの中篇〈前篇〉も掲載されました。


『多々良島ふたたび」(山本弘)
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「あの島は普通じゃない----何もかも異常なんだ」
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SFマガジン2015年1月号p.13

 怪獣無法地帯を生き延びた松井朝雄は、調査隊の一員として再び多々良島へ向かう。そこで彼が見たものは、あの事件の背後に隠されていた恐るべき真相だった。『MM9』の著者がウルトラマンに挑んだ短篇。


『宇宙からの贈りものたち』(北野勇作)
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例によって途中で夢と現の境がぐにゃぐにゃになり、それでも聞き続けるうちに自分がどこにいるのやらわからなくなってくる、というのもいつものことで
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SFマガジン2015年1月号p.42

 町内会の地区防災委員としてナメゴンを退治するはめになった青年。だが、これは現実なのか、夢なのか、それとも……。これから30分、あなたの目はあなたの体を離れ、この不思議な時間の中に入って行くのです。『ザリガニマン』の著者がウルトラQに挑んだ短篇。


『マウンテンピーナッツ』(小林泰三)
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もうウルトラマン辞めたい。
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SFマガジン2015年1月号p.

 希少な巨大野生動物を殺すな、直ちに捕獣を中止せよ。過激な自然保護団体と国際世論を敵に回して苦戦するウルトラマン。久野千草は迷いながらもウルトライブする。人々を救うことに「正義」はあると信じて。『AΩ 超空想科学怪奇譚』の著者がウルトラマンギンガに挑んだ短篇。


『ギルガメッシュ要塞』(谷甲州)
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 陸上戦闘の概念を一変させる画期的な新兵器だというが、具体的なことは何もわかっていなかった。それを軍の基地から盗み出して、航空宇宙軍に売りつけようというのだ。信じられないほど大胆な計画だが、成功した場合の見返りは想像もつかなかった。
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SFマガジン2015年1月号p.167

 タイタン防衛宇宙軍のガニメデ基地に潜入し、秘密兵器を盗み出せ。三人組の犯罪者チームが挑んだ危険な仕事は、彼らを予想外の運命へと導いてゆく。第1次外惑星動乱終結後を舞台とする新・航空宇宙軍史、第5話。


『長城〈前篇〉』(小田雅久仁)
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しばらくそうしていると、不意に、ある冷やかな疑念が脳裏に兆した。ひょっとしたら自分もまた長城が虚空よりひねり出した作り物の人間ではないだろうか。しかも知らぬまに何ものとも知れぬ夷狄に取り憑かれ、この身に悪と暴力への衝動を孕み、それを黒々と煮つめるように育てているのだ。
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SFマガジン2015年1月号p.273

 どこからともなく聞こえてくる「叫び」。それを聞くことの出来る者は「長城」に召集され、「夷狄」と呼ばれる得体の知れない存在に取り憑かれた人間を抹殺しなければならない。人間の悪と暴力衝動の根源に触れることで世界からはみ出し、破滅してゆく人々の姿を描くダークファンタジー中篇。デビュー作『増大派に告ぐ』を思い出させる作品で、後篇が楽しみ。


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『やねとふね』(河野聡子) [読書(小説・詩)]

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この絵はつねに動いているものをピントが定まらないカメラで撮ったような、ぼんやりしたものです。正確な物事が伝わってくるようなものではありません。ただこのような絵を自分の中で描くことが、わたしにとって、この世界で生きていくための、何かの手がかりになっているのだと思います。
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『まえがき』より

 インターネット越しに幻視した、こことは違う空間と時間。そしていまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる。美しい言葉と恐ろしい言葉、ストレートな暗喩、深い抒情、そして意外に理屈っぽいSFテイスト。スクリーンのあっち側のようなこっち側のような幻想の国を描く連作詩集。Kindle版配信は2014年11月です。


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いまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる
ふねのような家、それとも
家のようなふねの窓から色とりどりの
やねの列としっぽをふるさかなたちが見える
五月の晴れた日の空に、黒、赤、青、ピンクのさかなたちが
やねよりたかいところへのぼって泳いでいる
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『亡命者』より


