『砂の降る教室』(石川美南) [読書(小説・詩)]
「胡麻豆腐ちびちび食べて好きなものばかり歌つてしまふ寂しさ」
『怪談短歌入門 怖いお話、うたいましょう』で選者の一人をつとめた石川美南さんの第一歌集。単行本(風媒社)出版は2003年11月です。
現実感覚を少しだけ揺るがせる奇妙な忘れがたい短歌が詰まった『裏島』と『離れ島』の二冊が大いに気に入ったので、石川美南さんの第一歌集を読んでみました。大学を卒業した年に出版された一冊で、高校生の頃に作った作品なども収録されています。
「スプライトで冷やす首筋 好きな子はゐないゐないと言ひ張りながら」
「「怒つた時カレーを頼むやうな奴」と評されてまたふくれてゐたり」
「グリンピースの缶づめ好きで何が悪い 小石のやうな意地を張りをり」
「「助さんと格さんならば格さんが可愛いと思ふ」「私も思ふ」」
「男の子は馬鹿ばつかりで強いて言へばキリンに似てる子が一人だけ」
「「先生今飼つてる犬を叱るやうに私のことを叱つたでせう」」
あっ、若い。ああっ、女子高生の歌だ。ういういしい。
年譜を見ると今なお若い方で、『裏島』と『離れ島』を読んだとき、この歌人は精霊か狐狸妖怪の類なのだろうかと、失礼ながらそういう年齢不詳な印象を受けたのですが、これは大間違いでした。
「ゴールラインに近づきながら手も足ももう言ひ訳を考へてをり」
「満員の山手線に揺られつつ次の偽名を考へてをり」
「成分のことは語らぬ約束で花火見てゐる理科部一行」
「「二、三年寝てゐた方が良いでせう」春ゆるみゆく内科医の声」
「嬉しさうに報告されてゐたりけり「薔薇(ROSE)とエロス(EROS)はアナグラムです」」
「人多きところへ急ぐ ベジャールに振り付けられし木立を抜けて」
楽しそうな学生時代をほうふつとさせる短歌の数々が新鮮です。
上に引用した最後の作品、ざわざわと揺れる木立の不気味さをベジャール作品の群舞に見立てているわけですが、こういう見立てがさらりと出てくるところを見ると、どうやらダンスに詳しいようです。
「世界中の紙ざわざわと鳴り出だす予感溜めつつ開演を持つ」
「ああ鬼がもうすぐここに来るここに来る地底、脚、腸、胃を抜けて」
「加速してゆく靴音の鋭さにああ鬼嬉しくてたまらない」
「ステップを踏み間違へて私だけ魔術を解いてしまふ寂しさ」
舞台でフラメンコを踊った経験(大学の学園祭らしい)を扱ったシリーズから抜粋してみましたが、こういう躍動感と身体感覚に満ちたストレートな作品を詠んでいたのかと思うと、これまた意外。こういうのもいいですね。
「今日までにくぐり抜けたるトンネルの数競ひ合ひ僅差で負けぬ」
「校門に朱きペンキを塗りたくり、そしてある日の暮れ方の事」
「白い僧が雨の奥より現れて朝から待つてゐましたといふ」
「茸たちの月見の宴に招かれぬほのかに毒を持つものとして」
こういう作品を読むと、まだ若いというのに、将来『裏島』『離れ島』に流れ着くことになる歌人だよなあ、としみじみ感じ入って。「ほのかに毒を持つ」という一節が妙にしっくりくる。猛毒でも劇薬でもなく、ほのかに、じわりと、感覚を微妙に麻痺させ、平衡感覚を少しだけ揺るがせる。そんな作品をこれからも詠み続けてほしいものです。好きです。
『怪談短歌入門 怖いお話、うたいましょう』で選者の一人をつとめた石川美南さんの第一歌集。単行本(風媒社)出版は2003年11月です。
現実感覚を少しだけ揺るがせる奇妙な忘れがたい短歌が詰まった『裏島』と『離れ島』の二冊が大いに気に入ったので、石川美南さんの第一歌集を読んでみました。大学を卒業した年に出版された一冊で、高校生の頃に作った作品なども収録されています。
「スプライトで冷やす首筋 好きな子はゐないゐないと言ひ張りながら」
「「怒つた時カレーを頼むやうな奴」と評されてまたふくれてゐたり」
「グリンピースの缶づめ好きで何が悪い 小石のやうな意地を張りをり」
「「助さんと格さんならば格さんが可愛いと思ふ」「私も思ふ」」
「男の子は馬鹿ばつかりで強いて言へばキリンに似てる子が一人だけ」
「「先生今飼つてる犬を叱るやうに私のことを叱つたでせう」」
あっ、若い。ああっ、女子高生の歌だ。ういういしい。
年譜を見ると今なお若い方で、『裏島』と『離れ島』を読んだとき、この歌人は精霊か狐狸妖怪の類なのだろうかと、失礼ながらそういう年齢不詳な印象を受けたのですが、これは大間違いでした。
「ゴールラインに近づきながら手も足ももう言ひ訳を考へてをり」
「満員の山手線に揺られつつ次の偽名を考へてをり」
「成分のことは語らぬ約束で花火見てゐる理科部一行」
「「二、三年寝てゐた方が良いでせう」春ゆるみゆく内科医の声」
「嬉しさうに報告されてゐたりけり「薔薇(ROSE)とエロス(EROS)はアナグラムです」」
「人多きところへ急ぐ ベジャールに振り付けられし木立を抜けて」
楽しそうな学生時代をほうふつとさせる短歌の数々が新鮮です。
上に引用した最後の作品、ざわざわと揺れる木立の不気味さをベジャール作品の群舞に見立てているわけですが、こういう見立てがさらりと出てくるところを見ると、どうやらダンスに詳しいようです。
「世界中の紙ざわざわと鳴り出だす予感溜めつつ開演を持つ」
「ああ鬼がもうすぐここに来るここに来る地底、脚、腸、胃を抜けて」
「加速してゆく靴音の鋭さにああ鬼嬉しくてたまらない」
「ステップを踏み間違へて私だけ魔術を解いてしまふ寂しさ」
舞台でフラメンコを踊った経験(大学の学園祭らしい)を扱ったシリーズから抜粋してみましたが、こういう躍動感と身体感覚に満ちたストレートな作品を詠んでいたのかと思うと、これまた意外。こういうのもいいですね。
「今日までにくぐり抜けたるトンネルの数競ひ合ひ僅差で負けぬ」
「校門に朱きペンキを塗りたくり、そしてある日の暮れ方の事」
「白い僧が雨の奥より現れて朝から待つてゐましたといふ」
「茸たちの月見の宴に招かれぬほのかに毒を持つものとして」
こういう作品を読むと、まだ若いというのに、将来『裏島』『離れ島』に流れ着くことになる歌人だよなあ、としみじみ感じ入って。「ほのかに毒を持つ」という一節が妙にしっくりくる。猛毒でも劇薬でもなく、ほのかに、じわりと、感覚を微妙に麻痺させ、平衡感覚を少しだけ揺るがせる。そんな作品をこれからも詠み続けてほしいものです。好きです。
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