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『クラウン伍長』(斉藤真伸) [読書(小説・詩)]

  「ガンダムを語れるときの男らのまなこの熱は妻を怯ます」

  「レジン製限定品のメイドさん巨乳は常に重力に克つ」

  「しゃがみ込みゲーム誌を読む茶髪くん顔のあたりがちょうど蹴りごろ」

  「真夜中にググってみれば「地球破壊爆弾」の登録件数二百六十万」

 現代の事物を通して現代の抒情を詠む新鋭短歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は、2013年08月です。

 クラウン伍長。歌集のタイトルとしては妙ですが、これは次の作品から採られているようです。

  「凍て空の流星群にまぎれつつクラウン伍長の火葬はつづく」

 クラウン伍長というのは、いけすかない上官に「無駄死にではないぞ」と言われつつ無駄死にしたあのジオン軍兵士ですが、彼が乗ったザクが大気圏突入時に赤熱して四散してゆくビジュアルを脳裏に思い浮かべるかどうかで、この作品に、ぐっ、と来るかどうかが決まるような気がします。あと、ブラッドベリとかも。

  「たったひとつのやりかたとしてその夫のあたま撃ち抜くアリス・B・シェルドン」

  「ことののち己があたまを撃ち抜いてアリス・B・シェルドン故郷へかえる」

 これも、アリス・ブラッドリー・シェルドンの筆名が「ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア」であること、彼女が要介護者となった夫を射殺して自殺したのを知っているだけでなく、『たったひとつの冴えたやりかた』や『故郷から10000光年』といった代表作のタイトルが反射的に思い浮かぶようでないと、狙い通りの感慨を受け止めるのは難しいかも知れません。

 さらに、パソコン通信の黎明期、電子ネットワークとかいう「未来」に恐る恐るアクセスしてみたところ、ティプトリーの壮絶な自死というニュースが海外からダイレクトに手元のパソコンに飛び込んできたときの、あの色々な意味でサイバーな衝撃を、今でも鳥肌が立つ感触と共に覚えている世代であれば、これらの作品から、刺されたような、息が詰まるような、そんなインパクトを受けることになります。

 もちろん「クラウン伍長」にも「アリス・B・シェルドン」にも丁寧な注釈がついているのですが、それだけではやっぱり分からないかも知れないな、他世代の方々は。などと偉そうにつぶやいてみる。

 というわけで、失礼ながら色々と世代限定感もある歌集ですが、これがツボに入ると、えらくパワフル。

  「友だちのその友だちが見たというぶどう畑の小型宇宙人」

  「ヴァンという塩の湖には怪物が潜むと聞きぬきけば安らぐ」

  「一九九九年七月号だけ欠けている「ムー」十年分お譲りします」

 甲府事件と呼ばれている宇宙人遭遇事件や、トルコで鮮明な動画が撮影されたという水棲UMA「ジャノ」について知っていれば、というか、ちょっと待て、まだ若いだろうに、なぜこの歌人は私の世代のハートを直撃するようなネタばかり持ち出してくるのか。

  「ビッグバンはなかったのかも蝙蝠がいつのまにやら部屋制圧す」

 こういう作品も、ちょっと理不尽な目にあったとき、いきなり「科学では説明のつかないことがこの世にはあるんだ。ビッグバンなんて信じない。これからは五次元なんだよ」とか何とか、訳の判らないことを口走って現実逃避しようとする私の世代の弱点をよく知ってるなー、と感心しますね。

 念のため著者の生年を確認してみたところ、なるほど、作品から感じられるほど若くはないというか、ギリギリ私と同世代。納得です。

  「怪獣のウロコの裏に甲斐のひと高山良策は指紋を残す」

  「怪獣にふいをつかれて群衆は個性豊かに逃げ惑うかも」

  「わが邦の怪獣映画の群衆は逃げ行く様に必死が足らぬ」

  「天を刺すスカイツリーよ新しきゴジラ来るまで壮健であれ」

 あー、怪獣好きなんですね。

  「ひとり観るテレビアニメの声優にへたなのがひとり交じりていたり」

  「ヒロインのその取り巻きのおかっぱのその棒読みを今は愛する」

  「わが妻に「ラブプラス」の講釈すなんという刑罰ぞこれは」

  「ながながき列の終わりに人間が寄り集まってつづきをつくる」

  「水門が諏訪湖をどっと吐いている コミケになんてもういかない」

 このへん私にはよく分からないのですが、色々と苦労しているようです。

 他には、動物ネタがけっこう印象的です。というか、結局は猫か、やはり。

  「境内に男の子と遊ぶ細長きこのけだものをフェレットという」

  「握り飯をジンジャーエールで流し込むわが飲食を犬がみていた」

  「一日のおわりにひとり麦チョコを食べている 猫がよぶこえ」

  「ここ数夜わが家の庭に鳴く猫を姿なき子と名付けてみたが」

  「そこもとの流儀は甲源一刀流吾がちかづけば猫あとじさる」

 こういうネタの面白さが印象的な短歌の他にも、いかにも現代の感性で現代の孤独を詠んだと思しき作品も数多く収録されています。

  「引出しをそっと開けばあらわれる有料チャンネル案内チラシ」

  「鮮やかな青地に白の文字映しWindowsは始業時に死す」

  「「豚カルビはじめました」の貼紙が達筆なればいよいよ悲し」

  「ふっといま合ってしまった隣席の軍艦巻きのシラスらの眼と」

  「水差しのなかはからっぽ真夜中の漫画喫茶は沈黙を売る」

  「ぬばたまの夜更けにひらく「花とゆめ」誤植をひとつヒロインが吐く」

  「真夜中のエレベーターの大鏡逃げ場所もなくわたしが映る」

  「あちこちの防犯カメラにわが影を残して雨の一日を終える」

 しみじみ共感するものがあります。あるいは、しみじみ共感しそうな人のことを想像してほくそ笑んでしまいます。濃いネタが多いため読者を選ぶところはありますが、今を生きる私たちの心理をたくみに突いてくる魅力的な歌集です。


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