『食堂つばめ4 冷めない味噌汁』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]
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「ものを食べないと生き返れないんですか?」
「そういうわけではないのよ。ただ食べようと思う気持ちは、生きようとする気持ちと同じなの。ここに来る人は、その気持ち自体をなくしている人が多いから」
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文庫版p.125
生と死の境界にある不思議な街。そこにある「食堂つばめ」では、誰もが自分だけの思い出の料理を食べられるという。シリーズ第4弾、今作は5篇を収録した短篇集です。文庫版(角川書店)出版は2014年11月。
収録されているのは、いずれも食堂つばめの来訪者の視点から書かれた臨死体験という形式の短篇作品。レギュラーキャラクターたちは端役あつかい、特に男性二人の存在感の薄さは気の毒なほど。
これまでの話を知らなくても全く問題なく読めるわけで、初めてシリーズを読む方は、最新刊である本書から味見をしてはいかがでしょうか。今回のメニューは、ミルク、ご飯と味噌汁、ピザ、サンマの塩焼き、フルーツサラダ、という具合になっています。
『帰らなきゃ』
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「あ、いえ、あのー……普段わたし、あんまりミルク----牛乳って飲まないんですけど……なのになぜ頼んだのか、不思議でたまらないんです」
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文庫版p.22
記憶がないのに、なぜか「急いで帰らなきゃ」という気持ちだけがある語り手。食堂つばめで「ミルクをください」と言ったものの、なぜ自分がそう言ったのか分からない。語り手が現世に何を残してきたのか、というささやかな謎を扱った小編。
『冷めない味噌汁』
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はっきり言って、この状況は異様だった。歩道に敷かれたふとん、道路の真ん中にあるテーブル、メイドさんのように静かに給仕をする美女----いや、これは夢だ。だって……味噌汁がまったく冷めていないではないか。
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文庫版p.48
いわゆるブラック企業で過労死寸前まで追いつめられて、この街にやって来た青年。「ほかほかと湯気のたった白飯、アジの開き、だし巻き玉子、納豆、海苔、青菜のおひたし、そして味噌汁」(文庫版p.47)という定番の和朝食を食べたことで、彼は生きるための力を取り戻してゆく。
食堂つばめのスタンダードといってよい話ですが、理不尽な会社のために命をすり減らしてゆくところが切実で、身につまされる若い読者も多いのではないでしょうか。
『昨日も今日も明日も幸せ』
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ああ、そうだ。あたしの本当の願いはそれだった。おいしいものを思いっきり食べても大丈夫な身体が欲しかった。だって、太りたくないんだもの! それがついに手に入ったんでしょう?
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文庫版p.94
念願のピザを山ほど食べて、食堂つばめの面々をどん引きさせた若い女性。「昨日も幸せで、今も幸せで、明日からも幸せだと思ったのに……」(文庫版p.95)と泣く彼女は、食堂つばめの料理で自らの病を克服することが出来るだろうか。過労死の次は摂食障害という重たい話題を扱った短篇ですが、どちらも心温まるハッピーエンドとなっていますのでご安心ください。
『スピリチュアルな人』
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忘れたら困る。ていうか、いやだ! せっかく----せっかくの臨死体験なのにー!
