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『バイオパンク  DIY科学者たちのDNAハック!』(マーカス・ウォールセン) [読書(サイエンス)]

 キッチンで自分のための遺伝子検査システムを作る。途上国向け格安PCR(DNA断片増殖)装置を開発する。自宅ガレージで癌を撲滅させるための免疫系ハックに挑む。大学や製薬会社のラボから遠く離れたところで、バイオテクノロジーの研究開発に取り組むバイオハッカーたちを取材した、驚きと興奮のルポ。単行本(NHK出版)出版は、2012年02月です。

 「人類の歴史において、生命の原材料を作成する力がここまで高まったことはなかった。機械はDNAの鎖をタイプライターのように一文字一文字並べてくれる。(中略)DIY生物学者たちは、フォトショップやマイクロソフト・ワードの操作の延長で生き物の設計もできるようになるだろうと信じている」(単行本p.221)

 「バイオブリックのパーツは、機械デバイスや電子デバイスを設計するのと同じ工学原理が生物学にも適用できるというアイデアを何より現実に推し進めた。かつては離れ業と思われていた遺伝子操作を、大学生が「生きているモノ」をつくり出せるほどまでに簡単にしたのだから」(単行本p.208)

 「彼らは、自分のために科学が何かを実現してくれるのを待つよりも、自分で科学しようと決めた。何ができるかできないかは、自分で決める。すべて自分でやる。そして、少しばかりの運と才能があれば、何かナイスなことをやってのける」(単行本p.278)

 自宅のキッチンやガレージ、あるいはトレーラの中に、ネット通販で手に入れた格安の中古装置を集め、オープンソースと集合知のパワーを駆使してバイオテクノロジーの分野に革命を起こそうとしている若者たち。ツールへのアクセス、知識へのアクセス、そしてその両方にアクセスする自由、それさえあれば誰もが世界を変えられる、という信念を持ち、情報のオープン性を尊ぶ、情熱的で底抜けの楽天家たち。

 本書は、バイオハッカー、DIY生物学者、そして彼らの精神性を表す言葉「バイオパンク」について、数多くの人物に取材して書かれたルポです。取材対象となった人々は、少々風変わりかも知れませんが、実に魅力的で、忘れがたい印象を残してくれます。

 登場するのは、自分が遺伝的疾患を持っているかどうかを知るために自宅で遺伝子検査システムを作り上げた女性、ガレージを即席のバイオラボに改造して癌の撲滅や不老不死の実現に挑む若者たち、途上国における疫病検査を安く簡単に行うための装置の開発に取り組んでいるグループなど。

 「これからのイノベーションは、問題を抱えていてそれを何とかしたいと思っている人から生まれるに決まってる」(単行本p.61)

 「創造力の果実は上から落ちてくるのではなく下から芽を出す。それに、もしイノベーションが地面から出てくるのなら、下にいる人ほど早くその恩恵を受ける」(単行本p.74)

 「死なないための手段として科学に興味をもちはじめました。大それた夢? そんなことないですよ。何をするにも命がなくてはできないのだから、まず命を確保しないと。人生で何をするかは、命を確保してから考えることです」(単行本p.140)

 「癌細胞をやっつけられるかどうか、それは一か八かの賭けです。だったら最小限の装置でやってみよう、キッチン台でやってみよう、と思ったわけです」(単行本p.147)

 さらに、バイオハックを可能にしている概念と技術、つまり「オープンソース、インターネット・コラボレーション、生物学の規格化パーツ、DIYハードウェア、安価なDNAシーケンシング、DNA合成のアウトソーシング」(単行本p.246)についても詳しく紹介され、それがDIY生物学をどのように支えているのかを解説してくれます。

 もちろんこの分野の負の側面、すなわち遺伝子特許、遺伝子組み替え作物、感染の危険性、バイオテロ、人工合成生物による生態系破壊、といった問題点や紛争、リスクについても触れられています。ですが、基本的にはバイオパンク精神に対して好意的な立場で書かれているといってよいでしょう。

 章が変わる毎に話題があちこち跳ぶ、似たような話題が繰り返されるなど、全体的に統一感は薄く、雑多というかとっちらかっている印象もありますが、それも題材の雰囲気にむしろ合っているという気がします。

 ベストセラーになった高野和明さんの小説『ジェノサイド』には、二人の大学院生が安アパートの一室にこもって画期的な新薬を開発してしまう、というプロットが含まれています。強力な支援者がいたからこそ、という設定になっていますが、これはもう全くの絵空事とは言えない時代になっているのだなあ、という感慨を覚えます。

 かつてコンピュータの世界で起きた革命は、恐れ知らずの情熱的な若者たちによって、ガレージや学生寮の部屋から始まりました。同じことが生物工学の世界でも起ころうとしているのでしょうか。もしそうなら、それは世界をどのように変えてしまうのでしょうか。たぶん、その答えは、それに対する私たちの心構えが出来る前に、明らかになることでしょう。


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