『時間はだれも待ってくれない 21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集』(高野史緒:編) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]
存在しないはずの旧東ドイツのドメインから届いた電子メール。チェルノブイリ原発事故の汚染地帯で暮らす人々。列車で旅行中、神と同席することになった銀行家。東欧十カ国の作家によって、21世紀に書かれた新しいファンタスチカ短篇を集め、すべて原文から日本語に直接翻訳したという奇跡のような労作。『SFが読みたい!』ベストSF2011海外篇第8位に選ばれたアンソロジーです。単行本(東京創元社)出版は、2011年09月。
オーストリア、ルーマニア、ベラルーシ、チェコ、スロヴァキア、ポーランド、旧東ドイツ、ハンガリー、ラトヴィア、セルビア。東欧諸国の作家による新しいファンタスチカ(SF、ファンタジー、幻想小説などの総称)傑作集です。日本では知られていない作家が多く、「歴史上、はじめて日本語に直接翻訳された言語」で書かれた作品もいくつか含まれているという、貴重な一冊。
いくつか個人的に気に入った作品を紹介してみます。
まず、ルーマニアのオナ・フランツによる『私と犬』。医療の高度化で人が簡単には死ななくなった時代を背景に、一人の老人が抱える痛烈な孤独感をじっくりと書いた作品です。個人の健康を監視する医療犬、という設定が面白いと思ったら、ラストでこれがぼろぼろ泣ける展開に。胸を刺すような切実な寂寥感が素晴らしい。
ベラルーシのアンドレイ・フェダレンカによる『ブリャハ』。チェルノブイリ原発事故による汚染地域で暮らす人々の生活を描いた作品です。PCゲーム『S.T.A.L.K.E.R』シリーズを彷彿とさせる、寒々とした怖さがよく出ています。SF的要素は皆無だというのに、どうしても「ポスト・ホロコーストSF」としてしか読めないリアリズム小説、という意味で、存在そのものがSF的な作品。
スロヴァキアのシチェファン・フスリツァによる『カウントダウン』。過激派民主主義者グループが多数の原発を同時占拠して、「欧州を放射能で汚染されたくなければ、中国政府を武力で打倒し、強制的に民主化せよ」という無茶な要求を突きつけてくるという話。風刺ユーモア小説かと思って読み進めたら、これがガチの終末SFになるのが凄い。
同じ作者による、民族紛争による人心の荒廃を乾いた筆致でリアルに描いて読者をぞっとさせる『三つの色』も心に残ります。
旧東ドイツのアンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー夫妻による『労働者階級の手にあるインターネット』。東ドイツ出身の技術者である主人公は、あるとき奇妙な電子メールを受信する。差出人は自分、そして発信元アドレスは、存在しないはずの旧東ドイツのドメインになっていたのだ・・・。
東ドイツの秘密警察シュタージによりインターネットが監視されている、という強迫観念に押しつぶされてゆく主人公。ネットの匿名性や通信秘匿に関わる今日的な問題を、いかにも旧東ドイツ生まれの作家らしい手法であぶり出した、けっこう嫌な気持ちになる作品です。
セルビアのゾラン・ジヴコヴィッチによる『列車』。列車で旅行中だった銀行家が、神と同席することになる。神は、自分が次の駅で下車するまでの間、何でも質問に答えると言うが、何を質問すればよいのだろう・・・。
「悪魔との契約」テーマのヴァリエーションで、最初のうちは他愛もない寓話、風刺ショートショートに思えるのですが、後半になって、神が存在するのなら、どうして人生はこんなに無意味で悲惨で不条理に満ちているのか、という永遠の問いに対して思いがけない方向からアプローチする哲学的な話にさらりと持ってゆき、すみやかに終わらせて奇妙な余韻を残すという、この巧みさ。
他に、チェコのミハル・アイヴァスによる『もうひとつの街』、ポーランドのミハウ・ストゥドニャレクによる『時間は誰も待ってくれない』の二篇が、別の世界とこの世界、あるいは過去と現在が、束の間交差するという、いかにも「東欧的」で重厚なファンタジーで読ませます。
ハンガリーのダルヴァシ・ラースローによる『盛雲、庭園に隠れる者』は、何と中国が舞台の志怪小説という、意表を突いた作品でびっくり。不気味で、不穏で、けっこういい感じ。いかにも漢文を訳しました、という訳文のノリもさすが。
というわけで、全体を通じて、英米のSF・ファンタジー・幻想小説とは明らかに異なった感触を濃厚に感じるアンソロジーです。個人的な印象としては、英米小説から受ける感触よりもむしろ身近な肌触り、というか、日本人との親和性は高いような気がします。いずれにせよ、本書をきっかけに、東欧ファンタスチカの翻訳紹介が進むことを期待したいと思います。
[収録作品]
オーストリア
『ハーベムス・パーパム(新教皇万歳)』(ヘルムート・W・モンマース)
ルーマニア
『私と犬』(オナ・フランツ)
『女性成功者』(ロクサーナ・ブルンチェアヌ)
ベラルーシ
『ブリャハ』(アンドレイ・フェダレンカ)
チェコ
『もうひとつの街』(ミハル・アイヴァス)
スロヴァキア
『三つの色』(シチェファン・フスリツァ)
『カウントダウン』(シチェファン・フスリツァ)
ポーランド