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文庫版p.130
スピリテュアルな体験にあこがれる語り手は、ついに念願かなって臨死体験ということで大喜び。しかし、生き返ったらこの街のことを覚えているかどうか分からないと言われて大ショック。そんなら記憶力を増大させるというDHAとやらが含まれている料理をいっぱい食べて……、というような臨死体験を誰が信じてくれるだろうか。重い話が続いた後には、明るいユーモア短篇で口直し。
『フルーツとミントのサラダ』
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フルーツとミントのサラダを人に作ってもらうことより、自分の手で作ってもおいしいと思える方が、幸せにずっと近い。
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文庫版p.189
婚活パーティのさなかに事故死しかけた語り手。食堂つばめの料理を食べて生還してから、幸せとは何だろうと考える。恋愛や結婚が本当に自分の望んでいる幸せなのだろうか。重い話、明るい話のあと、最後に置かれた短篇は、しみじみとした感動作です。
「ものを食べないと生き返れないんですか?」
「そういうわけではないのよ。ただ食べようと思う気持ちは、生きようとする気持ちと同じなの。ここに来る人は、その気持ち自体をなくしている人が多いから」
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文庫版p.125
生と死の境界にある不思議な街。そこにある「食堂つばめ」では、誰もが自分だけの思い出の料理を食べられるという。シリーズ第4弾、今作は5篇を収録した短篇集です。文庫版(角川書店)出版は2014年11月。
収録されているのは、いずれも食堂つばめの来訪者の視点から書かれた臨死体験という形式の短篇作品。レギュラーキャラクターたちは端役あつかい、特に男性二人の存在感の薄さは気の毒なほど。
これまでの話を知らなくても全く問題なく読めるわけで、初めてシリーズを読む方は、最新刊である本書から味見をしてはいかがでしょうか。今回のメニューは、ミルク、ご飯と味噌汁、ピザ、サンマの塩焼き、フルーツサラダ、という具合になっています。
『帰らなきゃ』
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「あ、いえ、あのー……普段わたし、あんまりミルク----牛乳って飲まないんですけど……なのになぜ頼んだのか、不思議でたまらないんです」
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文庫版p.22
記憶がないのに、なぜか「急いで帰らなきゃ」という気持ちだけがある語り手。食堂つばめで「ミルクをください」と言ったものの、なぜ自分がそう言ったのか分からない。語り手が現世に何を残してきたのか、というささやかな謎を扱った小編。
『冷めない味噌汁』
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はっきり言って、この状況は異様だった。歩道に敷かれたふとん、道路の真ん中にあるテーブル、メイドさんのように静かに給仕をする美女----いや、これは夢だ。だって……味噌汁がまったく冷めていないではないか。
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文庫版p.48
いわゆるブラック企業で過労死寸前まで追いつめられて、この街にやって来た青年。「ほかほかと湯気のたった白飯、アジの開き、だし巻き玉子、納豆、海苔、青菜のおひたし、そして味噌汁」(文庫版p.47)という定番の和朝食を食べたことで、彼は生きるための力を取り戻してゆく。
食堂つばめのスタンダードといってよい話ですが、理不尽な会社のために命をすり減らしてゆくところが切実で、身につまされる若い読者も多いのではないでしょうか。
『昨日も今日も明日も幸せ』
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ああ、そうだ。あたしの本当の願いはそれだった。おいしいものを思いっきり食べても大丈夫な身体が欲しかった。だって、太りたくないんだもの! それがついに手に入ったんでしょう?
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文庫版p.94
念願のピザを山ほど食べて、食堂つばめの面々をどん引きさせた若い女性。「昨日も幸せで、今も幸せで、明日からも幸せだと思ったのに……」(文庫版p.95)と泣く彼女は、食堂つばめの料理で自らの病を克服することが出来るだろうか。過労死の次は摂食障害という重たい話題を扱った短篇ですが、どちらも心温まるハッピーエンドとなっていますのでご安心ください。
『スピリチュアルな人』
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忘れたら困る。ていうか、いやだ! せっかく----せっかくの臨死体験なのにー!
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文庫版p.130
スピリテュアルな体験にあこがれる語り手は、ついに念願かなって臨死体験ということで大喜び。しかし、生き返ったらこの街のことを覚えているかどうか分からないと言われて大ショック。そんなら記憶力を増大させるというDHAとやらが含まれている料理をいっぱい食べて……、というような臨死体験を誰が信じてくれるだろうか。重い話が続いた後には、明るいユーモア短篇で口直し。
『フルーツとミントのサラダ』
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フルーツとミントのサラダを人に作ってもらうことより、自分の手で作ってもおいしいと思える方が、幸せにずっと近い。
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文庫版p.189
婚活パーティのさなかに事故死しかけた語り手。食堂つばめの料理を食べて生還してから、幸せとは何だろうと考える。恋愛や結婚が本当に自分の望んでいる幸せなのだろうか。重い話、明るい話のあと、最後に置かれた短篇は、しみじみとした感動作です。
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