SSブログ

『ゴドーを待ちながら』(勅使川原三郎、佐東利穂子) [ダンス]



--------
勅使川原の普段のしゃべり口調で語りつづけた言葉の動きと身体の流れ、演劇かダンスかという枠を遊泳するようなパフォーマンスを心がけました。(中略)
現実とはいかに遠方にあるものかと私は考えています。
--------
勅使川原三郎


 2015年12月13日は、夫婦でシアターXに行って勅使川原三郎さんの公演を鑑賞しました。サミュエル・ベケットによる同名の戯曲を原作とするダンス公演です。

 天井からいくつかオブジェクトがぶら下がっているだけの殺風景な舞台。照明効果だけで時間経過を表現します。例えば、月が出た、とか。

 左手奥には観客に背中を向けてじっと立っている佐東利穂子さん。いつ振り向くか、いつ踊るのか、と思いましたが、実のところ1時間の公演中、とうとう最後まで動かず。じっと立ったまま背中で存在感を放ち続けます。

 じっとたたずむ佐東利穂子さんを別にすれば、勅使河原三郎さんが一人で1時間踊り続けるソロダンス公演です。

 不安定な、よろけるような、ふらふらした身体の運びを中心に、ひらめくようなターン、セリフと連動したジェスチャーや説明的なマイム。抑制がきいており、いわゆるダンス的な動きはほとんどありません。あくまで登場人物がぶつぶつ言いながら時間をつぶしているという風体で、手足を細かく動かしながらオフバランスで歩き回ります。

 最初と最後、短時間だけ静かな音楽が流れますが、ほとんどの時間は音楽なし。勅使河原三郎さん自身による語り(登場人物同士の会話)に、わずかにノイズがかぶせられた録音がずっと流れています。


--------
発音や語調は俳優のような演劇的発声や標準語風の言葉使いを避けました。浮浪者である登場人物に堅苦しくない軽さを与えました。
--------
勅使川原三郎


 「勅使川原の普段のしゃべり口調で語りつづけた」とあるのですが、勅使川原さんは普段あんな調子でしゃべっているのか、という驚き。というか、そもそもしゃべったりするのか、という謎の驚き。


[キャスト等]

構成・演出・振付・照明・衣装・選曲: 勅使川原三郎
出演: 勅使川原三郎、佐東利穂子


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『世界の誕生日』(アーシュラ・K・ル=グィン、小尾芙佐:翻訳) [読書(SF)]


--------
真面目で熱心なひとたちはこれをハイニッシュ・ユニヴァースと呼び、その歴史をひとつの年表に繰り入れようとした。わたしはその世界をエクーメンと呼び、歴史を年表に繰り入れるなど不可能だといっている。
(中略)
 わたしはこうした世界やひとびとを創造するつもりはなかった。だが物語を書きすすめるうちに、彼らが少しずつ見えてくる。いまも少しずつ見えつづけている。
--------
Kindle版No.23、42

 性徴期がくるたびに性別が変わる人々の社会、男女の人口比に極端な偏りが生じた社会、4人で婚姻する社会。そこで愛しあい、悩み、苦しみ、成長してゆく人々。ジェンダー意識をゆさぶる鋭い思考実験と心をゆさぶる情熱的な物語を見事に融合させた、いわゆるハイニッシュ・ユニヴァースものをはじめとするル=グウィンの傑作8篇を収録した短篇集。文庫版(早川書房)出版は2015年11月、Kindle版配信は2015年11月です。


--------
つまりこれらの話はいずれも、われわれとはちがう社会形態をもち、その生理機能さえもわれわれとはちがいながら、われわれと同じように感じるひとびとを、内側から、あるいは外側の観察者(土地の人間に同化しそうな)の目で、さまざまに描出しているということだ。まずそのちがいを創りだすこと――未知のものを確立させることが肝心だ――そしてそのギャップを埋めるために、人間の情熱の炎が弧を描いて飛躍するのだ。この想像というアクロバットは、ほとんどほかのものとくらべようもないほど、わたしを満足させている。
--------
Kindle版No.139


