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『放射光が解き明かす驚異のナノ世界 魔法の光が拓く物質世界の可能性』(日本放射光学会:編) [読書(サイエンス)]


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最先端の物質科学や生命科学、そしてナノテクノロジー(ナノテク)において、新物質の様子を正確に調べることはとても重要で、ナノの世界を見ることは新しいナノの構造を作り出すことに匹敵するといっても過言ではありません。
(中略)
放射光は多くの科学や技術にとって基盤となるツールであり、いかに有効活用するかが明暗を分けます。現在世界中には50を超える放射光施設があり、そのうち日本には9つの施設があります。周辺諸国ではオーストラリア、中国で最先端の放射光施設が稼働しており、台湾と韓国にも同規模の放射光施設が続々と建設中です。
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Kindle版No.14、22

 原子サイズの微細構造を照らし出す「魔法の光」。強力なX線を小さく絞り込むことが出来る高輝度な放射光、その原理から応用まで幅広く紹介する一冊。ブルーバックス新書版(講談社)出版は2011年9月、Kindle版配信は2015年11月です。


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 材料科学、生命科学、医学、地球科学、環境科学、エネルギー科学など、様々な物質を対象とする研究の分野では、高輝度な光がなくてはなりません。なぜなら、これらの研究では、ごく微量しか存在しない物質や物質のごく小さい部分だけの性質を、なるべく詳しく調べたいからです。そのためには、小さな領域に、高輝度な光を照射することで、物質に光を照射したときの応答(屈折、散乱、回折、吸収、発光など)を精密に測定することが欠かせません。このような実験によって初めて、その試料の性質を明らかにすることができるのです。
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Kindle版No.162


 微量な試料、微少な構造を見ることが出来る放射光。ナノテクノロジーから考古学まで、その応用分野は大きく広がっています。制御する、作り出す、そのためにはまず対象を「見る」ことが必要で、今や私たちは原子レベルの構造や現象を「見る」ことが出来るところまで来ているといいます。この驚くべき技術を一般向けに詳しく紹介してくれるのが本書。全体は9つの章から構成されています。


第1章 放射光の正体
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可視光よりさらに波長の短い、真空紫外光からX線領域では、光が物質でほとんど吸収されてしまったり、もしくは逆に、光が物質をまっすぐに透過してしまったりすることから、レーザー光源の製作が極めて困難です。このため、真空紫外光からX線領域では、放射光がほぼ唯一の高輝度光源として、これまで様々な基礎研究や応用研究に役立ってきました。
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Kindle版No.187

 第1章では、光に関する基礎知識から始まって、放射光の特徴、発生原理、放射光施設、そして放射光を利用した測定方法(散乱、回折、吸収、蛍光、光電子、イメージング、非弾性散乱)が紹介されます。まずは基礎をきちんと。


第2章 生命の不思議に迫る放射光
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強力なX線を小さく絞ることのできる高輝度な放射光の出現により、より短時間で、より小さな結晶を使ってより大きなタンパク質の構造解析が可能になりました。そのおかげで、タンパク質の立体構造解析が飛躍的に進み、より複雑で、生物学的に非常に重要なタンパク質の立体構造とその働きが次々と明らかになっています。
 放射光を使えば、何ヵ月もかかっていた測定を、10分程度の測定時間で行えるのです。
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Kindle版No.454

 第2章では、様々なタンパク質の立体構造解析に放射光がどのように使われているのかを紹介し、さらに微細血管やガン細胞などのイメージング技術についても紹介されます。個人的には、放射光を使うことでタンパク質の「動き」を動画で鮮明にとらえることが可能、というのに驚きました。


第3章 ナノテクを支える放射光
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「百聞は一見に如かず」ということわざがありますが、眼には見えない小さな分子が、別の分子に変わってゆく、化学反応の過程を直接見ることができれば、複雑なマジックの種明かしができるはずです。その情報を基にして、これまでにない化学反応を設計して、新しい化合物を思い通りに作ることができるようになったらすごいですね。
(中略)
そこで、結晶の中で化学反応が進むように化学反応自体を設計してしまうのです。まず化学反応が起こる前の分子を使って結晶を作製し、そのミクロな構造を調べておきます。そして、この結晶中の分子と反応する別の分子をうまく浸み込ませ、化学反応を進行させれば、その進行の様子をX線結晶構造解析で直接的に観測することができるのです。
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Kindle版No.1253、1260

 第3章では、LSI(大規模集積回路)、光ディスク、磁気ディスクなどの情報処理デバイスから始まり、フラーレン、配位高分子、そして放射光リソグラフィによる微細立体部品の加工技術などが紹介されます。