『時間は誰も待ってくれない』(ミハウ・ストゥドニャレク)
旧東ドイツ
『労働者階級の手にあるインターネット』(アンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー)
ハンガリー
『盛雲、庭園に隠れる者』(ダルヴァシ・ラースロー)
ラトヴィア
『アスコルディーネーの愛―ダウガワ河幻想』(ヤーニス・エインフェルズ)
セルビア
『列車』(ゾラン・ジヴコヴィッチ)
オーストリア、ルーマニア、ベラルーシ、チェコ、スロヴァキア、ポーランド、旧東ドイツ、ハンガリー、ラトヴィア、セルビア。東欧諸国の作家による新しいファンタスチカ(SF、ファンタジー、幻想小説などの総称)傑作集です。日本では知られていない作家が多く、「歴史上、はじめて日本語に直接翻訳された言語」で書かれた作品もいくつか含まれているという、貴重な一冊。
いくつか個人的に気に入った作品を紹介してみます。
まず、ルーマニアのオナ・フランツによる『私と犬』。医療の高度化で人が簡単には死ななくなった時代を背景に、一人の老人が抱える痛烈な孤独感をじっくりと書いた作品です。個人の健康を監視する医療犬、という設定が面白いと思ったら、ラストでこれがぼろぼろ泣ける展開に。胸を刺すような切実な寂寥感が素晴らしい。
ベラルーシのアンドレイ・フェダレンカによる『ブリャハ』。チェルノブイリ原発事故による汚染地域で暮らす人々の生活を描いた作品です。PCゲーム『S.T.A.L.K.E.R』シリーズを彷彿とさせる、寒々とした怖さがよく出ています。SF的要素は皆無だというのに、どうしても「ポスト・ホロコーストSF」としてしか読めないリアリズム小説、という意味で、存在そのものがSF的な作品。
スロヴァキアのシチェファン・フスリツァによる『カウントダウン』。過激派民主主義者グループが多数の原発を同時占拠して、「欧州を放射能で汚染されたくなければ、中国政府を武力で打倒し、強制的に民主化せよ」という無茶な要求を突きつけてくるという話。風刺ユーモア小説かと思って読み進めたら、これがガチの終末SFになるのが凄い。
同じ作者による、民族紛争による人心の荒廃を乾いた筆致でリアルに描いて読者をぞっとさせる『三つの色』も心に残ります。
旧東ドイツのアンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー夫妻による『労働者階級の手にあるインターネット』。東ドイツ出身の技術者である主人公は、あるとき奇妙な電子メールを受信する。差出人は自分、そして発信元アドレスは、存在しないはずの旧東ドイツのドメインになっていたのだ・・・。
東ドイツの秘密警察シュタージによりインターネットが監視されている、という強迫観念に押しつぶされてゆく主人公。ネットの匿名性や通信秘匿に関わる今日的な問題を、いかにも旧東ドイツ生まれの作家らしい手法であぶり出した、けっこう嫌な気持ちになる作品です。
セルビアのゾラン・ジヴコヴィッチによる『列車』。列車で旅行中だった銀行家が、神と同席することになる。神は、自分が次の駅で下車するまでの間、何でも質問に答えると言うが、何を質問すればよいのだろう・・・。
「悪魔との契約」テーマのヴァリエーションで、最初のうちは他愛もない寓話、風刺ショートショートに思えるのですが、後半になって、神が存在するのなら、どうして人生はこんなに無意味で悲惨で不条理に満ちているのか、という永遠の問いに対して思いがけない方向からアプローチする哲学的な話にさらりと持ってゆき、すみやかに終わらせて奇妙な余韻を残すという、この巧みさ。
他に、チェコのミハル・アイヴァスによる『もうひとつの街』、ポーランドのミハウ・ストゥドニャレクによる『時間は誰も待ってくれない』の二篇が、別の世界とこの世界、あるいは過去と現在が、束の間交差するという、いかにも「東欧的」で重厚なファンタジーで読ませます。
ハンガリーのダルヴァシ・ラースローによる『盛雲、庭園に隠れる者』は、何と中国が舞台の志怪小説という、意表を突いた作品でびっくり。不気味で、不穏で、けっこういい感じ。いかにも漢文を訳しました、という訳文のノリもさすが。
というわけで、全体を通じて、英米のSF・ファンタジー・幻想小説とは明らかに異なった感触を濃厚に感じるアンソロジーです。個人的な印象としては、英米小説から受ける感触よりもむしろ身近な肌触り、というか、日本人との親和性は高いような気がします。いずれにせよ、本書をきっかけに、東欧ファンタスチカの翻訳紹介が進むことを期待したいと思います。
[収録作品]
オーストリア
『ハーベムス・パーパム(新教皇万歳)』(ヘルムート・W・モンマース)
ルーマニア
『私と犬』(オナ・フランツ)
『女性成功者』(ロクサーナ・ブルンチェアヌ)
ベラルーシ
『ブリャハ』(アンドレイ・フェダレンカ)
チェコ
『もうひとつの街』(ミハル・アイヴァス)
スロヴァキア
『三つの色』(シチェファン・フスリツァ)
『カウントダウン』(シチェファン・フスリツァ)
ポーランド
『時間は誰も待ってくれない』(ミハウ・ストゥドニャレク)
旧東ドイツ
『労働者階級の手にあるインターネット』(アンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー)
ハンガリー