 性別とジェンダーに関わる偏見は、意識に深く根を下ろしているためか、それを相対化して内省することにはしばしば困難がつきまといます。私たちの社会とは異なるジェンダー規範を想定し、その社会で生きる人々の内面を真摯に想像することは、この困難を克服するための手段となり得ます。実際、こうした試みはジェンダーSFという形で数多く書かれてきました。

 しかし、それをル=グウィンほど巧みに、強力に、情緒豊かに書いてみせたSF作家は類まれでしょう。

 「ギャップを埋めるために、人間の情熱の炎が弧を描いて飛躍するのだ」

 登場人物たちの情熱が、苦悩が、喜びが、あらゆる感情が私たちの心を引き寄せ、実際にその社会に生きたという実感を、そして自分たちの現実社会におけるジェンダーの在り方を相対化して見る視点を、与えてくれます。想像力に何が出来るのかを、感動的な物語という形でみせてくれる傑作の数々。ぜひ多くの方に読んでほしい短篇集です。


[収録作品]

『愛がケメルを迎えしとき』
『セグリの事情』
『求めぬ愛』
『山のしきたり』
『孤独』
『古い音楽と女奴隷たち』
『世界の誕生日』
『失われた楽園』


『愛がケメルを迎えしとき』
--------
そこには凄まじいエネルギーがあった。白髪を振りみだし床も抜けよとばかりに足を踏み鳴らし、力強く朗々とした声で唱い、笑い声をあげた。彼らを眺めている年下のひとびとのほうが影のように生気がなかった。わたしは踊るひとたちを見て、なんであのひとたちは幸福なんだろうと思った。年老いているのではなかったか? ようやく自由になったといわんばかりのあの振る舞いはいったいどうして? それならケメルとはいったいどんなものなんだろう?
--------
Kindle版No.279

 長編『闇の左手』にも登場する惑星ゲセン。そこに住む人々は、性徴期「ケメル」がやってくる毎に性別が変わり、男女いずれになるかは制御できない。両性の完全な平等が確保されている社会で、しかし人々は必ずしもケメルを単純に賛美しているわけではながった。初めてのケメルを迎えようとする時期の語り手の心理を通じて、愛と性の割り切れない関係を官能的に描いた短篇。


『セグリの事情』
--------
わたしはスコドルに訊いた、なぜ聡明な男性が、せめて大学で学ぶことを許されないのかと。すると彼女はこう答えた。学ぶことは男性にはよくないことだ。それは男の名誉心を弱め、筋肉をたるませ、性的不能者にしてしまうと。「脳にいくものは、睾丸から引きだされていく」と彼女はいった。「男性を守るためには教育を受けさせないようにしなければならない」
--------
Kindle版No.828

 成人男性1名につき成人女性16名、極端な男女人口比の偏りが生み出した「男性があらゆる免除特権をもち、女性が権力をにぎるという社会」(Kindle版No.795)。様々な報告から惑星セグリのジェンダー規範と社会構造が明らかにされてゆく。『闇の左手』と並んでジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞を受賞したコミック『大奥』(よしながふみ)と比べてみると、そのような社会で男性に何をやらせるか/やらせないか、の相違が印象的です。


『求めぬ愛』
--------
「ぼくは彼を愛している」とハドリはいった。「彼を傷つけたくはない。もし逃げればぼくは卑怯者だ。彼に値するような人間になりたい」その四つの答えは、それぞれに別の意味をもつ答えだった。それぞれに、ひとつずつ、苦しそうに述べられた答えだった。
「求めぬ愛ね」女はそっけない、荒っぽいやさしさでいった。「ああ、それはつらいわね」
--------
Kindle版No.1780

 男女以外に別のジェンダーがあり、その組み合わせで4つの社会的性別が存在する惑星O。婚姻も4人で行う社会を舞台に、やや古めかしいラブロマンスが展開する。

 最初は混乱しますが、登場人物の心に寄り添ってゆくうちに、やがてOにおける婚姻制度がごく自然なものに思えてきます。ジェンダーというものは恣意的、人為的なもので、決して「自然な」ものではないことが浮き彫りに。ちなみに、作者は次のように述べています。

