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『自分では気づかない、ココロの盲点』(池谷裕二) [読書(サイエンス)]

 「脳は理由を問われると「作話」します。しかも、でっちあげたその理由を、本人は心底から「本当の理由」だと勘違いしています。(中略)人は、他人が下した評価を無意識のうちに吸収して、あたかも「自分の意見」であるかのように振舞います。私たちの知性は傀儡です」(単行本p.71、83)

 私たちの脳が持っている大きな歪み、奇妙な偏り、勝手なすり替えや意味づけ。認知心理学が明らかにしてきた「認知バイアス」の代表例を30個とりあげて、一問一答の設問形式で紹介した本。単行本(朝日出版社)出版は、2013年12月です。

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第1問 愛をとるか、金をとるか

 街頭でアンケートをとりました。過半数から「そう思う」と同意を得たのは次のどちらでしょうか。

 1.古くから「愛の力は金に勝る」と言われますが、そう思いますか
 2.古くから「金の力は愛に勝る」と言われますが、そう思いますか

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 帯に「あなたが正しいと思うことが間違っている理由30」とありますが、上に引用したような、一見してクイズか心理テストみたいな設問が30個並んでいます。

 実は、これらの設問一つ一つが代表的な「認知バイアス」の効果を説明するために用意されているのです。まず設問について考え、次に答えを見て認知バイアスの効果に驚き、さらに解説で次々と提示されるその実例や研究成果に感心する。

 「魚料理は頭を左に置いたほうが食欲をそそりますし、本やポスターは左側にイラストを描いたほうが自然に頭に入ります。スーパーの目玉商品は左側の棚に並べたほうが売れます」(疑似的空間無視、単行本p.14)

 「ボクシングやレスリングでは、赤コーナーのほうが勝率が高いことが知られています。サッカーのペナルティキックでは、キーパーが赤色のユニフォームを着用しているとゴールの成功率が下がります」(色彩心理効果、p.39)

 「バスケットボールを観戦していると、試合には「流れ」があって、シュートが決まりやすい「ノっている時間帯」と、そうでない「我慢の時間帯」があるような気がします。しかし、実際の試合データを統計的に解析した結果、シュートの成功と失敗の順列は、ランダムと区別がつかないことがわかっています」(クラスター効果、単行本p.86)

 「美人が窃盗罪を犯したときには刑が軽くなる傾向があるのに対し、同じ美人が詐欺罪を犯したときには刑が重くなります」(ハロー効果、単行本p.42)

 「車の運転手の69パーセントが自分を「平均よりも運転がうまい」と評価しています。高校生の70パーセントが「自分の指導力は同級生たちに比べて平均以上だ」と答えます。大学教授の94パーセントが「自分は同僚の教授たちよりも優れている」と考えています」(平均以上効果、単行本p.78)

 人間は世界をありのまま客観的に見たり公平に評価したりしているのではなく、そこにはかなり大きな歪み、偏り、勝手なフィルターや意味づけなどが加わっている。認知心理学が明らかにしてきたこれら脳のクセ、それが認知バイアスです。

 前述の例を見ただけでも、ビジネス、スポーツ、犯罪、教育、あらゆる分野でこの認知バイアスが人間の印象や世界観に大きな影響を与えていることがよく分かるでしょう。さらに、認知バイアスは記憶や判断や信念にも甚大な影響を与えます。

 「平均すれば中庸だった意見が、グループで討論すると賛成か反対のどちらかに偏るという、いわゆる「集団両極限化現象」も同調圧力から生じます。(中略)「みんな」とは具体的に何人でしょうか。調べてみるとわかります。答えは三人以上です」(バンドワゴン効果、p.26)

 「脳は数少ない経験でも法則化しがちです。偶然の出来事が二、三回重なったら、「次もきっと・・・」と一般化したい感情を抑えるのは難しいものです。(中略)慣例はなかなか消えにくいものです。これを消去抵抗と言います。この傾向が確証バイアスによって促進されると、さらに強い信念へと発展します」(少数の法則、単行本p.50)

 個人的に興味深いと思ったのは、「選択盲」の実験です。被験者に異性の写真を二枚示して「好みのタイプ」の方の写真を選んでもらい、それを被験者に渡します。このとき、写真のすり替えが行われ、被験者には「好みのタイプではない」方の写真が渡されるのです。そして・・・。