『盛雲、庭園に隠れる者』(ダルヴァシ・ラースロー)
ラトヴィア
『アスコルディーネーの愛―ダウガワ河幻想』(ヤーニス・エインフェルズ)
セルビア
『列車』(ゾラン・ジヴコヴィッチ)
『ダース・ヴェイダーとルーク(4才)』(作:ジェフリー・ブラウン、訳:とみながあきこ) [読書(SF)]
「一緒に来るのだルーク、他に道はない」「今すぐ片づけなさい、私はお前の父だぞ」「その取り決めは変えたのだ。これ以上変わらぬことを祈るがいい」。男やもめが子どもを育てるのは銀河制圧よりも大変だということがよく分かる、ほのぼの暗黒卿の育児絵本。単行本(辰巳出版)出版は、2012年06月です。
最初の「スター・ウォーズ」が公開されてから35年の歳月が流れ、当時熱狂していた若者たちも今や初老。そんな世代のために描かれたと思しき、ステキな子育て絵本です。
遠い昔、はるか銀河の彼方で・・・・・・
エピソード3.5:
ダース・ヴェイダーとルーク(4才)
シスの暗黒卿、ダース・ヴェイダーは、
反乱同盟軍の英雄たちと戦うべく、銀河
帝国軍を率いる。だが、そのまえに、まずは
4才の息子、ルーク・スカイウォーカーと遊んで
あげる必要がある・・・・・・
・肩車された息子が父親の仮面に手を回して、目隠し。
「ルーク、見えないじゃないか・・・」
・嫌がる息子の手を引っ張っる父親
「でも、パパ。お昼寝したら、トシ・ステーションに行けるって言ったよね!」
「その取り決めは変えたのだ。これ以上変わらぬことを祈るがいい」
・子ども部屋におもちゃが散乱しているのを見て
「ルーク、いますぐすべて片づけなさい。わたしはおまえの父だぞ」
・玄関にいかにもな悪ガキが立っている
「だめだ。ハン・ソロとは遊ぶな。絶対にだめだ」
・デススターの通路にて、部下が無理やりお愛想を言おうとして
「あの・・・、息子さん、そっくりですな、ヴェイダー卿」
・息子をどこかに連れてゆこうとして
「ルーク、一緒に来るがいい」、「なんで?」、「ほかに道はない」
・息子とかくれんぼをして
「永遠に隠れていることはできないぞ、ルーク。おまえは自分をあざむいている」
ほのぼの子育てシーンで飛び出す原作のセリフに思わずニヤリ。エピソード1から6まで全体を通じた「スター・ウォーズ」の登場人物たちが「出演」しているのも嬉しい。
息子に「ダース・モールは正義の味方? それとも悪いやつ?」と聞かれて困る父親、息子に「ヨーダのフォースはパパより強いんだよね?」と聞かれて不機嫌になる父親、といった具合に、表情が読めないダース・ヴェイダーが活き活きとした感情を見せるところなど、実に微笑ましい。
というわけで、いかにも子ども向きに見えるものの、どう考えても大人、それも45歳以上を対象にしているとしか思えない絵本。実は幼い甥っ子のために購入したのですが、プレゼントにするのは止めることにしました。ガキに読ませるのはもったいない。
最初の「スター・ウォーズ」が公開されてから35年の歳月が流れ、当時熱狂していた若者たちも今や初老。そんな世代のために描かれたと思しき、ステキな子育て絵本です。
遠い昔、はるか銀河の彼方で・・・・・・
エピソード3.5:
ダース・ヴェイダーとルーク(4才)
シスの暗黒卿、ダース・ヴェイダーは、
反乱同盟軍の英雄たちと戦うべく、銀河
帝国軍を率いる。だが、そのまえに、まずは
4才の息子、ルーク・スカイウォーカーと遊んで
あげる必要がある・・・・・・
・肩車された息子が父親の仮面に手を回して、目隠し。
「ルーク、見えないじゃないか・・・」
・嫌がる息子の手を引っ張っる父親
「でも、パパ。お昼寝したら、トシ・ステーションに行けるって言ったよね!」
「その取り決めは変えたのだ。これ以上変わらぬことを祈るがいい」
・子ども部屋におもちゃが散乱しているのを見て
「ルーク、いますぐすべて片づけなさい。わたしはおまえの父だぞ」
・玄関にいかにもな悪ガキが立っている
「だめだ。ハン・ソロとは遊ぶな。絶対にだめだ」
・デススターの通路にて、部下が無理やりお愛想を言おうとして
「あの・・・、息子さん、そっくりですな、ヴェイダー卿」
・息子をどこかに連れてゆこうとして
「ルーク、一緒に来るがいい」、「なんで?」、「ほかに道はない」
・息子とかくれんぼをして
「永遠に隠れていることはできないぞ、ルーク。おまえは自分をあざむいている」
ほのぼの子育てシーンで飛び出す原作のセリフに思わずニヤリ。エピソード1から6まで全体を通じた「スター・ウォーズ」の登場人物たちが「出演」しているのも嬉しい。
息子に「ダース・モールは正義の味方? それとも悪いやつ?」と聞かれて困る父親、息子に「ヨーダのフォースはパパより強いんだよね?」と聞かれて不機嫌になる父親、といった具合に、表情が読めないダース・ヴェイダーが活き活きとした感情を見せるところなど、実に微笑ましい。
というわけで、いかにも子ども向きに見えるものの、どう考えても大人、それも45歳以上を対象にしているとしか思えない絵本。実は幼い甥っ子のために購入したのですが、プレゼントにするのは止めることにしました。ガキに読ませるのはもったいない。
タグ:絵本
『バイオパンク DIY科学者たちのDNAハック!』(マーカス・ウォールセン) [読書(サイエンス)]