--------
Oの社会は、いまのわれわれの社会とはちがっているが、ジェイン・オースティンの時代の英国ほどにはちがっていない。おそらく、『源氏物語』の時代ともさほどちがっていないのではあるまいか。
--------
Kindle版No.96


『山のしきたり』
--------
「でもわたしはあんたが欲しい! あんたを、わたしの夫に、わたしの妻にしたい。男なんて欲しくない。あんたが欲しいのよ、あんただけが。人生のおわるときまで、だれもわたしたちのあいだには入れない、だれもわたしたちを分かつことはできない。アカル、考えて、ようく考えて。」
(中略)
「あたしは、女としてうまくやってこられなかった」とアカルはいった。「あなたに会うまでは。いまさら男なんかになれない! あたしがうまくやりこなせるわけがない、ぜったいだめ!」
「あんたは、男になるんじゃない、あんたはわたしのアカルになる、わたしの恋人に」
--------
Kindle版No.2231

 同じく惑星Oの婚姻制度「セドレツ」を背景としたラブロマンス。シャヘスとアカル、愛しあう二人が(他の男女と共に4名で)結婚するために、アカルが「男」に扮して、婚姻成立するまで相手の男にはそのことを隠しておくという驚くべき策略。果たして成功するだろうか。『求めぬ愛』と比べてラブコメ要素も強い楽しい短篇。


『孤独』
--------
 鍵はむろん、〈テケル〉という言葉だ。これはハイン語の〈魔法〉という言葉に訳せばぴったりする。自然の法則を破る技や力。あるひとたちがほんとうに、およそ人間関係なるものを不自然だと考えているという事実は、母には理解しがたいことだった。たとえば、結婚とか、政府とかいうものは、魔術師によってかけられた邪悪な呪いだと見ることもできる。母が属する民にとって、魔法は信じがたいものなのだ。
--------
Kindle版No.2719

 住民が孤立して住んでいる惑星ソロ11に調査に赴いた文化人類学者とその幼い娘。家族、絆、社交、といった概念を「人が人を支配するための魔法」として嫌悪するソロの文化のなかで育った娘は、彼女を「野蛮で退行した社会文化」から引き離して「文明化」しようとする母親に激しく反発する。文化ギャップから生ずる対立を詩情豊かにえがいた作品。


『古い音楽と女奴隷たち』
--------
「わたしは生まれながら所有されていた」と老女はいった。「わたしの娘たちも。だがこの子はちがう。この子は授かりもの。だれもこの子を所有することはできない」
(中略)
でもこの赤ん坊は、一連の注射で回復するはずの病気で死にかかっている。この子の病気、この子の死を甘受するのは誤りだ。周囲の情況や不運や不公平な社会や、宿命論的な宗教に欺かれてこの子の命が奪われるのを見過ごすのはまちがっている。奴隷たちの恐るべき忍耐心を育み助長する宗教、女たちになにもするなと教える宗教、この子をいたずらに死なせてしまう宗教に。
 自分は干渉すべきだ、なにかすべきだ。ではいったいなにができるのか?(中略)考えることをやめることができなかった。そこで考えた。自分ができることを考えた。なにも見つからなかった。彼は水のように弱く、赤ん坊のように無力だった。
--------
Kindle版No.3942、3984、4011

 何世代も続いた奴隷制度が社会基盤となっている惑星ウェレル。内戦に巻きこまれたエクーメンの駐在大使は拉致され、奴隷農場を擁する大邸宅に囚われてしまう。そこで知り合った人々との交流を通じて、彼は社会構造に組み込まれた奴隷制度について学び、考えることに。現実の世界でも、あからさまに、あるいは一見しただけではそうは見えない制度として存在している、奴隷制度を扱った作品。ちなみに、作者は次のように述べています。

--------
ある批評家は、奴隷制度をわざわざ書くに値する問題としているわたしを嘲笑した。彼が住んでいるのは、いったいどこの惑星かとわたしは不思議でならない。
--------
Kindle版No.126