 どことも知れない国からどこにもない国に亡命してきたらしい「わたし」は、前の国のことを思い出しながら、この国のことを語ってゆきます。


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糸をほどくことに夢中になりすぎない技術も学ばなければならない
あなたが歩きながら糸をほどくことは禁止されていないが
事故による死はいつも道端で起きるのだ
歩きながらの糸ほどきには注意してください
地図と本を手に入れたら、次こそはこの国の絶景に驚くときだ
ここからみえる地平線は上にまがり
その先はもつれたリボンのように幅広く遠くへ伸びる
この国のやねは列となってリボンを覆い
リボンはべつのリボンと交差する
リボンとリボンの間を縫うさかなのようなふねの群れ
からまったリボンをすべてほどけば
この国はただひとつの純粋な知らせになるだろう
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『アーキテクト』より


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この国の霊たちはおしゃべりが大好きだ
ずっと死んだままなので昼も夜もなくしゃべりつづけている
ほとんどの場合は、ののしりあったり、愚にもつかない議論をしている
生きているものが口に出して話さないことを幽霊は声高に話す
生きているものが正しく言葉にできないことでも
幽霊は話すことができる
たいへん騒々しい
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『幽霊』より


 スレッドが集まってリボンとなり、ストリームに乗ってさかなのようなふねがゆく。住民の多くは幽霊で、ひたすらツイートで騒がしい。そんな不思議な国で「わたし」は暮らし、仕事し、生活してゆきます。もう戻ることは出来ないからです。


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わたしの土は、清浄な土ではなかった。
わたしの土は、きれいな土だった。
靴底の小石や、死んだ動物や、虫や、発酵した枯葉がまじった、
いいにおいのする、おだやかで、ためらいのない土だった。
わたしの国の遠く高い屋根をこえた日から、
わたしはわたしの土から切り離され、
いま、きれいなやねに種をまいている。
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『ガーデナー』より


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あなたは摂氏28度、
正味4メートル×5メートル×3.3メートルの
空間のなかにいる。
 (中略)
あの国にいるわたしと、この国にいるわたしの関係は
摂氏29度、湿度85パーセントの四角い空間で
いちにちの60パーセントを一緒に過ごしているふたりの間に
成立する関係と同じである。
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『人(そこにいてそこにいない)』より


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突然、ふねが5つに割れた。先端と、上のつばさとデッキ、長い胴体と、尻尾と、左のちいさなプロペラと。
もろい層のつみかさなるケーキのような壁面に船長の顔がみえた。
たくさんの船長の顔が。
無数の船長がばらばらになったふねからこぼれ落ち、ふねは5から10にわかれ、さらに倍に、さらに無数にちいさく割れた。ほとんどはっきりみえない光るほこりの機械となり、空中をころがりおちた。虹がひろがるように、途方もない広さで、そこにわたしはたしかにみたのだが、こぼれおちた船長の顔が光る極小の機械ひとつひとつにしがみつき、憑りつき、立ち上がり、小さな手がマストを掲げていたのだった。
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『船長』より


 この国で見たこと聞いたこと体験したことを語った断片が、やがて集まって『いまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる』という一篇の詩に結実し、深い感動をもたらします。


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正しく言葉にできないことも言葉にする幽霊たちを味方につけ
わたしは土を掘る
あなたは深いところにいて、下から堀り、堀りかえしている
下には影と発酵した落ち葉の香りが満ち
あなたが転生した小石、死んだ動物や昆虫たちが
しゃべる魂になってもういちど
あなたが生まれてきたならば
生まれないという意味はこの世界からなくなる
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『いまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる』より


 妙な理屈っぽさ、何かをこじらせたようなユーモア、意識下にすべりこんでくる抒情、そういった持ち味が渾然一体となって読者の胸に響いてきます。まるごと一冊の長篇小説を読んだような充実感。読後の感動がなかなか消えない、美しくも恐ろしい、見事な連作詩です。


タグ:河野聡子
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『ワン◆ピース 2014』『十三夜』(Co.山田うん) [ダンス]