キッチンで自分のための遺伝子検査システムを作る。途上国向け格安PCR(DNA断片増殖)装置を開発する。自宅ガレージで癌を撲滅させるための免疫系ハックに挑む。大学や製薬会社のラボから遠く離れたところで、バイオテクノロジーの研究開発に取り組むバイオハッカーたちを取材した、驚きと興奮のルポ。単行本(NHK出版)出版は、2012年02月です。
「人類の歴史において、生命の原材料を作成する力がここまで高まったことはなかった。機械はDNAの鎖をタイプライターのように一文字一文字並べてくれる。(中略)DIY生物学者たちは、フォトショップやマイクロソフト・ワードの操作の延長で生き物の設計もできるようになるだろうと信じている」(単行本p.221)
「バイオブリックのパーツは、機械デバイスや電子デバイスを設計するのと同じ工学原理が生物学にも適用できるというアイデアを何より現実に推し進めた。かつては離れ業と思われていた遺伝子操作を、大学生が「生きているモノ」をつくり出せるほどまでに簡単にしたのだから」(単行本p.208)
「彼らは、自分のために科学が何かを実現してくれるのを待つよりも、自分で科学しようと決めた。何ができるかできないかは、自分で決める。すべて自分でやる。そして、少しばかりの運と才能があれば、何かナイスなことをやってのける」(単行本p.278)
自宅のキッチンやガレージ、あるいはトレーラの中に、ネット通販で手に入れた格安の中古装置を集め、オープンソースと集合知のパワーを駆使してバイオテクノロジーの分野に革命を起こそうとしている若者たち。ツールへのアクセス、知識へのアクセス、そしてその両方にアクセスする自由、それさえあれば誰もが世界を変えられる、という信念を持ち、情報のオープン性を尊ぶ、情熱的で底抜けの楽天家たち。
本書は、バイオハッカー、DIY生物学者、そして彼らの精神性を表す言葉「バイオパンク」について、数多くの人物に取材して書かれたルポです。取材対象となった人々は、少々風変わりかも知れませんが、実に魅力的で、忘れがたい印象を残してくれます。
登場するのは、自分が遺伝的疾患を持っているかどうかを知るために自宅で遺伝子検査システムを作り上げた女性、ガレージを即席のバイオラボに改造して癌の撲滅や不老不死の実現に挑む若者たち、途上国における疫病検査を安く簡単に行うための装置の開発に取り組んでいるグループなど。
「これからのイノベーションは、問題を抱えていてそれを何とかしたいと思っている人から生まれるに決まってる」(単行本p.61)
「創造力の果実は上から落ちてくるのではなく下から芽を出す。それに、もしイノベーションが地面から出てくるのなら、下にいる人ほど早くその恩恵を受ける」(単行本p.74)
「死なないための手段として科学に興味をもちはじめました。大それた夢? そんなことないですよ。何をするにも命がなくてはできないのだから、まず命を確保しないと。人生で何をするかは、命を確保してから考えることです」(単行本p.140)
「癌細胞をやっつけられるかどうか、それは一か八かの賭けです。だったら最小限の装置でやってみよう、キッチン台でやってみよう、と思ったわけです」(単行本p.147)
さらに、バイオハックを可能にしている概念と技術、つまり「オープンソース、インターネット・コラボレーション、生物学の規格化パーツ、DIYハードウェア、安価なDNAシーケンシング、DNA合成のアウトソーシング」(単行本p.246)についても詳しく紹介され、それがDIY生物学をどのように支えているのかを解説してくれます。
もちろんこの分野の負の側面、すなわち遺伝子特許、遺伝子組み替え作物、感染の危険性、バイオテロ、人工合成生物による生態系破壊、といった問題点や紛争、リスクについても触れられています。ですが、基本的にはバイオパンク精神に対して好意的な立場で書かれているといってよいでしょう。
章が変わる毎に話題があちこち跳ぶ、似たような話題が繰り返されるなど、全体的に統一感は薄く、雑多というかとっちらかっている印象もありますが、それも題材の雰囲気にむしろ合っているという気がします。
ベストセラーになった高野和明さんの小説『ジェノサイド』には、二人の大学院生が安アパートの一室にこもって画期的な新薬を開発してしまう、というプロットが含まれています。強力な支援者がいたからこそ、という設定になっていますが、これはもう全くの絵空事とは言えない時代になっているのだなあ、という感慨を覚えます。
かつてコンピュータの世界で起きた革命は、恐れ知らずの情熱的な若者たちによって、ガレージや学生寮の部屋から始まりました。同じことが生物工学の世界でも起ころうとしているのでしょうか。もしそうなら、それは世界をどのように変えてしまうのでしょうか。たぶん、その答えは、それに対する私たちの心構えが出来る前に、明らかになることでしょう。
「人類の歴史において、生命の原材料を作成する力がここまで高まったことはなかった。機械はDNAの鎖をタイプライターのように一文字一文字並べてくれる。(中略)DIY生物学者たちは、フォトショップやマイクロソフト・ワードの操作の延長で生き物の設計もできるようになるだろうと信じている」(単行本p.221)
「バイオブリックのパーツは、機械デバイスや電子デバイスを設計するのと同じ工学原理が生物学にも適用できるというアイデアを何より現実に推し進めた。かつては離れ業と思われていた遺伝子操作を、大学生が「生きているモノ」をつくり出せるほどまでに簡単にしたのだから」(単行本p.208)