『世界の誕生日』
--------
世界は死に、新しい世界が生まれた。その世界にあるものは、まったく新しいものなのかもしれない。あらゆるものが変わったのかもしれない。だから、どうやって見るのか、なにをなすべきなのか、どう話すのか知らないのは、神ではなく、わたしたちなのかもしれない。(中略)わたしたちの民を襲う苦難が見えた。世界が死ぬのが見えたが、新しい世界が生まれるのは見えなかった。男である神から、どんな世界が生まれよう? 男は子を産まぬものだ。
--------
Kindle版No.5122、5141

 インカ帝国をモデルとした神権政治により統治されている帝国は、周辺の「野蛮」な国々を「教化/救済」するために攻め滅ぼしては住民を奴隷化してゆく。権力争いによって帝国が危機に瀕したとき、次期統治者である娘は、世界を滅ぼし、新しい世界を迎える決断を下す。社会の大変革期を生きた一人の女性の人生をえがいた作品。


『失われた楽園』
--------
 二世紀の旅を経た中間世代にとっての存在理由とは、元気で生きているということ、船を順調に走らせること、船に新たな世代を供給すること。そうすれば船はその使命、彼らの使命、彼らがすべて肝要な存在であるという目的をまっとうすることができるのだ。地球生まれのゼロ世代にとって大きな意味をもっていた目的。発見、宇宙の探査。科学的な情報。知識。
 船という閉ざされた完全な世界で暮らし、死んでいくひとびとにとっては、無意味で、無益な、見当はずれの知識。
 彼らの知らないことをなんで知る必要があるのか?
 生活が船の内側にあることは知っている。光、温かさ、呼気、ひととの親密なまじわり。外側にはなにもないことは知っている。真空。死。静かな、即時の、完全な死。
--------
Kindle版No.6052

 世代宇宙船のなかにある社会。出発地である地球を見たこともなく、到着地である惑星を見ることもない「中間世代」の人々。次第に一部の人々はこう考えるようになる。この宇宙船こそが真の世界。私たちが生きる目的は、世界の終焉、すなわち宇宙船の「到着」を阻止し、世界の永続性を維持することではないか、と。

 差し迫ってはいなかったはずのこの潜在的対立が、突如、重大な政治問題に。永遠に安定しているはずの船内社会に留まるか、未知の惑星に降り立って苦難に立ち向かうか。人々は決断を迫られる。

 失楽園テーマの中篇ですが、何世紀もかけて他の恒星系まで航行する世代宇宙船の中で生まれて死んでゆく世代とその社会の描写が印象的で、SFにありがちな「宇宙船内の既得権を守ろうとする旧弊な人々 vs 新世界を開拓する勇気ある主人公たち(意識の高い僕たちSF読者)」みたいな幼稚な構図にならないところが、さすがル=グウィン。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:

『ぶたぶたの甘いもの』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]


--------
「え、あなたは……どなたなんですか?」
 言ってから、ものすごい失礼な質問だと思ったが、言ってしまったものは仕方ない。
「わたしは、ここの店主です」
「ここ……?」
「和菓子処しみずの店主で、山崎ぶたぶたと言います。和菓子を作っているのもわたしです」
--------
文庫版p.112

 大人気「ぶたぶた」シリーズ最新作。今回の山崎ぶたぶた氏は、和菓子処の店主。やきそば、お好み焼き、おでん、などふるまってくれますよ。あ、意外に甘くない。文庫版(光文社)出版は2015年12月です。


--------
 いや、狐か。狐が化けたぬいぐるみ?
 はっ、「狐」なんて呼び捨てしてしまった! お稲荷さまは厳しい神さまと聞く。「お狐さま」とお呼びしないと、バチが当たるかも!
 それにしても、どうしてわざわざぬいぐるみなんか化けたのかしら?
(中略)
 お狐さまがレジを叩いている。え、そこまでするの?
「またいらしてください」
 店先で、店員さんと一緒に頭を下げて見送ってくれた。
 その様子に一抹の不安を覚える。あまりにも普通すぎる。このぬいぐるみ……本当に狐?
--------
文庫版p.30、37


 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、心は普通の中年男。山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。「ぶたぶた」シリーズはそういうハートウォーミングな物語です。

