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『Delivery』(八杉将司) [読書(SF)]

 大規模災害により地球全体が壊滅してから十年。廃墟と化した地表で生き延びていた主人公たちは、月から脱走してきたという科学者と出会う。何者かに追われているその科学者こそ、十年前の破局を引き起こした「万物理論」の発見者だった・・・。

 目まぐるしく展開する痛快活劇、そして破天荒なスケールで語られる本格SF的アイデアを融合させた「ポスト311」SFの野心作。単行本(早川書房)出版は、2012年05月です。

 第5回日本SF新人賞を受賞した著者による書き下ろし本格SF長篇です。タイトルには「発射」、「解放」、「発表」、「送付」など様々な意味がかけられているようですが、最も中核となるのは「出産」という意味で、何が「出産」されるのかは最後まで読んでみてのお楽しみ。

 大地震や津波で壊滅してから十年後の地球から物語は始まります。

 あまりにも大規模に破壊されたため復興は遅々として進まず、多くの都市が廃墟と化したまま。そんな地表で何とか生き延びていた生存者グループが、あるとき、負傷して倒れていた奇妙な男を助けて仲間にする。

 どうやら彼はテラフォーミングされた月に住んでいた科学者らしい。しかも、何らかの「秘密」を握っていて、そのせいで追われているようだ。

 あるとき、彼らのアジトが何者かによる強襲を受け、科学者、リーダー、そして主人公の恋人が拉致され、他の仲間は全員殺されてしまう。自身も重傷を追って死にかけた主人公だが、襲撃者と対立するグループによって救出され、サイボーグとして蘇ったのだった。

 まあ、後の展開は大方の予想通り。恋人を助けるために戦いに身を投じ、新たに獲得した驚異的な身体能力を駆使して次々と戦闘ロボットを撃破、敵の秘密基地に殴り込んでようやく科学者を救出、というそのとき、兄貴分として慕っていたかつてのリーダーが、同じくサイボーグ戦士となって主人公の前に立ちはだかる・・・。

 あまりにも定番に忠実なプロットなので少々気恥ずかしい気もしますが、テンポ良く進むアクションシーンは大いに楽しめます。章が変わる毎に、主人公の身体(そしてアイデンティティ)が変わる、というのが本作の特徴ですが、それが目眩のようなスピード感を生むのに役立っています。

 後半に入ると、科学者が追われるはめになった「秘密」が明らかにされ、それが十年前の破局を引き起こした原因らしい、ということも判明。ここから先の展開は、あまり大きな声では申せませんが、まあ「××兵器が東日本大震災を引き起こした」とか、「大型粒子加速器でマイクロブラックホールが発生して世界が終わる」とか、そこら辺の与太話をベースに、素粒子物理学と拡張された人間原理宇宙論を組み合わせ、驚くようなアイデアを引っ張りだして来る、と思って下さい。

 おお、戦闘アクション娯楽SFだと思っていたら、意外にも本格SF。などと感心しながら読み進めると、かなり破天荒な論理のアクロバットの末に、「あれから百億年も経っているのだ」(単行本p.319)などというセリフがさらりと出てくるスケールへ。主人公の意識が途切れないまま、40億年、100億年といった宇宙論的時間を「待つ」ことに費やす、というのは最近のSFの流行りなんでしょうか。

 というわけで、前半の活劇、後半の本格SF、両方を楽しめる長篇です。両方の側面が必ずしもうまく融合しているとは言い難いところもあるのですが、それほど気にはなりません。基本アイデアの他にも、月を一周する超大型粒子加速器、月大気圏を使った発電システム、遠隔操作ロボット、ブレイン・マシン・インタフェースなど、様々なガジェットが登場するのも魅力的です。


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