「彼らは、自分のために科学が何かを実現してくれるのを待つよりも、自分で科学しようと決めた。何ができるかできないかは、自分で決める。すべて自分でやる。そして、少しばかりの運と才能があれば、何かナイスなことをやってのける」(単行本p.278)
自宅のキッチンやガレージ、あるいはトレーラの中に、ネット通販で手に入れた格安の中古装置を集め、オープンソースと集合知のパワーを駆使してバイオテクノロジーの分野に革命を起こそうとしている若者たち。ツールへのアクセス、知識へのアクセス、そしてその両方にアクセスする自由、それさえあれば誰もが世界を変えられる、という信念を持ち、情報のオープン性を尊ぶ、情熱的で底抜けの楽天家たち。
本書は、バイオハッカー、DIY生物学者、そして彼らの精神性を表す言葉「バイオパンク」について、数多くの人物に取材して書かれたルポです。取材対象となった人々は、少々風変わりかも知れませんが、実に魅力的で、忘れがたい印象を残してくれます。
登場するのは、自分が遺伝的疾患を持っているかどうかを知るために自宅で遺伝子検査システムを作り上げた女性、ガレージを即席のバイオラボに改造して癌の撲滅や不老不死の実現に挑む若者たち、途上国における疫病検査を安く簡単に行うための装置の開発に取り組んでいるグループなど。
「これからのイノベーションは、問題を抱えていてそれを何とかしたいと思っている人から生まれるに決まってる」(単行本p.61)
「創造力の果実は上から落ちてくるのではなく下から芽を出す。それに、もしイノベーションが地面から出てくるのなら、下にいる人ほど早くその恩恵を受ける」(単行本p.74)
「死なないための手段として科学に興味をもちはじめました。大それた夢? そんなことないですよ。何をするにも命がなくてはできないのだから、まず命を確保しないと。人生で何をするかは、命を確保してから考えることです」(単行本p.140)
「癌細胞をやっつけられるかどうか、それは一か八かの賭けです。だったら最小限の装置でやってみよう、キッチン台でやってみよう、と思ったわけです」(単行本p.147)
さらに、バイオハックを可能にしている概念と技術、つまり「オープンソース、インターネット・コラボレーション、生物学の規格化パーツ、DIYハードウェア、安価なDNAシーケンシング、DNA合成のアウトソーシング」(単行本p.246)についても詳しく紹介され、それがDIY生物学をどのように支えているのかを解説してくれます。
もちろんこの分野の負の側面、すなわち遺伝子特許、遺伝子組み替え作物、感染の危険性、バイオテロ、人工合成生物による生態系破壊、といった問題点や紛争、リスクについても触れられています。ですが、基本的にはバイオパンク精神に対して好意的な立場で書かれているといってよいでしょう。
章が変わる毎に話題があちこち跳ぶ、似たような話題が繰り返されるなど、全体的に統一感は薄く、雑多というかとっちらかっている印象もありますが、それも題材の雰囲気にむしろ合っているという気がします。
ベストセラーになった高野和明さんの小説『ジェノサイド』には、二人の大学院生が安アパートの一室にこもって画期的な新薬を開発してしまう、というプロットが含まれています。強力な支援者がいたからこそ、という設定になっていますが、これはもう全くの絵空事とは言えない時代になっているのだなあ、という感慨を覚えます。
かつてコンピュータの世界で起きた革命は、恐れ知らずの情熱的な若者たちによって、ガレージや学生寮の部屋から始まりました。同じことが生物工学の世界でも起ころうとしているのでしょうか。もしそうなら、それは世界をどのように変えてしまうのでしょうか。たぶん、その答えは、それに対する私たちの心構えが出来る前に、明らかになることでしょう。
タグ:その他(サイエンス)
『NHKバレエの饗宴2012』(吉田都、金森穣、ベジャール) [映像(バレエ)]
2012年06月17日のNHK教育(ETV)で、2012年03月30にNHKホールで行われたガラ公演の舞台映像が放映されました。クラシックからコンテンポラリーまで様々な演目のハイライトを、国内有数のバレエ団やダンスカンパニーが披露するという豪華な公演です。
まず最初は、新国立劇場バレエ団による、 『アラジン』から「財宝の洞窟」。バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の芸術監督でもあるデヴィッド・ビントレーの振付作品で、アラジンが洞窟で見つけた金銀財宝をダンスで表現するという、バランシンの『ジュエルズ』みたいな作品です。
色彩感あふれる美しい舞台美術、シャープで爽快感のあるダンスが素敵。元Kバレエの長田佳世さんが“ルビー”を踊っていて、ひさしぶりに彼女のダンスを観ることが出来て感激でした。
次はNoism1による、『solo for 2』。金森穣さんの新作です。
キリアン作品を思わせるバリバリのコンテンポラリーダンスで、何組かの男女が交替で踊りますが、何といってもネザーランドダンスシアターII(NDT II)にいた小尻健太さんと、井関佐和子さんが踊るシーンが印象的。前後左右上下に厚みをもった立体的な動き、躍動的で繊細な身体表現には圧倒されます。照明も劇的な効果をあげていました。