 今回の舞台は、パワースポットとしても注目されている稲荷神社の近くにある和菓子処「しみず」というお店。店主は山崎ぶたぶた氏ですが、何せほら、稲荷神社のそばということで「しみずで和菓子作ってるのってお狐さまっていう噂」(文庫版p.20)などと都市伝説が流布していたり。

 春夏秋冬、四季折々の味をひとめぐりして、また春がやってくるまで、全五話収録の連作短篇集です。


『お狐さまと私』
--------
「むっ」
 頬張ったままうなってしまう。いつも食べている焼きそばと味が違う。ソースがとても香ばしい。
 柔らかめの麺にソースが絡んでいるだけの食べ物なのに、何これ!?
 唯一の具である揚げ玉と紅生姜を一緒に食べると、肉やキャベツは邪魔だったんじゃないか、と思えるくらい、味わい深い。これは、シンプル故の功績なのか。ソース自家製なのかなあ。
 箸が止まらず、一心不乱に食べ続けていたら、あっという間になくなってしまった。なんととても食べやすい。お腹がすいていたこともあるし、量も少なめだったからなんだろうけど、それにしても速すぎる。飲み物のようにスルスルすすりこんでしまったみたいだ。もうちょっと落ち着いて食べろあたし。
--------
文庫版p.28

 稲荷神社にお参りした帰り、「そうだ、ヤケ食いしよう」「おいしいものは正義なのだ」と思い立った語り手。和菓子処「しみず」という店に入って、お雑煮と、焼きそばと、おでんと、みたらし団子と、ゴマ団子と、あんみつを注文するのだった。あと、メニューにはかき氷もあるけど、どうしようかなあ。


『夏祭りの一日』
--------
 ボウルの中でキャベツとタネをがしがし混ぜている。あのふわふわな手で、どうしてそんなに速く力強く混ぜられるんだ。
 ざざっと鉄板にタネを開け、さらにヘラで混ぜて火を通している。あまり混ぜすぎるとポロポロになってしまうから、火の通る絶妙なタイミングでまとめているのだ。
(中略)
 甘辛いソースとキャベツのシャキシャキ感がたまらなかった。玉子はまだ半熟で、とろっと黄身が落ちそうになる。
 めちゃくちゃシンプルなのに、どうしてこんなにおいしいんだろう。中までしっかり火も通っているのに、ふんわりしている。
 団子を食べた時もそう思ったな。どうして冷たくなっても固くならないんだろうとか。やっぱりあのぬいぐるみが作っているのかな……。
--------
文庫版p.77

 町内会の夏祭りを手伝うことになった語り手。夜店でお好み焼きを作っているぬいぐるみさんが、いつも海苔団子を買っている和菓子処の店主だと知って驚くのだった。


『コーヒーを一緒に』
--------
「ああーー」
 思わず声が出た。
 ここの栗きんとんを食べると、幼い頃、裏山で採った栗をゆでて、熱いうちに剥いて食べたことを思い出す。小さな野生の栗だったが、自然な甘さで、ほくほくとしていて、とてもおいしかったのだ。冷えるとすぐに皮が剥きにくくなるので、包丁で半分に割ってスプーンで食べた。それもおいしかったけれど、あたたかいうちのものが一番で、とても贅沢な食べ方だった。独特な旨みがあったように思う。甘栗や欧米の高級な栗とはまったく違う味わいなのだ。
 この栗きんとんには、そんな野趣まで含めた和栗の味がそのままある。粒が粗く残っているのもいい。砂糖もおそらく、最低限なのだろう。変な甘みがない。その分、あまり日持ちがしないのかもしれない。
--------
文庫版p.105

 最愛の夫が急死してからというもの、泣き暮らしている語り手。二人の思い出の栗きんとんを探して、夫がよく通っていた和菓子処を訪ねてみる。そこの店主は、ピンクのぶたのぬいぐるみ。まあ、なんであの人、このことを隠していたのかしら。


