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『草魚バスターズ もじゃもじゃ先生、京都大覚寺大沢池を再生する』(真板昭夫) [読書(サイエンス)]

 「私は酔いも回っていたせいか調子に乗って、「やってみましょう! 10年計画ですよ」と気安く引き受けてしまったのです。この安易な引き受けが、後に本当に10年以上、述べ3000人以上が動員される大作業になろうとは、このときは予想もしていませんでした」(単行本p.14)

 1200年のあいだ受け継がれてきた庭池、大覚寺大沢池。そこに放たれた草魚のために破壊されつつある生態系。草魚駆除のために結成された「草魚バスターズ」だったが、その仕事は一筋縄ではいかなかった。ケーススタディを通じて生物多様性保護を問う感動の一冊。単行本(飛鳥新社)出版は2013年09月です。

 「実はお願いがあるのです。いまこの池は水漏れが激しく杭の補修をしております。十数年前、池に繁茂する水草除去のため、水草を食べる『ソウギョ』を入れたのですが、ソウギョはすべての水草を二年で食べ尽くすと同時に、杭も食べ始めているのです。なんとか退治して昔の池の風景を取り戻してくださいませんか」(単行本p.12)

 大覚寺執行長からそう依頼された「エコツーリズム」研究者、もじゃもじゃ先生。今こそ、「大切な自然や文化資源に手をつけずそのままにしておいて守ろうというのではなく、むしろ観光を導入して大切な資源を利用しながら守っていく仕組みを考える」(単行本p.10)というエコツーリズムの研究が真価を発揮するときだ!

 もじゃもじゃ先生の呼びかけに応じて参集した、環境デザイン、造園設計、動物生態学、環境プランナー、観光資源管理など、様々な分野の研究者たち。そして40名ちかい学生と市民。いよいよ、「ソウギョバスターズ・プロジェクト」始動。

 そもそも大沢池にソウギョが放流されたのはなぜか。池は今どういう状況にあるのか。環境調査を開始します。

 「繁茂しすぎた水草を食べてもらうという、非常に実利的な役割を持たせて導入したのです。 それが、人間が想定していた以上に効果を発揮してしまったのです。(中略)水草が全部食べられた後、急速に水質が悪化してメタンガスが発生し、池の周りを彩っていたサクラなどの樹木が枯死し始めました。(中略)ソウギョの食害によって天神島は崩れ始め、漏水も起きかけています」(単行本p.46、55)

 「ソウギョによって激変した池の中の環境は、汚泥の堆積、アオコの発生、水質の悪化、メタンガスの発生などによって大沢池の他の生き物の生存や下流に位置する池の水環境にも影響を与えつつあることが予測されました。(中略)大沢池周辺の樹木はその約40パーセントが悪い生育状態にあるという驚くべき現状が明らかとなりました。(中略)大沢池の環境調査の結果が語ってくれたことは、もはや一刻の猶予もないということでした」(単行本p.79、p.83、p.100)

 繁茂している水草を減らしたいという理由で放流したソウギョが、池とその周囲の樹木までも死に至らしめようとしている。生態系の複雑さ緻密さ、そしてそれをコントロールすることの困難さがよく分かる話です。

 とはいえ、人間の都合で放流したソウギョを、また人間の都合で勝手に駆除するなど、倫理的に許されることなのか。そもそも大覚寺で殺生していいのか。悩み迷いながらも、もじゃもじゃ先生は決断を下します。

 「生き物をある環境に放す者は、放した生き物の「執事」として、その生き物の個体数が健全に維持されること、また、もともとそこに生息している生き物たちとバランスのとれた環境にすることについての責務がある」(単行本p.50)

 こうして、長期に渡る環境調査を経て、ついにソウギョ捕獲大作戦が敢行されます。

 「呼びかけに応じて、京都嵯峨芸術大学、滋賀県立大学、阪南大学の学生が続々と集結してきました。また、大覚寺の職員も休日を返上して参加します。(中略)参加者の合計は、なんと120名を超えました。 今回の大作戦が事前に京都新聞などで報道されていたせいか、京都市民も多数見学に訪れ、桜堤にはカメラを持った人だかりができています」(単行本p.125)

