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『翼の贈りもの』(R.A.ラファティ、井上央:翻訳) [読書(SF)]

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今世界に求められているのは、人を食っていながらにして、完璧な信仰心をもった人間であると言えよう。
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単行本p.76

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つまり文明ってのは、その一番の本質において、住民がゆっくりくつろいで語りあえる最も快適で開かれた環境を提供する力だと言っていいだろう。文明とは会話の場所なんだ。
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単行本p.115

 30光年先にある宇宙の端。着弾までの二秒半で勃興した文明。ネアンデルタール人のステンドグラス。奇想とユーモアと信仰心がごった煮になったホラ話、11篇を収録したラファティの傑作集。単行本(青心社)出版は2011年4月です。


『だれかがくれた翼の贈りもの』
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 彼ら“光り輝くものたち”はなぜ自分の翼の切断や、その結果としてしばしば訪れる死を受容するのだろうか? このようなステップが種の変化のために不可欠な条件となっているからだと考えられる。(中略)彼らが道なきところに道を開き、その結果滅び去るという過程を経ることなしに、種の変化は完了されないのだ。
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単行本p.15

 人類が、鳥人へ、さらに天使へと進化する過程で犠牲となるべくして生まれてきた翼ある若者たち。その運命を受容することで彼らは光り輝くのだった。俗流進化論とキリスト教世界観をまぜこぜにした美しくも切ない新人類SF。


『最後の天文学者』
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私たちは間違いなく三十光年彼方まで行ったはずだったんだ。いま言ったように、私たちが行き着いたのは宇宙の完全な端だった。(中略)私たちがあると思い込んできた十億の十億倍個の星は、実はほんの限られた数の星の、その光を繰り返し繰り返し限りなく反射し、歪曲し、その結果生まれた鏡の家に過ぎなかったんだ。
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単行本p.28

 完全に間違っていたことが明らかになり滅びた天文学。最後に生き残った天文学者が、死に場所を求めて火星を彷徨う。残酷なユーモアが印象的な奇想短篇。


『なつかしきゴールデンゲイト』
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 バーナビィが初めてこの悪役を見たのは月曜日の夜だった。その時、言うに言われぬ感情が彼を乗っ取った。ただの笑劇、道化芝居を見たとは思えないような心の葛藤、恐怖を感じ、砂色の髪の毛がその首筋で逆立った。彼はその悪役を演じている者の正体を見抜いたのだ。
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単行本p.38

 酒場で毎晩繰り広げられる乱痴気騒ぎ。そこにこっそり紛れ込んでいる悪魔に気づいた男が、そいつを撃ち殺そうと決意する。ノスタルジーあふれる酒場のホラ話。


『雨降る日のハリカルナッソス』
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出し物は、ごく一般的な基準に照らせば、まったく大したものではなかった。しかし雨の日のハリカルナッソスであれば、許容され得るレベルにはあったろう。出演者の顔ぶれは確かに悪くなかった。ピタゴラス、(中略)ティコ・ブラーエ、ライプニッツ、その中でソクラテスは最年長だった。
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単行本p.67

 憂鬱を絵に描いたような、雨降る日のハリカルナッソス。そこにある博物館の出し物に出演していた本物のソクラテスに、時間調査員たちがインタビューを試みる。しかし、ステージは退屈だし、何と言ってもそこはハリカルナッソス、しかも雨が降っているのだ。


『片目のマネシツグミ』
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弾は最後はここから四キロ離れた谷の向こうの岩岸に突っ込む。そして、私が中に閉じ込めた国もろとも砕け散るだろう。そうなる運命を逃れる道が一つだけある。つまり、その国の中にいるものたちが意識に目覚め、地域統治を始め、制限付き世界政府を作りだし、科学と技術を生み出し、その科学と技術を最大限に利用できる高い能力をもった天才たちのグループを組織して、弾丸の進路を自力で制御する力を確立し岸への激突を回避する。そして、自分たちの誕生の秘密を明らかにするために、ここへ舞い戻って来るんだ。このすべてを二秒半のうちに完了する。
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単行本p.73

 弾丸に原形質を封じ込め、岩岸に向けて発射することで強制的に進化を促すという実験。果たして、弾丸の中の有機物は、生命発生から慣性制御技術の実用化まで、わずか二秒半で完了することが出来るのだろうか。