谷桃子バレエ団による、歌劇『イーゴリ公』から「ダッタン人の踊りと合唱」。望月則彦さんの振付作品です。
これはオペラの中のバレエシーンだそうで、歌と踊りが織りなす楽しい演劇。永橋あゆみさんが頑張っていたものの、ダンスそのものに注目すると、どうしても新国やNoismと比べて動きに甘さを感じます。
牧阿佐美バレヱ団による、『ライモンダ』から「グラン・パ・クラシック」。クラシックバレエの人気演目です。
折り目正しくきっちりとした、いかにもクラシックらしい舞台です。ライモンダを踊るのは、個人的にはNHK『スーパーバレエレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都』のシリーズ後半、2009年11月頃に放映された番組でジュリエットのレッスンを受けていた生徒さん、という印象が強い、伊藤友季子さん。やや淡白ながら端正で格調高いライモンダでした。群舞も粒揃いです。
東京バレエ団による、『ザ・カブキ』から第8場「雪の別れ」第9場「討ち入り」。ベジャールが東京バレエ団のために、『仮名手本忠臣蔵』を題材にして振り付けた作品です。
討ち入りのシーンでは、男性群舞がきわめて劇的な場面を見事に表現してくれます。フォーメーションによる視覚効果が素晴らしい。それにつけても、ベジャールの“ダサさを恐れない勇敢さ”には感心させられます。
そして最後を飾るのは、吉田都&ジョセフ・ケイリーによる、『真夏の夜の夢』から「オベロンとタイターニアのパ・ド・ドゥ」。アシュトン振付作品です。
何といえばよいのでしょうか、このうえなく優雅で気品あふれる無重力。これだけの豪華メンバーが揃ったガラ公演でも、格が違うとしか言いようのない吉田都さんのタイターニア。うっとりします。
『NHKバレエの饗宴2012』
収録:2012年03月30日 NHKホール
放送:2012年06月17日 午後3時~5時 Eテレ
新国立劇場バレエ団 『アラジン』から「財宝の洞窟」
振付:デヴィッド・ビントレー
主な出演
アラジン:八幡顕光
ダイヤモンド:川村真樹
音楽:カール・デイヴィス
指揮:大井剛史
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
Noism1 『solo for 2』
振付・演出:金森穣
主な出演
井関佐和子
小尻健太
音楽:バッハ
ヴァイオリン演奏:渡辺玲子
谷桃子バレエ団 歌劇『イーゴリ公』から「ダッタン人の踊りと合唱」
振付:望月則彦
主な出演
イーゴリ公 :赤城圭
隊長 :齊藤拓
副隊長 :今井智也、三木雄馬
ダッタンの美女:永橋あゆみ
奴隷の姫 :朝枝めぐみ
コンチャック汗:妻屋秀和(バス)
音楽:ボロディン
合唱:二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部
牧阿佐美バレヱ団 『ライモンダ』から「グラン・パ・クラシック」
振付:マリウス・プティパ
改訂振付:テリー・ウエストモーランド
主な出演
ライモンダ:伊藤友季子
ジャン・ド・ブリエンヌ:京當侑一籠
音楽:グラズノフ
指揮:大井剛史
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
東京バレエ団 『ザ・カブキ』から第8場「雪の別れ」第9場「討ち入り」
振付:モーリス・ベジャール
主な出演
由良之助:柄本弾
顔世御前:二階堂由依
音楽:黛敏郎
三味線:田中悠美子
鳴り物:西川啓光
笛:藤舎理生
合唱:二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部
吉田都/ジョセフ・ケイリー 『真夏の夜の夢』から「オベロンとタイターニアのパ・ド・ドゥ」
振付:フレデリック・アシュトン
音楽:メンデルスゾーン
指揮:大井剛史 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
まず最初は、新国立劇場バレエ団による、 『アラジン』から「財宝の洞窟」。バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の芸術監督でもあるデヴィッド・ビントレーの振付作品で、アラジンが洞窟で見つけた金銀財宝をダンスで表現するという、バランシンの『ジュエルズ』みたいな作品です。
色彩感あふれる美しい舞台美術、シャープで爽快感のあるダンスが素敵。元Kバレエの長田佳世さんが“ルビー”を踊っていて、ひさしぶりに彼女のダンスを観ることが出来て感激でした。
次はNoism1による、『solo for 2』。金森穣さんの新作です。
キリアン作品を思わせるバリバリのコンテンポラリーダンスで、何組かの男女が交替で踊りますが、何といってもネザーランドダンスシアターII(NDT II)にいた小尻健太さんと、井関佐和子さんが踊るシーンが印象的。前後左右上下に厚みをもった立体的な動き、躍動的で繊細な身体表現には圧倒されます。照明も劇的な効果をあげていました。
谷桃子バレエ団による、歌劇『イーゴリ公』から「ダッタン人の踊りと合唱」。望月則彦さんの振付作品です。
これはオペラの中のバレエシーンだそうで、歌と踊りが織りなす楽しい演劇。永橋あゆみさんが頑張っていたものの、ダンスそのものに注目すると、どうしても新国やNoismと比べて動きに甘さを感じます。
