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『知って感じるフィギュアスケート観戦術』(荒川静香) [読書(教養)]

 「本書は私の5冊目の著書になりますが、今回ほど選手にフォーカスを当て技術的なことを詳しく説明した本はありませんでした」(新書版p.209)

 スピンとジャンプの種類、採点システムなどの解説から、目前に迫った全日本選手権の見どころまで。トリノオリンピック女子シングル金メダリスト、荒川静香さんによる、ソチ五輪フィギュアスケート競技鑑賞のための手引き書。新書版(朝日新聞出版)出版は、2013年12月です。

 いきなり私事で恐縮ですが、フィギュアスケートそのものに興味があるかと問われると、ちょっと困ってしまいます。TVでアイスダンスを観るのは好きなのですが、しかし、日本ではアイスダンスが放映される機会が少ないのです。例えば、今シーズンのグランプリシリーズにおいてアイスダンスが日本で放映されたのは、NHK杯とファイナルだけでした。そこで、仕方なく(というと語弊がありますが)シングル競技も観ている、というのが本音かも知れません。

 とはいえ、今シーズンはこれから、全米選手権、欧州選手権、カナダ選手権、四大陸選手権、世界ジュニア選手権、世界選手権、そしてもちろんソチ五輪と、アイスダンス競技の映像がすべてノーカットで衛星放送されるとのことで、もう、これは嬉しいこと限りなし。

 各国のアイスダンサーたちもソチ五輪に向けてものすごく気合が入っており、こちらとしては点数のことは忘れてダンスパフォーマンスを純粋に楽しもうと思ってはいても、そこはやっぱり評価が、点数が、そしてソチ五輪で銅メダルを獲得するのはどの組か、どうしても気になってしまいます。

 今のところ手が届く可能性があるペアが5、6組はいるし、それぞれに個性的でひたむきで情熱的。毎シーズン観ているうちに各組への思い入れも強まっているのですが、何しろアイスダンスで銅メダルを取れるのはただ一組だけ。その厳しさに溜め息が出ます。

 さて、前置きが長くなってしまいましたが、本書は荒川静香さんによるフィギュアスケート鑑賞のガイドブック。アイスダンスやペア競技のことはほとんど書かれておらず、シングル競技に絞っていますが、その分、技術面から注目選手の評価まで、詳しく書かれています。

 全体は7つの章に分かれています。

 最初の「第1章 ルールと採点基準」および「第2章 ワンランク上のシングル競技観戦」では、スピンやジャンプの種類、現在の採点システムと主な変更点、ジャッジの判定、そしてパトリック・チャン選手が高得点を取る理由、といった技術面を解説。

 もちろん教科書的な記述ではなく、個人的なエピソードなども織りまぜながら、読み物として楽しめるように工夫されています。例えば、6分間ウォームアップのとき選手は何に気をつけているのか。

 「よく観察している人は、選手がウォームアップの最中に跳ぶジャンプの場所と、本番で跳ぶジャンプの場所が違うことに気がついているかもしれません」(新書版p.62)

 なぜ競技とはあえて違う場所でジャンプ練習するのか。理由は本書でお確かめください。

 他にも、選手が口にする「楽しみたい」という言葉の意味、シーズン全体を見たピーク調整の難しさ、羽生選手のトリプルアクセルに加点がつく理由、など様々な話題が含まれています。個人的に面白いと思ったのは、トリノオリンピックに向けて評価点を上げるために、荒川さんがビールマンスピンをどうしても取り入れざるを得なくなったときのこと。

 「私も、まさか現役の最後の年になって、ビールマンスピンをやることになるとは思ってもいませんでした。(中略)今、私のトリノオリンピックの演技を見ても、自分のビールマンスピンは観客の皆様にお見せすることができるギリギリのところだったな、と思います」(新書版p.29、30)

 「ルール上、必要である技を行うことで長期的には負傷につながる……その問題にどう対処するかというのは、これからのISUの課題の一つだと思います」(新書版p.33)

 課題を指摘しつつも、現在の採点システムを荒川さんは次のように評価します。

 「ISUが少しずつ改良していこうとして、技術と芸術が融合したフィギュアスケート本来の戦いに戻ってきたのだと思います。 その意味では、現在のフィギュアスケートはとても健全な、良い方向に発展していっていると言って良いと思うのです」(新書版p.41)

 ちなみに、ジャッジは公平なのでしょうか。これについても、荒川さんは次のように語ります。

 「時々、理解不十分な結果に対して「不正だ」「八百長だ」という言葉を使って、感情的にブログなどに書き込む人を見かけますが、このスポーツを愛する者の一人として、とても残念に思います」(新書版p.76)