『ケイシィ・マシン』
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 ケイシィはあらゆる人間についてあらゆることを知りたいという、強烈な願望を持っていました。一番些細でつまらないと思えるようなことまで、いやそんなことの方を特別に知りたいと思っていました。その願望があまりにも強かったため、世界のあり方にまで力を及ぼし、変更を加えるに至ったのです。
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単行本p.96

 ケイシィが作り出した実体のない機械によって、すべての人のあらゆる情報を知ることが出来るようになった。世界中の人々がケイシィの機械を使った結果、“堕落の娯楽”、“体裁のよい腐敗”、“やましさの消えた淫乱”が、あまねく世界を覆う。1977年に書かれた作品ですが、今読むと、インターネットやSNSのことが書かれているとしか思えません。


『マルタ』
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おれはいつまでも忘れないだろうよ。その時マルタがおれに見せた永遠に消えない感謝の表情をね。自分の夫が救いようのない薄のろであることを、おれが夫に気付かせないでいておいてくれたことに対してさ。(中略)マルタは聖女だ。もしおれが今までめぐり会った人間の中に聖人がいるとすればね。
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単行本p.132

 富豪と間違えられて誘拐された男が、そのとき知り合ったマルタという女性のことを語る。本当かどうかは問わないように。著者にしては珍しく、男を堕落させる存在としてではなく、人間的魅力にあふれた女性が主役になる短篇。


『優雅な日々と宮殿』
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「特別投票の結果を聞いたかね、スウィング? 君は地球で最も品格ある人間に選ばれたんだよ」
「光栄なことだな、もちろん。でも驚きはしないさ。そもそも、人が判断の基準にする“枠組み”のほとんどは、この私が設計し流布させたんだからね」
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単行本p.144

 限りなき品格に恵まれたグリッグルズ・スウィング。人々は「これほど偉大な人間が、そもそもどこから生まれてきたのだろうか?」と問う。その答えは意外なものだった。あるいはそれほど意外なものでもなかった。


『ジョン・ソルト』
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 彼が今までにしくじったのはたったの一回だけだった。死者をよみがえらせるのに失敗したのだ。取り組んでいるのがもしこれほどスゴ業であるならば、人は一度くらいの失敗は許されてしかるべきだろう。その至難の離れ業を、もう今までに何回も見事にやってのけているというのなら、なおさらである。
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単行本p.154

 病を癒し、死者を蘇らせる。聖人のふりをして、偽説教とインチキ手品で稼いでいた詐欺師が出会った奇跡とは。


『深色ガラスの物語 非公式ステンドグラス窓の歴史』
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 ネアンデルタール人の作った家や体育館、洞窟が見事なステンドグラス窓で飾られていたのは紛れもない事実である(中略)現代の人間は、そもそもネアンデルタール期ステンドグラス時代などというものがあったということ自体を信じていない。その存在を疑えないものにするたいへん有力な証拠が残されているにもかかわらずである。
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単行本p.168、170

 ネアンデルタール時代から22世紀に至るまで、人間の手によらず自然生成されたステンドグラス画は数多い。世界中の窓という窓に現れた印は集めると一つの大きな叙事詩を語っていたのだが、科学的世界観に縛られた人々はそのようなものを否定し、すべてのステンドグラスを叩き壊し、記録を抹殺してゆくのだった。科学と信仰の相剋を軽妙に書いた短篇。


『ユニークで斬新な発明の数々』
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もしホーキンスの自己回帰原理を受け入れるならば、宇宙は常に誕生後七秒以内にあることになるのだ。宇宙は常に始まりの段階にあり続けて、その“始まり”はどこを輪切りにしても、厚さ七秒を少し下回る。宇宙はたとえいつ始めるとしても、そこで起きることはすべて、少なくともすでに一度は起きていることであり、だれが何を思いつこうが、少なくとも一度は他のだれかがすでに思いついたことのある思いつきだというワケなのさ。
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単行本p.187

 過去の記憶から化石まですべてひっくるめて、宇宙のすべては今から五分前に創造されたのではないだろうか。いや七秒前だった。いつまでも誕生後七秒以内の宇宙において、真に独創的なアイデア、今まで誰も思いついたことがない何かを生み出そうと挑む人々を描いた短篇。そういえばSF作家というのも、そういう人々ですね。


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