『昨日と今日の間』
--------
 ぬいぐるみは大きな両手鍋の中でぐつぐつ煮えている三角こんにゃくの串を紙皿に載せ、味噌だれをかけた。おでんと言っても、こんにゃくだけなのか。しかも、味噌だれとは!
「はい、どうぞ。これも熱いですよ」
 甘酒でポカポカしてきたので、寒風にこんにゃくをさらして冷ます。
 ほどよい加減でかぶりつくと、なんだかなつかしい味がした。
 これは、地元の神社でよく食べたものじゃないか! しかも、それも確か「味噌おでん」と言っていた。今思い出した。
--------
文庫版p.147

 大晦日。帰省を前にして、ふと何かに嫌気が差した語り手。ふらふらと電車にのって知らない街にゆく。初詣の準備で賑やかな稲荷神社、そこでいきなり「お久しぶりです、山崎ぶたぶたです」と声をかけられて……。ぬいぐるみの知り合いはいないはず、だけど。


『春のお茶会』
--------
 静かだった。なんだかみんなが固唾をのんでいるようだった。後ろを向くとさらにびっくりした。いつの間にか見物人が増えている! 近所の人なのか、それともお詣りに来ている人なのか、とにかく人だかりができていた。
 ぶたぶたは、小さな容器の蓋を開け、どうやってつかんでいるのか、木のさじで抹茶をすくい、茶碗の中に入れた。柄杓で湯をすくい、茶碗の中に落とし、茶筅で泡立てるように混ぜた。
 茶道の用語は何も知らないので、見たままの判断したできないが、茶筅(これはなぜか知っている)にはふかふかの手が添えられているだけに見える。握っているようには思えないのだ。
 子どもたちもそう感じているのだろうか。誰一人騒がず(黙々とお菓子を食べているぶたぶたの娘さんを除いて)、ぶたぶたの手先を見つめ続けている。
--------
文庫版p.204

 娘をあずけている幼稚園で、稲荷神社が主催する野点茶会が開かれることに。
「本日お点前させていただく山崎ぶたぶたです」(文庫版p.197)
 友だちのお父さんはぬいぐるみなのでうらやましいと娘が言っていたが、まさか、まさか、本当だったなんて。お迎えの時間にぬいぐるみを抱えて一人で帰ってゆくのを見て可哀相だと思っていたけど、え、ぬいぐるみなのに娘? 和菓子屋の二代目店主? じゃ先代もぬいぐるみ? え、ぬいぐるみなのに茶道?


タグ:矢崎存美
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『『モブキャラ生徒Aが彩る高校青春グラフィティ』も3期に突入な件。』(そらしといろ) [読書(小説・詩)]


--------
主人公にはなれない
無数の
いとおしい生徒Aたち
「おはよー「おはー「おはざーっす
いくつもの声が
 いつもの声となって
  日々の隙間を埋めてゆく
--------
Kindle版No.31


 アラベスクは美味しそう、サクサクしてそう。池袋乙女ロード系詩人が食パンくわえてダッシュする青春詩集。Kindle版(マイナビ出版)配信は2015年11月です。


--------
あの角を曲がったら
一切れのトーストを口にくわえた
女の子とぶつかって
教室で転校生だと紹介された目と
目があって始まる恋
--------
Kindle版No.155


--------
1学期の期末テスト週間の
自習授業中に貧血で倒れた君を
保健委員の俺が
合法的に保健室へと運び込めば
都合よくいない保健の先生
--------
Kindle版No.158


 書名だけ見るとまるでラノベみたいですが、実は青春詩集です。はじけるような若さと勢い。これがもう、詩のタイトルからして。


--------
【2月6日】
膝下15センチのスカートの奥に装備されたガーターベルトを取り締まる校則はさすがになかった。
--------
Kindle版No.43


--------
【4月3日】
「これが先生にとって不正解でも僕にとっては正解なんですが、留年はしたくないので補習は受けてあげますよ?」
--------
Kindle版No.142


--------
【5月1日】
柱がなくても空は落ちてこないから大丈夫だって真顔で言う委員長、嫌いじゃないよ。
--------
Kindle版No.181


--------
【5月15日】
戦隊ヒーローのグリーンの微妙な立ち位置の似合う人がクラスメイトの大半ではある。
--------
Kindle版No.190


 描かれるのは、非現実的なまでにリアルな学校生活。青春好き勝手、駆け抜ける乙女ロード。


--------
「手のひらを合わせたまま両腕を頭上にあげて、はいミナレット!」
「ていうか、ベルベル人ってなんか可愛いよね、響きが。」
スピーカーから呼び出しのベルの後に呼ばれたのは、声が素敵な世界史の先生

