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『有害コミック撲滅!  アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』(デヴィッド・ハジュー) [読書(教養)]

 20をこえる出版社が毎月650タイトルのコミックブックを発行し、週に1億部近くを売り切る。40年代から50年代前半にかけて空前の黄金時代をむかえていたアメリカのコミック業界が、50年代中頃にほとんど一夜にして壊滅させられたのはなぜか。6年にわたる150名以上の関係者への取材を通じて、米国を席巻したコミック弾劾の全貌を明らかにした労作。単行本(岩波書店)出版は、2012年05月です。

 「学校はコミックブックを公開で焼き、生徒たちは何千冊ものコミックブックを火に投じた。一度ならず焚書の炎のまわりを、子どもたちはコミックブック弾劾の声をはりあげながら輪になって行進した」(単行本p.5)

 「国じゅうの新聞雑誌は見出しを掲げて読者に警告した。「子どもたちを堕落させるもの、一冊10セント!」「子ども部屋の恐怖」「コミックブックの呪い」。最も冒険心に富みスキャンダラスな出版社のひとつ、ECコミックスのオフィスは、ニューヨーク市警の立ち入り捜査を受けた」(単行本p.5)

 「コミックを規制する条例が何十もの都市で成立した。すぐに議会は衝撃的な公聴会を行いテレビ放映し、コミックブック産業をほとんど壊滅させた。(中略)800人以上が仕事を失った」(単行本p.5)

 何であの国は極端に走るというか、すぐに先鋭化するのかなあ。

 というわけで、アメコミの歴史を語るとき必ず言及される50年代中頃の弾圧、有害コミック撲滅運動、あるいはザ・クライシスについて、徹底的な取材を通じてその全貌を明らかにした一冊です。

 その緻密さ、詳細さには驚かされます。40年代から徐々に盛り上がってゆき、1954年の公聴会で頂点に達したコミック弾劾の動き、それは誰によりどのように進められていったのか。証言、新聞記事、書籍、そしてもちろん黄金時代のコミックブック、圧倒的な量の資料を駆使して、その過程が微に入り細を穿つようにじっくりと書かれています。

 コミックが少年犯罪の原因であると根拠なしに断言する精神科医。統計的に否定されているにも関わらず少年犯罪が激増していると危機感をあおる新聞。内容を調べもしないで全てのコミックを排除しようとするPTA。大仰に「若者の堕落」をなげき、声高に「国民の敵」を罵ってみせる政治家。・・・何だか既視感を覚えますね。

 並行して語られるのは、黄金時代におけるアメコミ業界の様子。画家、ライター、編集者、レタラーなど、実際に業界で働いていた人々が多数登場し、当時の様子を証言します。

 何でも好きなことが表現できる圧倒的な自由、他で職が見つけられないマイノリティにも雇用が開かれていた業界、著作権など無視しまくりの模倣天国、労働者保護も何もないブラック業界っぷり。裏も表も、光も影も、すべて含めて、無秩序、熱狂、興奮、有頂天、猥雑さ、いかがわしさ、といったアメコミ業界の黄金時代の空気が、ページの間から吹き出してくるようです。

 弾劾に対抗するコミック業界の対応が、これがお粗末というか何というか。

 「コミックスを破壊したいと最も願っている一団は、コミュニストたちだ!」(単行本p.307)と陰謀論で反撃してみたり、少年犯罪の原因はコミックではなく女性の社会進出(による共働き家庭の増加)だと唱えてみたり、何でこう的確に他人を怒らせるのか。

 そして悪名高い公聴会における失態。大衆の怒りと嫌悪は頂点に達します。次々と成立する法規制、そして子どもたちが親と先生の「指導」の元で「自主的」に焼いた何千冊ものコミックの山。

 生き残りのために業界には自主規制がかかるのですが、そのコミックコードなるものがどれほど酷いものだったかも詳しく書かれています。

 「どんなライターも、「尊敬されるべき制度」、結婚、学校、家族、宗教、政府、あるいはそのほか、に挑み「既存の権威に対する軽蔑を生み出す」かもしれない物語を書くことには挑戦できなかった」(単行本p.371)

 「妥当な趣味と常識に違反すると考えられるものはすべて禁止されるべきである」(単行本p.355)

 あまりのことに、業界内の反応はこんな感じでした。

 「規制のコードが文書化されても、それはどちらかと言えば象徴的なものだと思われていた。現実に彼が登場し、ほんとうにその規制を強要するなんてことは、だれひとり思っていなかったんだ」(単行本p.371)

 彼らの認識は間違っていました。本当にコミックコードは強制され、コミックの販売は法規制され、関係者には強烈な社会的圧力がかけられたのです。

 「1954年から1956年にかけての間に、コミックブックの半分以上がニューズスタンドから姿を消した。アメリカ合衆国内で出版されていたタイトルの数は約650から約250へと下落した。EC社がすべてのコミックスの継続をあきらめた1955年末までには、他に5つの出版社が廃業していた」(単行本p.399)

 「50年代の初めにコミックスで仕事をしていた800人以上の人々がこの世界を離れ、コミックブックのコマをもうひとコマも埋めることは二度となくなったのだった」(単行本p.404)

 こうしてアメコミの黄金時代は終わったのです。

 というわけで、アメコミの愛読者、特にその歴史に関心のある方は読んでおくべき一冊でしょう。コミック弾劾の経緯もそうですが、19世紀に始まり50年代前半の黄金時代に向かって駆け上っていったアメコミ黎明期の業界が活き活きと描かれているところも魅力的です。

 アラン・ムーア原作の『ウォッチメン』、フランク・ミラーの『バットマン:ダークナイト・リターンズ』では、ヒーローは社会的な弾圧を受けていますし、浦沢直樹の『BILLY BAT』ではアメコミ漫画家が職を追われその作品は「健全化」されてしまいますが、本書を読めばそういったストーリーの背景がよく理解できます。他にも多数のアメコミに「ヒーロー活動の禁止を訴える政治家」が敵役として登場するわけも。
 
 それから、わが国において、コミック、アニメ、ゲーム、音楽などの分野における、いわゆる「低俗な若者文化」が「犯罪の原因となる」あるいは「青少年を堕落させる」として弾劾している方々にも、逆にそういう逆風に対して抵抗している出版社や表現者の方々にも、ぜひご一読をお勧めします。

 自分たちが何を恐れ、また何を守りたいのか。それぞれの立場から冷静に考えてみる上で、きっと参考になると思います。・・・しかし、それにつけてもやっぱり、何であの国は極端に走るというか、すぐに先鋭化するのかなあ。


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