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『時間はだれも待ってくれない  21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集』(高野史緒:編) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 存在しないはずの旧東ドイツのドメインから届いた電子メール。チェルノブイリ原発事故の汚染地帯で暮らす人々。列車で旅行中、神と同席することになった銀行家。東欧十カ国の作家によって、21世紀に書かれた新しいファンタスチカ短篇を集め、すべて原文から日本語に直接翻訳したという奇跡のような労作。『SFが読みたい!』ベストSF2011海外篇第8位に選ばれたアンソロジーです。単行本(東京創元社)出版は、2011年09月。

 オーストリア、ルーマニア、ベラルーシ、チェコ、スロヴァキア、ポーランド、旧東ドイツ、ハンガリー、ラトヴィア、セルビア。東欧諸国の作家による新しいファンタスチカ(SF、ファンタジー、幻想小説などの総称)傑作集です。日本では知られていない作家が多く、「歴史上、はじめて日本語に直接翻訳された言語」で書かれた作品もいくつか含まれているという、貴重な一冊。

 いくつか個人的に気に入った作品を紹介してみます。

 まず、ルーマニアのオナ・フランツによる『私と犬』。医療の高度化で人が簡単には死ななくなった時代を背景に、一人の老人が抱える痛烈な孤独感をじっくりと書いた作品です。個人の健康を監視する医療犬、という設定が面白いと思ったら、ラストでこれがぼろぼろ泣ける展開に。胸を刺すような切実な寂寥感が素晴らしい。

 ベラルーシのアンドレイ・フェダレンカによる『ブリャハ』。チェルノブイリ原発事故による汚染地域で暮らす人々の生活を描いた作品です。PCゲーム『S.T.A.L.K.E.R』シリーズを彷彿とさせる、寒々とした怖さがよく出ています。SF的要素は皆無だというのに、どうしても「ポスト・ホロコーストSF」としてしか読めないリアリズム小説、という意味で、存在そのものがSF的な作品。

 スロヴァキアのシチェファン・フスリツァによる『カウントダウン』。過激派民主主義者グループが多数の原発を同時占拠して、「欧州を放射能で汚染されたくなければ、中国政府を武力で打倒し、強制的に民主化せよ」という無茶な要求を突きつけてくるという話。風刺ユーモア小説かと思って読み進めたら、これがガチの終末SFになるのが凄い。

 同じ作者による、民族紛争による人心の荒廃を乾いた筆致でリアルに描いて読者をぞっとさせる『三つの色』も心に残ります。

 旧東ドイツのアンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー夫妻による『労働者階級の手にあるインターネット』。東ドイツ出身の技術者である主人公は、あるとき奇妙な電子メールを受信する。差出人は自分、そして発信元アドレスは、存在しないはずの旧東ドイツのドメインになっていたのだ・・・。

 東ドイツの秘密警察シュタージによりインターネットが監視されている、という強迫観念に押しつぶされてゆく主人公。ネットの匿名性や通信秘匿に関わる今日的な問題を、いかにも旧東ドイツ生まれの作家らしい手法であぶり出した、けっこう嫌な気持ちになる作品です。

 セルビアのゾラン・ジヴコヴィッチによる『列車』。列車で旅行中だった銀行家が、神と同席することになる。神は、自分が次の駅で下車するまでの間、何でも質問に答えると言うが、何を質問すればよいのだろう・・・。

 「悪魔との契約」テーマのヴァリエーションで、最初のうちは他愛もない寓話、風刺ショートショートに思えるのですが、後半になって、神が存在するのなら、どうして人生はこんなに無意味で悲惨で不条理に満ちているのか、という永遠の問いに対して思いがけない方向からアプローチする哲学的な話にさらりと持ってゆき、すみやかに終わらせて奇妙な余韻を残すという、この巧みさ。

 他に、チェコのミハル・アイヴァスによる『もうひとつの街』、ポーランドのミハウ・ストゥドニャレクによる『時間は誰も待ってくれない』の二篇が、別の世界とこの世界、あるいは過去と現在が、束の間交差するという、いかにも「東欧的」で重厚なファンタジーで読ませます。

 ハンガリーのダルヴァシ・ラースローによる『盛雲、庭園に隠れる者』は、何と中国が舞台の志怪小説という、意表を突いた作品でびっくり。不気味で、不穏で、けっこういい感じ。いかにも漢文を訳しました、という訳文のノリもさすが。

 というわけで、全体を通じて、英米のSF・ファンタジー・幻想小説とは明らかに異なった感触を濃厚に感じるアンソロジーです。個人的な印象としては、英米小説から受ける感触よりもむしろ身近な肌触り、というか、日本人との親和性は高いような気がします。いずれにせよ、本書をきっかけに、東欧ファンタスチカの翻訳紹介が進むことを期待したいと思います。

[収録作品]

オーストリア
『ハーベムス・パーパム(新教皇万歳)』(ヘルムート・W・モンマース)

ルーマニア
『私と犬』(オナ・フランツ)
『女性成功者』(ロクサーナ・ブルンチェアヌ)

ベラルーシ
『ブリャハ』(アンドレイ・フェダレンカ)

チェコ
『もうひとつの街』(ミハル・アイヴァス)

スロヴァキア
『三つの色』(シチェファン・フスリツァ)
『カウントダウン』(シチェファン・フスリツァ)

ポーランド
『時間は誰も待ってくれない』(ミハウ・ストゥドニャレク)

旧東ドイツ
『労働者階級の手にあるインターネット』(アンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー)

ハンガリー
『盛雲、庭園に隠れる者』(ダルヴァシ・ラースロー)

ラトヴィア
『アスコルディーネーの愛―ダウガワ河幻想』(ヤーニス・エインフェルズ)

セルビア
『列車』(ゾラン・ジヴコヴィッチ)


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