 2014年11月23日は、夫婦でシアタートラムに行って山田うんさんの二本立て公演を鑑賞しました。

 最初の『ワン◆ピース 2014』は、女性ダンサー5名で踊る作品を男性ダンサー7名が踊る作品として再構成した演目。上演時間は50分です。

 舞台上には、掃除ロッカーくらいの5つの直方体が置かれています。いずれもキャスターで滑らかに移動可能で、それぞれ背面は空いており正面は両開きの扉になっています。これを横一列に並べて、ダンサーが出たり入ったりする、というのが基本。後半になるとロッカーを移動させたり、様々な方法で使い倒します。

 誰かがロッカーから飛び出してきて踊り、またロッカーに飛び込む、と同時に別のダンサーが別のロッカーから出てくる。単純なこの仕掛けが意外にも新鮮な印象を与えてくれます。まるで何らかのアルゴリズムに沿って演算している機械のような感触。ロッカーから出てくるたびに同じダンサーが違う服を着ていたり髪型が変わっていたり、という驚きもあります。

 全体的にデジタルというか、緻密に設計されたクレバーな舞台という印象を受けました。

 二本目は『十三夜』という男女13名が踊る40分ほどの作品ですが、これが凄い。途切れることなくかっこいいダンスが繰り出されます。最初から最後まで見せ場が続くような印象。

 他のダンサーがフリーズしている(よく見るとゆっくりゆっくり動いていたり)ところに、緩やかな動きや、激しい動きを重ねてゆき、重力から時間の流れまで自在に操るような演出がものすごくクール。感電する。

 これで終わりかと思わせておいてから最後のパートになだれ込むのですが、ここの迫力にはノックアウト。ヘアピンカーブをドリフト走行で速度を落とさずに曲がるレーシングカーのような勢いで、舞台上をダンサーたちが走り回ります。勢いそのままに踊り、跳び、ダッシュし、これまでに見せたシーンが超高速で再生されて(もしかしたら走馬灯現象)、13名のダンサーが竜巻となって舞台を旋回。

 感動のあまり鳥肌が立ちました。とにかくもう、凄かった。かっこよくて気持ちよかった。もう今年の個人的お気に入りダンス公演ナンバーワンはこれで決まりではないかと。夜、なかなか寝つけません。

[キャスト]

振付・演出: 山田うん
音楽: ヲノサトル

『ワン◆ピース 2014』
出演: 荒悠平、川合ロン、木原浩太、小山まさし、酒井直之、城俊彦、長谷川暢

『十三夜』
出演: 荒悠平、飯森沙百合、伊藤知奈美、川合ロン、木原浩太、小山まさし、酒井直之、城俊彦、西山友貴、長谷川暢、広末知沙、三田瑶子、山下彩子


タグ:山田うん
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『月をマーケティングする アポロ計画と史上最大の広報作戦』(デイヴィッド・ミーアマン・スコット、リチャード・ジュレック、関根光宏:翻訳、波多野理彩子:翻訳) [読書(教養)]

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 アポロ計画は史上最大にして最も重要なマーケティング・PR活動の事例だ。このことは強調されて当然であるにもかかわらず、これまでは、そうした観点からアポロ計画が語られることはなかった。
  (中略)
報道機関の関心が集まらなければ、宇宙事業は莫大な投資にはとても見合うものではない。人類がまだ火星に到達していないのは、つまるところ、火星探索事業のマーケティングが失敗に終わったからだろう。
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Kindle版No.102、263

 巨額の予算を必要とするアポロ計画の実行には、技術だけでなく、国民からの熱狂的な支持が必要不可欠だった。「人類を月に送り込む」というアイデアを納税者たちに途方もない高値で売り込むために行われた史上最大のマーケティングとPR。それは実際にはどのようなものだったのか。単行本(日経BP社)出版は2014年10月、Kindle版配信は2014年11月です。


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私たちがアポロ計画にひきつけられるのは、それが歴史に残る偉業だからというだけではない。政府と産業界と報道機関が、かつてないほど密接に協力しあい、ひとつのチームとして動いて初めて実現した比類なきプロジェクトだからだ。アポロ計画では、延べ40万以上もの人が共通の目標に向かって協力した。
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Kindle版No.133