 「なんと8割以上の人が写真の入れ替わりに気づきません。自分で選んだのに気づかないのですから、「変化盲」ではなく、「選択盲」と呼ばれます」(単行本p.70)

 「選択盲の実験には奥深いものがあります。「なぜその人がタイプなのですか?」と理由を訊ねると、しばしば、手元にある(つまり好みではなかったほうの)写真を眺めながら、(中略)そこに写った人(つまり好みではなかったほう)の特徴を挙げながら、好きな理由として答えます」(単行本p.70)

 「脳は理由を問われると「作話」します。しかも、でっちあげたその理由を、本人は心底から「本当の理由」だと勘違いしています」(単行本p.71)

 何だか不安になってきます。世界観やアイデンティティの一貫性を保つためなら、脳は自分自身を平気で騙してしまうというのです。

 さらに、「アドバイス効果」の項目を読むと、不安は増大します。この実験では、ある評価テストについて、まず被験者に「自分がつけるであろう評価」を予測してもらい、次に他人がつけた評価点をわざと教えて、それから実際に自分の判断で評価点をつけてもらいます。すると・・・。

 「自分が実際につけた点数と他人がつけた点数の差は平均11点でしたが、自分の予想との差は平均22点もありました」(単行本p.82)

 「事前に「自分の予測と他人の判断は、どちらが自分の点数と近くなると思いますか」と訊ねると、89パーセントもの人が「自分の予測」と答えるのです。つまり、「自分は他人の意見には流されない」と自信をもっているわけです」(単行本p.82)

 「これで驚いてはいけません。実験後に「自分の予想と他人の評価は結局どちらが当たっていましたか」と訊ねても、なんと、75パーセントが「自分の予想のほうが正確だった」と答えるのです。つまり、他人の評価に引きずられていることに気づいていないのです」(単行本p.82)

 「人は、他人が下した評価を無意識のうちに吸収して、あたかも「自分の意見」であるかのように振舞います。私たちの知性は傀儡です」(単行本p.83)

 こうなると、「世論」とか、「自分の意見」とか、「信念」とか、「主義主張」とか、何も信じられなくなります。それに、幽霊を見たとか、自分には超能力があるとか、本人がどんなに自分の体験に自信や信念を持っていようとも、軽々しく信じるわけにはいかないこともよく分かります。

 明るい気持ちになる効果もあります。例えば、若者のグループと高齢者のグループに対して、まったく同じテストを行う実験。ただし高齢者は「自分の記憶力は衰えている」と信じているために・・・。

 「「暗記テストです」と説明すると、それだけで点数が半分近くに落ち込んでしまいます。若者ではこの効果は現れません。(中略)心理テストと説明した場合は、若者も年輩者も高得点を示します。つまり「記憶力は歳をとっても衰えない」ということです。衰えたように感じるのは、自分に向けて「衰えた」と暗示しているからに他なりません」(プライミング効果、単行本p.94)

 私も、歳をとってめっきり記憶力が衰えたと実感していたのですが、実際にはそれはただの自己暗示だと知って、すごく気が楽になりました。

 こんな効果が本書だけで30個載っているわけですが、認知心理学では全部でどのくらいの認知バイアスが知られているのでしょうか。何と、代表的なものだけでも200項目以上というのです。

 「認知バイアスにはたくさんの項目があります。本書では古典例から最新例まで慎重に30個選定しました。残念ながら取り上げられなかったものについては、代表手な183項目を巻末にリストしています。すべて科学的に実証されたものです」(単行本p.125)

 「胸に手を当てながら、素直にこのリストを眺めると、図星を指される項目も多く、自戒に胸が疼きます。でも、落ち込む必要も、恥ずかしがる必要もありません。それが脳の仕様なのですから」(単行本p.125)

 というわけで、人間の脳というものが、正確な認知や、合理的な判断を下す能力ではなく、ひたすら「生き延びる上で有利な特性」を進化させてきた器官だということがよく分かる一冊です。一読すれば、人間観、社会観が変わるに違いありません。

 実はいくつかの項目については他の認知心理学まわりの書籍で読んで知ってはいたのですが、本書で初めて知った項目も多く、新鮮でした。

 なお、冒頭に挙げた設問1の正解ですが、「1も2も過半数を得る」のだそうです。(利用可能性ヒューリスティック、単行本p.6)


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