「合わせた手のひらを離して勢いよく机におろして、はい錬金術!」
「そんで、アラベスクは美味しそう、サクサクしてそう。」
コンビニで買ってきた兵糧としてのクッキーは、一袋百円のやさしい歯ごたえ

放課後の教室に建設した、理想的なテスト勉強の空間
からだを使って覚える世界史、好評開催中
--------
Kindle版No.96


--------
「右手を斜め上に「うん
「左手を斜め下に「こうかな
「右足で体重を支え「ってことは
「左足は斜め後方に上げる「なるほど!

つぶやきながらバランスが失われ
崩壊してゆくこれがアラベスク
私たちの中ではこれがいい

なんでもないことがたのしくておかしい
アラブの世界からオペラ座を経由して母国の教室へ帰還して

「世界史の先生にこれもアラベスクだってことを教えたいね!」
って、言ったあとには廊下を駆けている
私たち、どこへでも接続可能だ
--------
Kindle版No.105


--------
   (帰宅部だから知り合いの先輩はいないけど、
   卒業おめでとうございます帰宅部の先輩方。)
--------
Kindle版No.68


 少年マンガを小説にしたらラノベ、だとしたら、少女マンガを詩にしたらラポエ、なのかも知れません。うん。めっちゃ好き。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:

『ある晴れた日に』(勅使川原三郎、佐東利穂子、鰐川枝里、加藤梨花) [ダンス]


--------
雨が降りつづける街 雨が降りつづける身体 ずぶ濡れの世界
   いつ止むでもない雨 世界は重心をより低くした
創作を準備しているとガルシア マルケスの長雨の物語に出会った
   これこそ私が身体の外と内に降る雨ではないか
     湿気を帯びた静かな衝撃は幻と化した
       雨は私たちに降りつづける
--------
勅使川原三郎


 2015年12月6日は、夫婦でシアターXに行って勅使川原三郎さんの新作公演を鑑賞しました。ガルシア・マルケスの『マコンドに降る雨を見たイサベルの告白』にもとづいたダンス公演です。

 原作は、ひたすら続く長雨がもたらす倦怠感と絶望感、それらがやがて終末感や宗教的啓示へと展開してゆく幻想的な短篇。テキストを佐東利穂子さんが朗読(録音)し、そこに効果音(主に雨音)や音楽が重ねられます。


--------
――そして、涼しい風がドアを揺さぶり、錠前の金具をきしませたその瞬間、熟した果物のような固い物体が、中庭の池に落ちていきました。空中で何かが、目に見えない人物が現れたことを告げたのです。その人は薄闇の中で微笑んでいました。
--------
『マコンドに降る雨を見たイサベルの告白』(ガルシア・マルケス)より


 イサベル役は佐東利穂子さんで、最初から最後までほとんどずっと舞台上にいて踊ってくれます。この世のものではないような、幻想的、というより幻覚的なダンス。実体があるのか不安になるほどの、なめらかさ、しなやかさ、残像感。

 ほとんど舞台道具を使わず(ただし、犬人形はインパクト大でした)、長雨で浸水した薄暗い家の中や、イザベルの幻視を、照明効果だけで見事に表現します。いつものことながら勅使川原さんの照明は素晴らしい。

 その勅使川原さんは今回サポート担当に回ったらしく、踊っている佐東利穂子さんの背後で人形を動かしたり人間を動かしたり亡霊のように立っていたり暗闇の中から何やら只事でない気配を放ってみたり。ラスト近くで長めのソロダンスが入りますが、身の毛がよだつような感動を覚えました。


[キャスト等]

構成・演出・振付・照明・衣装・選曲: 勅使川原三郎
朗読: 佐東利穂子
出演: 勅使川原三郎、佐東利穂子、鰐川枝里、加藤梨花


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