 これまで主に技術面、ときに組織マネジメントの観点から分析されてきた有人月面着陸計画。しかし、そもそもこれを可能としたのは、一般大衆を宇宙開発に熱狂させるためのマーケティング・PR戦略の力だった。なるほど、言われて見ればその通り。

 本書は、これまであまり注目されてこなかったアポロ計画におけるマーケティング活動について詳しく紹介してくれる本です。


1章 はじまりはフィクション
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 ソ連のスプートニク1号の打ち上げが世界を揺るがし、宇宙時代の幕が開けたとき、アメリカは、自分たちが考えている以上にソ連の挑戦に応じる準備が整っていた。ウォルト・ディズニー、コリアーズ誌、ウェルナー・ファン・ブラウンはそれぞれ、この準備の過程で重要な役割を果たした。宇宙における希望に満ちた未来を描き、それを大衆に示したことによって、宇宙に対する過去のロマンチックな幻想と未来への現実的な考えとを見事に融合させたのである。
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Kindle版No.839

 最初の章では、SFドラマ、テーマパーク、そして雑誌の特集記事によって、宇宙開発や宇宙旅行への夢や憧れが人々の心をつかんでいった過程が語られます。現実の宇宙開発計画がやってきたとき、すでに大衆は充分に熱意をかきたてられていたのです。


2章 NASAのブランドジャーナリズム
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 アメリカの宇宙開発は、情報公開について「開かれた姿勢」を取ることで、秘密主義だったロシアとは明らかに一線を画そうとしていた。理屈としては簡単に思えるが、アメリカ政府、軍、NASA本部、現場の部署、宇宙飛行士や報道機関が、広報についてそれぞれ異なる思惑をもち、しかも、それらが相容れないことも多いなかで、「開かれた姿勢」を実行するのは難しいことだった。
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Kindle版No.1420

 徹底的な情報公開によって、報道機関との信頼関係を構築したNASA。どうしてそんなことが出来たのでしょうか。NASA広報部門とジャーナリストたちの密接な協力関係の背景が語られます。


3章 NASA契約企業の広報活動
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 当然ながら、アポロ計画の契約企業は、月面着陸についての記事に自社のことをできるだけ書いてもらおうと、広報活動をおこなっていた。どの企業も政府機関と新たな契約を結ぶことに必死で、自社とアポロ計画について好意的な記事が出れば、それだけ他社より優位に立てる。そのため各社は、アポロ計画で自社が果たした役割を詳しく説明する、手の込んだ報道資料を作った。
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Kindle版No.1746

 NASAと報道機関に加えて、産業界もそれぞれの思惑に沿ってアポロ計画を全力で支援しました。さらにはNASA内部の組織上の問題解決を民間企業が請け負うなど、産業界と一体化したプロジェクト推進が行われていたのです。「史上最大のマーケティング・PR活動」はNASA広報部だけの成果ではなく、契約企業の幅広い協力ゆえに成功したのです。


4章 全世界が観たアポロのテレビ中継
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私たちは、宇宙でみんなといっしょでした。これがテレビのなせるワザです。宇宙にほかの人たちを連れて行けたのです。
  (中略)
テレビは信じられないほどの力をもっています。それこそがテレビの存在価値です。
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Kindle版No.2307

 人類が初めて月面に足を踏み下ろす瞬間を、全世界の人々がリアルタイムに目撃したのは、画期的な出来事でした。アポロ計画の広報において、テレビ中継は決定的な重要性を持っていました。しかし、当初、技術者たちも宇宙飛行士たちも、宇宙船にテレビカメラを持ち込むことに強行に反対していました。そのとき、NASAの内部でどのような論争が起きていたのでしょうか。


5章 月面着陸の日
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 NASA職員や契約企業の社員、大学教授、そして通信や信号の専門家にいたるまで、アポロ計画にかかわった40万以上の人々には、いずれも創造性を重んじる精神が脈々と息づいていた。
  (中略)
月ミッションは一生に一度しか体験できないものだった。そして、人類と、その人類が住む地球という星の定義を永遠に変えるであろう出来事を取材できる、絶好の機会でもあった。
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Kindle版No.3234