 維持可能な頭数を残してソウギョの個体数を調整した後も、水草の食栽、樹木活性化など仕事は続きます。1200年の歴史を背負っている大沢池、その「戻す」べき景観とはどのようなものなのか。

 文献を探し回ったあげく、ついに発見したその答えは、華道「嵯峨御流」が伝えてきた「庭湖の景」のなかに、大沢池の生態系そのものの情報が保全されていた、という衝撃の事実でした。

 歴史学、生態学、エコツーリズム、華道、造園学、そして写真家。様々な人々の努力により、ついに完成した「大沢池の周辺植栽基本計画及び水草植栽基本復元計画」(単行本p.149)。果たして、1200年前の大沢池の景観と生態系を復元させるという仕事は実を結ぶのか。

 「ソウギョバスターズ開始から八年目の2008年8月。大沢池に4000本の赤いハスが水面を飾りました。あの何もなかった水面の半分以上がハスの立ち葉に覆われ、その上からさらに赤いハスの花が一面に咲き乱れているのです。(中略)大沢池の泥の中で数十年もの間じっと耐えていた赤いハスの種が、ソウギョの捕食が弱くなったので発芽したのです」(単行本p.166)

 死にかけていた大沢池の水面に咲き誇る4000本の赤いハス。極楽浄土のようなその風景の周りでは、在来種水草であるマツモが復活し、ギンヤンマやハラビロトンボが飛び交う。やってくるカルガモ、カイツブリ、コガモ、コサギ、アオサギ、そしてカワセミ。

 「ハスの繁殖で水がきれいになったことにより、マツモが回復し、そのことによってハグロトンボが繁殖できる環境になって飛ぶ姿を見られるようになったのです。ハスの回復は、次々と生き物のつながりを復活させ、いろんな生き物が飛びかう風景を作り出しているのです。そして、風景が出来上がっていくにつれて、池に漂っていた悪臭も嘘のように消えました」(単行本p.172)

 こうして、奇跡は起きました。景観と共に、生物多様性が復活したのです。

 とはいえ、生態系の保全に終わりはありません。その後も、ヒシが繁茂したせいでヒシハムシが大発生したり、池が外来種ブルーギルの稚魚でいっぱいになったり、そのブルーギル稚魚を捕食するためにカワウの群れが押しかけてきたり、そのカワウが落とす大量の糞のせいでスギの木の枯死が危惧されたり、ついにはイノシシまでやってきて。

 人知を超えた生態系のダイナミクスが存分に発揮され、もじゃもじゃ先生、その度に右往左往するはめに。「生物多様性は無事に復元されました。めでたし、めでたし」では決して終わらない、生態系というものの奥深さ。そしてそのことをおぼろげながら理解し始めた人間。その関わり合いは感動的です。

 「ソウギョの個体数コントロールに始まった池水の景の代表とも言える大沢池の景観修復と生物多様性回復の作業を通じて見えてきたことがあります。それは、今後大沢池の生物多様性を維持していくために、回復した生態系を今度は一定の環境に維持していく持続的な人々の関わりが求められるということです」(単行本p.227)

 大沢池のケースは、人間が手を出さず自然に任せておけば生態系や生物多様性はうまく維持されるに違いない、などという素朴な「自然保護」観が的外れであることを厳しくいさめてくれます。少なくとも、人里で人間と共存している自然環境を守るためには、「持続的な人々の関わりが求められる」ということがしみじみと伝わってきます。

 というわけで、環境保護や生物多様性保護、エコツーリズムに関心がある方にはぜひ読んでほしい一冊です。文章は平易に書かれており、中学生でも頑張れば読めると思います。自然環境保護活動を推進するときの参考書としてもお勧めの好著。

 なお、ラスト1ページ。これがまた、生態系のバランスというものがいかに微妙で難しいものであるかをよく教えてくれます。

 「追記  ここで、この奮戦記は終わる予定でした。ところがです。世の中そんな美談で終わるほど、生き物との関わりは甘くはなかったようです。 ハプニングが起っているのです。急激に大沢池のハスが減りはじめているのです。ソウギョに代わって我が物顔のようにハスの新芽やレンコンを食べ尽くすほどの勢いを持った生き物が、またまた台頭してきたのです」(単行本p.233)

 その正体については、本書でお確かめください。


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