 「細かく分析して数字を見ていけば、大抵の場合、なぜそういう順位になったのかその理由がわかります。(中略)すべての採点に納得する必要はありませんが、基本的に世界中の関係者たちが力を会わせてこのスポーツを大切に思い、守ってきたことを忘れないでほしいなと思います」(新書版p.76)

 「第3章 選手たちの舞台裏」と「第4章 振付師とコーチたちの役割」では、選手、振付師、コーチの関係をめぐるあれこれ。

 「フィギュアスケーターにとって、靴の問題は避けて通ることができません。スケーターの中で、靴の問題で苦労していない選手は一人もいないと断言できます」(新書版p.84)

 「音楽というのは本当に実際に滑ってみないとわかりません。実際に試合の現場に出てみて、ようやく見えてくることもあります。これはもう本当に賭けと言えます」(新書版p.118)

 他にも、氷の状態とは、選手は控え室で何をしているのか、滑走順はどれが有利なのか、振付師とコーチの相性問題、コーチを変更する理由、など。荒川さん個人のエピソードも面白い。

 「あるとき、「結果が良かったら焼き肉をおごってあげる!」と試合前にある親しい人から言われて、焼き肉に想いを囚われすぎてしまったことです。調子が良かったにもかかわらず、「勝ったら焼き肉。絶対に焼き肉」と力んでしまってうまくいかなかったことがありました。今考えてみると、「焼き肉」は、試合をゆるがすほど、私にとってそんなに大事だったのか」(新書版p.98)

 「今考えてみると」、というのが妙におかしい。

 そして「第5章 私のオリンピック体験」ではトリノ五輪の思い出を語り、「第6章 ソチオリンピックでの戦いはここに注目」および「第7章 メダル候補たちのここに注目」では主要選手についての紹介、評価、観戦のポイントなどが書かれています。

 「ニコライが「金メダリストは、代々青のコスチュームを着ていたのだから」と言い出したとき、彼が「メダル」ではなく「金メダル」に狙いを定めているのだと悟りましたが、私はというと、「金メダルはスルツカヤが取るんじゃないの」ぐらいに思っていたのです」(新書版p.150)

 「ニコライが熱心にそう言うので、任せていました。 彼が強烈な勝負師だったおかげで、私は順位のことはまったく考えずに、目の前の演技だけに集中することができたのです」(新書版p.150)

 「強烈な勝負師」という率直な評価には、思わず頷いてしまいますね。他にも、特に女子シングル選手については、様々なことがストレートに語られています。

 「当時の安藤選手はまだ女子高校生で、スケート以外のところの注目度が独り歩きしてしまったことが多かったように思います。(中略)彼女がマスコミの報道などに一番影響を受けたような気がします。集中力を保つのは大変だったでしょう」(新書版p.143)

 「一般的には浅田選手はジャンプ技術が持ち味で、ヨナは表現力で勝負をしていると思われがちですが、私から見るとむしろ逆なのです」(新書版p.166)

 「カロリーナ・コストナー選手も、すっかりベテラン選手らしい風格が身につきました。(中略)ジャンプに関しては、ルッツもフリップも本来上手なのに、跳ぶ前にすごく慎重になりすぎている感じがします。跳び上がってから「あ、良かった。次に3回転をつけよう」という感じがします(笑)」(新書版p.203)

 「トゥクタミシェワは、なかなか体が締まらずに苦労しているように見えました」(新書版p.206)

 「そうそう」と共感する記述が多いです。

 ところで、目前に迫った全日本選手権の見どころは。

 「高橋選手や小塚選手、織田選手のようなベテラン勢はオリンピックでメダルを狙える立場にいますから、必ずオリンピックでピークが来るように、全日本選手権では全力を出し切ってしまわないような調整をしてくるでしょう」(新書版p.174)

 「町田選手、無良選手のような立場の選手は、全日本選手権で勝ち残らなければオリンピックへ後がなくなるので、ピークは必ずそこに持ってくるだろうと思います。 ですからピーク前の選手と、ピークに達した選手が同じ土俵で戦うことになる。4回転が大きな比重を持つ男子シングルでは、もしかするとどんでん返しが起きる可能性もあります」(新書版p.175)

 というわけで、これから全日本選手権、さらにソチ五輪と、フィギュアスケート競技を鑑賞しようとするときに、役に立つ、読んで楽しいガイドブックとしてお勧めします。個人的には、荒川さんもおっしゃるように、日本でもアイスダンスとペア競技がもっと注目されるといいなあ、と思います。

 「日本は練習環境の事情もあり、男女シングルの強さが際立っていますが、国内でのペア、アイスダンスの強化にはなかなか苦戦しています。団体戦がオリンピック競技に加わったことをきっかけとして、ペアとアイスダンスへの注目度や必要性が上がり、強化がもっと進むことに期待をしています」(新書版p.176)


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