牧阿佐美バレヱ団による、『ライモンダ』から「グラン・パ・クラシック」。クラシックバレエの人気演目です。
折り目正しくきっちりとした、いかにもクラシックらしい舞台です。ライモンダを踊るのは、個人的にはNHK『スーパーバレエレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都』のシリーズ後半、2009年11月頃に放映された番組でジュリエットのレッスンを受けていた生徒さん、という印象が強い、伊藤友季子さん。やや淡白ながら端正で格調高いライモンダでした。群舞も粒揃いです。
東京バレエ団による、『ザ・カブキ』から第8場「雪の別れ」第9場「討ち入り」。ベジャールが東京バレエ団のために、『仮名手本忠臣蔵』を題材にして振り付けた作品です。
討ち入りのシーンでは、男性群舞がきわめて劇的な場面を見事に表現してくれます。フォーメーションによる視覚効果が素晴らしい。それにつけても、ベジャールの“ダサさを恐れない勇敢さ”には感心させられます。
そして最後を飾るのは、吉田都&ジョセフ・ケイリーによる、『真夏の夜の夢』から「オベロンとタイターニアのパ・ド・ドゥ」。アシュトン振付作品です。
何といえばよいのでしょうか、このうえなく優雅で気品あふれる無重力。これだけの豪華メンバーが揃ったガラ公演でも、格が違うとしか言いようのない吉田都さんのタイターニア。うっとりします。
『NHKバレエの饗宴2012』
収録:2012年03月30日 NHKホール
放送:2012年06月17日 午後3時~5時 Eテレ
新国立劇場バレエ団 『アラジン』から「財宝の洞窟」
振付:デヴィッド・ビントレー
主な出演
アラジン:八幡顕光
ダイヤモンド:川村真樹
音楽:カール・デイヴィス
指揮:大井剛史
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
Noism1 『solo for 2』
振付・演出:金森穣
主な出演
井関佐和子
小尻健太
音楽:バッハ
ヴァイオリン演奏:渡辺玲子
谷桃子バレエ団 歌劇『イーゴリ公』から「ダッタン人の踊りと合唱」
振付:望月則彦
主な出演
イーゴリ公 :赤城圭
隊長 :齊藤拓
副隊長 :今井智也、三木雄馬
ダッタンの美女:永橋あゆみ
奴隷の姫 :朝枝めぐみ
コンチャック汗:妻屋秀和(バス)
音楽:ボロディン
合唱:二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部
牧阿佐美バレヱ団 『ライモンダ』から「グラン・パ・クラシック」
振付:マリウス・プティパ
改訂振付:テリー・ウエストモーランド
主な出演
ライモンダ:伊藤友季子
ジャン・ド・ブリエンヌ:京當侑一籠
音楽:グラズノフ
指揮:大井剛史
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
東京バレエ団 『ザ・カブキ』から第8場「雪の別れ」第9場「討ち入り」
振付:モーリス・ベジャール
主な出演
由良之助:柄本弾
顔世御前:二階堂由依
音楽:黛敏郎
三味線:田中悠美子
鳴り物:西川啓光
笛:藤舎理生
合唱:二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部
吉田都/ジョセフ・ケイリー 『真夏の夜の夢』から「オベロンとタイターニアのパ・ド・ドゥ」
振付:フレデリック・アシュトン
音楽:メンデルスゾーン
指揮:大井剛史 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
『Delivery』(八杉将司) [読書(SF)]
大規模災害により地球全体が壊滅してから十年。廃墟と化した地表で生き延びていた主人公たちは、月から脱走してきたという科学者と出会う。何者かに追われているその科学者こそ、十年前の破局を引き起こした「万物理論」の発見者だった・・・。
目まぐるしく展開する痛快活劇、そして破天荒なスケールで語られる本格SF的アイデアを融合させた「ポスト311」SFの野心作。単行本(早川書房)出版は、2012年05月です。
第5回日本SF新人賞を受賞した著者による書き下ろし本格SF長篇です。タイトルには「発射」、「解放」、「発表」、「送付」など様々な意味がかけられているようですが、最も中核となるのは「出産」という意味で、何が「出産」されるのかは最後まで読んでみてのお楽しみ。
大地震や津波で壊滅してから十年後の地球から物語は始まります。
あまりにも大規模に破壊されたため復興は遅々として進まず、多くの都市が廃墟と化したまま。そんな地表で何とか生き延びていた生存者グループが、あるとき、負傷して倒れていた奇妙な男を助けて仲間にする。
どうやら彼はテラフォーミングされた月に住んでいた科学者らしい。しかも、何らかの「秘密」を握っていて、そのせいで追われているようだ。
あるとき、彼らのアジトが何者かによる強襲を受け、科学者、リーダー、そして主人公の恋人が拉致され、他の仲間は全員殺されてしまう。自身も重傷を追って死にかけた主人公だが、襲撃者と対立するグループによって救出され、サイボーグとして蘇ったのだった。