 全世界の人々が固唾をのんで月面着陸を見守っていたそのとき、ニュースを伝える立場の人々は、あらゆる困難と逆境、予想外のアクシデントに果敢に挑んでいました。新聞記者、ニュースキャスター、テレビ局の現場。様々な人物にとって「そのとき」に何が起きていたのでしょうか。


6章 セリブリティとしての宇宙飛行士
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宇宙飛行士に対するそうしたイメージは、NASAの広報部が望みどおりの内容にしていたライフ誌の人物紹介記事によって、さらに強固なものになった。同時にNASAは、宇宙飛行士の誰かひとりでも同僚に比べて見劣りすることのないように気を配り、宇宙飛行士に一致団結したパイロット集団というイメージをもたせるための組織的な取り組みがなされた。
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Kindle版No.3404

 ある意味で月面着陸よりも重要なのは、宇宙飛行士たちのイメージのコントロールでした。彼らは英雄でなければなりません。しかし、実際はどうだったのでしょう。そして、NASA広報部は問題にどのように対処しようとしたのでしょうか。


7章 世界を旅した月の石
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 アポロ計画に対する人々の関心が低下していくのを目のあたりにしたNASA広報部は、ふたたび熱狂を取り戻そうとさまざまな手を打つ一方で、この国が成し遂げた偉業とそれによって得られた科学的な発見を国民に強く意識させようとした。
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Kindle版No.3742

 アポロ11号の月面着陸でピークに達した国民の関心は、その後は次第に下がってゆきました。NASA広報部は何とか関心をつなぎ止めようと、月の石などの標本を世界中の140以上の研究機関に配り、さらに全国巡回展示、大阪万博での展示、などのイベントを仕掛けました。結果はどうだったのでしょうか。


8章 アポロ時代の終焉
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 アポロ計画後の明確なビジョンを打ち出せなかったNASAの失敗は、マーケティングの失敗でもあった。
  (中略)
 一世を風靡した製品がそうであるように、成功が永遠に続く保証はどこにもない。製品のライフサイクルにおいて必然的に人気が下降しはじめたとき、その流れを変えることは、マーケティング担当者にとって何よりも難しい仕事のひとつである。消えゆくブランドを再生させようとして失敗したマーケティング担当者は数えきれないほどいるが、NASAも、アポロ11号の見事な成功のあとに起こった人々の関心の低下を止めることができなかった。
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Kindle版No.4559、4567

 こうしてアポロ計画は当初の予定よりも早く打ち切られ、そしてそれから現在に至るまで誰も月には行っていません。結局、この巨大プロジェクトのマーケティング、広報、PR活動は何を成し遂げたのでしょうか。それは、ただ人が月に行って石を持って帰ってきたというだけのことではありませんでした。


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アポロ計画は世界とテレビの両方を永遠に変えてしまったのだ。アポロから送られてくる生映像や、宇宙の暗闇に浮かぶ地球の写真を見てしまった人類にとって、地球を以前と同じように考えることは不可能だった。
  (中略)
 アポロ計画に携わった人々の情熱は、探求の対象を自分たちの星とする、地球環境や社会的正義に関心のある若い世代へと受け継がれた。NASAのおかげで、彼らは地球の姿を見ることができた。それこそが自分たちの星だった。
  (中略)
 スティーブ・ジョブズやスティーブ・ウォズニアック、ビル・ゲイツをはじめ、私たちの生活や遊びや思考を変えた世代は、アメリカの宇宙計画が最高潮に達し、それに伴い教育や科学やテクノロジーへの投資が増えた時期に成人を迎えた。つまり、先見の明があるデジタル世代はアポロ世代でもあるのだ。
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Kindle版No.2297、4505、4593


 アポロ計画は、結局のところ、すべての人々に「地球」をマーケティングしてのけたのです。その成果は、なかなかどうして、大したものではありませんか。


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