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『やねとふね』(河野聡子) [読書(小説・詩)]

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この絵はつねに動いているものをピントが定まらないカメラで撮ったような、ぼんやりしたものです。正確な物事が伝わってくるようなものではありません。ただこのような絵を自分の中で描くことが、わたしにとって、この世界で生きていくための、何かの手がかりになっているのだと思います。
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『まえがき』より

 インターネット越しに幻視した、こことは違う空間と時間。そしていまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる。美しい言葉と恐ろしい言葉、ストレートな暗喩、深い抒情、そして意外に理屈っぽいSFテイスト。スクリーンのあっち側のようなこっち側のような幻想の国を描く連作詩集。Kindle版配信は2014年11月です。


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いまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる
ふねのような家、それとも
家のようなふねの窓から色とりどりの
やねの列としっぽをふるさかなたちが見える
五月の晴れた日の空に、黒、赤、青、ピンクのさかなたちが
やねよりたかいところへのぼって泳いでいる
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『亡命者』より


 どことも知れない国からどこにもない国に亡命してきたらしい「わたし」は、前の国のことを思い出しながら、この国のことを語ってゆきます。


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糸をほどくことに夢中になりすぎない技術も学ばなければならない
あなたが歩きながら糸をほどくことは禁止されていないが
事故による死はいつも道端で起きるのだ
歩きながらの糸ほどきには注意してください
地図と本を手に入れたら、次こそはこの国の絶景に驚くときだ
ここからみえる地平線は上にまがり
その先はもつれたリボンのように幅広く遠くへ伸びる
この国のやねは列となってリボンを覆い
リボンはべつのリボンと交差する
リボンとリボンの間を縫うさかなのようなふねの群れ
からまったリボンをすべてほどけば
この国はただひとつの純粋な知らせになるだろう
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『アーキテクト』より


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この国の霊たちはおしゃべりが大好きだ
ずっと死んだままなので昼も夜もなくしゃべりつづけている
ほとんどの場合は、ののしりあったり、愚にもつかない議論をしている
生きているものが口に出して話さないことを幽霊は声高に話す
生きているものが正しく言葉にできないことでも
幽霊は話すことができる
たいへん騒々しい
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『幽霊』より


 スレッドが集まってリボンとなり、ストリームに乗ってさかなのようなふねがゆく。住民の多くは幽霊で、ひたすらツイートで騒がしい。そんな不思議な国で「わたし」は暮らし、仕事し、生活してゆきます。もう戻ることは出来ないからです。


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わたしの土は、清浄な土ではなかった。
わたしの土は、きれいな土だった。
靴底の小石や、死んだ動物や、虫や、発酵した枯葉がまじった、
いいにおいのする、おだやかで、ためらいのない土だった。
わたしの国の遠く高い屋根をこえた日から、
わたしはわたしの土から切り離され、
いま、きれいなやねに種をまいている。
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『ガーデナー』より


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あなたは摂氏28度、
正味4メートル×5メートル×3.3メートルの
空間のなかにいる。
 (中略)
あの国にいるわたしと、この国にいるわたしの関係は
摂氏29度、湿度85パーセントの四角い空間で
いちにちの60パーセントを一緒に過ごしているふたりの間に
成立する関係と同じである。
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『人(そこにいてそこにいない)』より


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突然、ふねが5つに割れた。先端と、上のつばさとデッキ、長い胴体と、尻尾と、左のちいさなプロペラと。
もろい層のつみかさなるケーキのような壁面に船長の顔がみえた。
たくさんの船長の顔が。
無数の船長がばらばらになったふねからこぼれ落ち、ふねは5から10にわかれ、さらに倍に、さらに無数にちいさく割れた。ほとんどはっきりみえない光るほこりの機械となり、空中をころがりおちた。虹がひろがるように、途方もない広さで、そこにわたしはたしかにみたのだが、こぼれおちた船長の顔が光る極小の機械ひとつひとつにしがみつき、憑りつき、立ち上がり、小さな手がマストを掲げていたのだった。
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『船長』より


 この国で見たこと聞いたこと体験したことを語った断片が、やがて集まって『いまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる』という一篇の詩に結実し、深い感動をもたらします。


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正しく言葉にできないことも言葉にする幽霊たちを味方につけ
わたしは土を掘る
あなたは深いところにいて、下から堀り、堀りかえしている
下には影と発酵した落ち葉の香りが満ち
あなたが転生した小石、死んだ動物や昆虫たちが
しゃべる魂になってもういちど
あなたが生まれてきたならば
生まれないという意味はこの世界からなくなる
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『いまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる』より


 妙な理屈っぽさ、何かをこじらせたようなユーモア、意識下にすべりこんでくる抒情、そういった持ち味が渾然一体となって読者の胸に響いてきます。まるごと一冊の長篇小説を読んだような充実感。読後の感動がなかなか消えない、美しくも恐ろしい、見事な連作詩です。


タグ:河野聡子
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