まあ、後の展開は大方の予想通り。恋人を助けるために戦いに身を投じ、新たに獲得した驚異的な身体能力を駆使して次々と戦闘ロボットを撃破、敵の秘密基地に殴り込んでようやく科学者を救出、というそのとき、兄貴分として慕っていたかつてのリーダーが、同じくサイボーグ戦士となって主人公の前に立ちはだかる・・・。
あまりにも定番に忠実なプロットなので少々気恥ずかしい気もしますが、テンポ良く進むアクションシーンは大いに楽しめます。章が変わる毎に、主人公の身体(そしてアイデンティティ)が変わる、というのが本作の特徴ですが、それが目眩のようなスピード感を生むのに役立っています。
後半に入ると、科学者が追われるはめになった「秘密」が明らかにされ、それが十年前の破局を引き起こした原因らしい、ということも判明。ここから先の展開は、あまり大きな声では申せませんが、まあ「××兵器が東日本大震災を引き起こした」とか、「大型粒子加速器でマイクロブラックホールが発生して世界が終わる」とか、そこら辺の与太話をベースに、素粒子物理学と拡張された人間原理宇宙論を組み合わせ、驚くようなアイデアを引っ張りだして来る、と思って下さい。
おお、戦闘アクション娯楽SFだと思っていたら、意外にも本格SF。などと感心しながら読み進めると、かなり破天荒な論理のアクロバットの末に、「あれから百億年も経っているのだ」(単行本p.319)などというセリフがさらりと出てくるスケールへ。主人公の意識が途切れないまま、40億年、100億年といった宇宙論的時間を「待つ」ことに費やす、というのは最近のSFの流行りなんでしょうか。
というわけで、前半の活劇、後半の本格SF、両方を楽しめる長篇です。両方の側面が必ずしもうまく融合しているとは言い難いところもあるのですが、それほど気にはなりません。基本アイデアの他にも、月を一周する超大型粒子加速器、月大気圏を使った発電システム、遠隔操作ロボット、ブレイン・マシン・インタフェースなど、様々なガジェットが登場するのも魅力的です。
目まぐるしく展開する痛快活劇、そして破天荒なスケールで語られる本格SF的アイデアを融合させた「ポスト311」SFの野心作。単行本(早川書房)出版は、2012年05月です。
第5回日本SF新人賞を受賞した著者による書き下ろし本格SF長篇です。タイトルには「発射」、「解放」、「発表」、「送付」など様々な意味がかけられているようですが、最も中核となるのは「出産」という意味で、何が「出産」されるのかは最後まで読んでみてのお楽しみ。
大地震や津波で壊滅してから十年後の地球から物語は始まります。
あまりにも大規模に破壊されたため復興は遅々として進まず、多くの都市が廃墟と化したまま。そんな地表で何とか生き延びていた生存者グループが、あるとき、負傷して倒れていた奇妙な男を助けて仲間にする。
どうやら彼はテラフォーミングされた月に住んでいた科学者らしい。しかも、何らかの「秘密」を握っていて、そのせいで追われているようだ。
あるとき、彼らのアジトが何者かによる強襲を受け、科学者、リーダー、そして主人公の恋人が拉致され、他の仲間は全員殺されてしまう。自身も重傷を追って死にかけた主人公だが、襲撃者と対立するグループによって救出され、サイボーグとして蘇ったのだった。
まあ、後の展開は大方の予想通り。恋人を助けるために戦いに身を投じ、新たに獲得した驚異的な身体能力を駆使して次々と戦闘ロボットを撃破、敵の秘密基地に殴り込んでようやく科学者を救出、というそのとき、兄貴分として慕っていたかつてのリーダーが、同じくサイボーグ戦士となって主人公の前に立ちはだかる・・・。
あまりにも定番に忠実なプロットなので少々気恥ずかしい気もしますが、テンポ良く進むアクションシーンは大いに楽しめます。章が変わる毎に、主人公の身体(そしてアイデンティティ)が変わる、というのが本作の特徴ですが、それが目眩のようなスピード感を生むのに役立っています。
後半に入ると、科学者が追われるはめになった「秘密」が明らかにされ、それが十年前の破局を引き起こした原因らしい、ということも判明。ここから先の展開は、あまり大きな声では申せませんが、まあ「××兵器が東日本大震災を引き起こした」とか、「大型粒子加速器でマイクロブラックホールが発生して世界が終わる」とか、そこら辺の与太話をベースに、素粒子物理学と拡張された人間原理宇宙論を組み合わせ、驚くようなアイデアを引っ張りだして来る、と思って下さい。
おお、戦闘アクション娯楽SFだと思っていたら、意外にも本格SF。などと感心しながら読み進めると、かなり破天荒な論理のアクロバットの末に、「あれから百億年も経っているのだ」(単行本p.319)などというセリフがさらりと出てくるスケールへ。主人公の意識が途切れないまま、40億年、100億年といった宇宙論的時間を「待つ」ことに費やす、というのは最近のSFの流行りなんでしょうか。
というわけで、前半の活劇、後半の本格SF、両方を楽しめる長篇です。両方の側面が必ずしもうまく融合しているとは言い難いところもあるのですが、それほど気にはなりません。基本アイデアの他にも、月を一周する超大型粒子加速器、月大気圏を使った発電システム、遠隔操作ロボット、ブレイン・マシン・インタフェースなど、様々なガジェットが登場するのも魅力的です。
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