第4章 エネルギー問題に挑む放射光
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世界中で多くの物質科学研究者が室温超伝導体発見を目指しています。
 放射光は、この発見のために非常に有力な手段となります。物質の性質は、元をただせば全て電子の性質で決まっています。この電子を直接見ることができるのが放射光です。放射光源からの様々なエネルギーの光を利用すれば、電子の持っているエネルギーや運動量、磁性状態、電子同士をくっつける格子振動の詳細な様子を原子レベル、電子レベルで観察することができます。放射光によって超伝導の新規な発現機構の解明がなされ、それを新しい設計指針として室温超伝導体を生成することが期待されています。
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Kindle版No.1481

 第4章では、高温超伝導から始まって、人工光合成、ネオジム磁石、金のナノ 粒子など、エネルギー問題の解決策として期待される技術開発に放射光がどのように利用されているかが紹介されます。個人的には、金のナノ粒子が高い触媒活性や強磁性を持つ、という発見に驚きました。


第5章 生活を支える放射光
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軟X線と呼ばれるX線の一種を使って水分子の中の電子を調べた面白い結果が報告されました。スナップショットで撮ると、液体の水の中に水素結合のつながり方が異なる2種類の成分が存在するというのです。さらに液体の水のX線小角散乱で、水の中の2成分の存在を示唆する1ナノメートル(1メートルの10億分の1)程度の大きさの「密度のムラ」があることが示されました。
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Kindle版No.1611

 第5章では、「水の構造」の発見から始まって、エタノール(アルコール)、髪の毛、ゴムなど、身近にある素材の分子レベル微細構造を明らかにしてゆく放射光の威力が紹介されます。個人的には、液体中の水分子がナノメートルサイズの微細構造を作っているらしい、という話に驚きました。


第6章 地球と宇宙の不思議に迫る放射光
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高温高圧実験では、超高圧装置内の容器に実験試料を封入するため、外から試料の様子を見ることができません。そこで直接見る代わりに試料容器を突き抜けることのできる超強力X線を使って調べます。大型放射光実験施設では、超強力X線を使った高温高圧実験によって、さらに深い地球内部の探索が行われています。
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Kindle版No.1815

 第6章では、地球や他天体の内部構造などを研究する際に放射光がどのように活用されているかが紹介されます。


第7章 歴史を覗く放射光
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近年注目を集めているのが、放射光考古学と呼ばれる分野です。放射光を遺物に照射して過去の情報を遺物から読み出すことを意味します。もちろん、放射光を使うと古代文字が読めるようになるという話ではありません。物質の中には文字のような過去の情報が刻まれていて、それを分析することによって解読することができるのです。その情報は、微量元素だったり、結晶の構造だったりします。
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Kindle版No.1959

 第7章では、微量試料の年代測定や物質史の解析など、放射光の考古学への応用が紹介されます。個人的には、放射光蛍光X線分析により、三角縁神獣鏡(卑弥呼の鏡)がどこで製造されたのかが解明された、というのに驚きました。


第8章 安全・環境を支える放射光
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いまでは放射光は、科学捜査手段として種々の極微量成分の分析などに積極的に利用されています。(中略)放射光を用いれば、押収した覚醒剤やMDMAなどに含まれる極微量成分がわかり、密造方法や密輸ルートなどを解明するための重要な情報を得ることができます。
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Kindle版No.2048

 第8章では、和歌山カレー毒物混入事件から始まり、麻薬ルート解明、偽札鑑定、黄砂の発生地点の特定など、捜査における放射光の活用が紹介されます。さらに、インテリジェント触媒、希少元素を使わない燃料電池触媒、サイズが微妙に違う分子をふるい分ける技術など環境問題の解決策として期待される技術開発に放射光がどのように利用されているかが紹介されます。個人的には、大気から二酸化炭素だけを物理的に「ふるい分ける」ことが可能、というのに驚きました。


第9章 世界を変えるX線レーザー
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 X線自由電子レーザーを実現させるという壮大な夢に向かって、日本、ヨーロッパ、アメリカの間で研究競争が続いています。(中略)様々な工夫により、スプリング・エイトの10億倍もの明るさのX線レーザーを発振させるのです。
(中略)
 X線自由電子レーザーの発光時間は実際どれぐらい短いのでしょうか。X線自由電子レーザーの発光時間(パルス幅)は、10フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)で、これは従来の放射光と比べて3桁以上も短縮されています。この時間は、物質中で原子が振動する時間よりも短いため、あたかもスナップショットを撮影するように、原子を「止めた」状態で観察することができます。また、既存のレーザーは波長が長いため空間分解能に制約がありましたが、X線自由電子レーザーでは、X線の波長が原子間の距離と同じぐらいのサイズであるため、原子の位置まで識別することができます。
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Kindle版No.2319、2334、2347

 第9章では、従来の放射光をはるかにしのぐX線自由電子レーザーの研究状況と期待が紹介されます。微細な構造や現象を「見る」人類の技術は、ついに「究極の光」の実用化まであと少しというところまで到達しています。大いなる感慨を覚えます。



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