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『エンジェルメイカー』(ニック・ハーカウェイ、黒原敏行:翻訳) [読書(SF)]


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 〈理解機関〉は、正しく較正されないと人間の意識をあまりにも多量の知識にさらしてしまう。そしてその意識が今度は世界を決定してしまうのよ。宇宙の基調を完全に知覚すると、不確定なものがなくなり、選択の余地がなくなる。選択の余地がなければ、意識というものはなくなる。不確実でない未来は未来ではない。ある点を超えると、このプロセスが自分で自分を永続化することも起こりうる。可能なことは存在しなくなり……不変の歴史が後釜にすわる。水が消えて氷ばかりになる。こうしてニュートン的世界が完成するのよ。時計じかけの世界が。
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Kindle版No.9465


 時計職人のジョーが何気なく作動させてしまった謎めいた装置、アプリヘンション・エンジン=〈理解機関〉。コードネーム「エンジェルメイカー」。それは量子宇宙を消し去る最終兵器だった。ロンドン上空はアピス・メカニカ、機械仕掛けの蜜蜂の群れに覆われ、宇宙の終焉が迫るなか、ジョーと仲間たちは一世一代の大仕事に挑む。英国で最も堅固に守られた要塞から、奪われたエンジェルメイカーを盗み出せ!

 スチームパンク風バカSF、アクションスパイやりすぎコメディ、古き良き冒険活劇、スーパーヒーロー誕生オリジンストーリー、お宝ゲットを狙うクライムサスペンス。どれか一つ、せめて二つくらいに絞ったほうが、そんな分別も助言もてんで無視して全部ぶち込んでしまった痛快無分別暴走エンターティメント大作。新書版(早川書房)出版は2015年6月、Kindle版配信は2015年6月です。


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おれは骨董品を商う人間だ。人を驚かすようなことなんてできない。最近ひとりぼっちになったばかりで、もうすぐ人口統計の年齢区分“25歳~34歳”を永久に離脱してしまう。いまとは違う昔のやり方で焼いたチェルシーバン(菓子パンの一種)が好きで、こちらを面白い男だと思ってくれない痩せっぽちで安物の服ばかり着てすぐ怒る女の子に恋をする癖がある。
 おれは祖父ちゃんみたいにゼンマイのネジを巻く。
 そして父のようにはなるまいと思っている。
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Kindle版No.570


 ギャングの大物の息子として生まれた気弱で内向的なジョー。彼は犯罪者への道を避け、祖父の仕事を継いで時計職人となって一人静かに暮らしている。そんな彼が修理を依頼された謎めいた装置。


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その品物は――なんというか、どうとらえていいかわからない風変わりなもので、何をするものかわからない。それでおまえのことを思い出したわけなんだが……たぶんこういうふうに言っても大きく間違ってないと思いつつも、同時にそれじゃすべてを語っていないと言わざるをえない……それはほんとに変てこなものなんだ。
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Kindle版No.819


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「関わりになるのはよしなさい。逃げなさい。(中略)どう言ったらいいかしら。古代エジプトの王家の墓みたいなものなのよ。近づきすぎたために人が死んだ長い歴史があるというか」
「何に近づきすぎたの」
「たぶんそれを知ったら死ぬことになるんじゃないかな」
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Kindle版No.737、759


 装置の故障を修理し、それを作動させてしまうジョー。たちまち現れて複雑なダンス、というか演算、を開始する機械蜜蜂の群れ。


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「あの巣箱はたんなる時計じかけの玩具じゃない。高度な科学のめちゃくちゃ複雑な産物だ。その原理は、たとえ知っている人でも理解できず、理解できる人は知ることが許されない。(中略)われわれはそれが作動しはじめたいま、何が起こるのかと思うと気がかりでならない。だからあんたに訊かなければならない。どうやったらスイッチを切れるんだ」
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Kindle版No.3754


 装置は謎の敵に奪われ、ジョーは国家すら手が出せない強力な陰謀組織に追われることに。何しろ彼が作動させた、そして彼のみがスイッチを切れる、その装置の正体は、最終兵器だったのだから。


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依頼主から製作を頼まれたのは“戦争を永久になくす装置”でした。まあ、普通そういうのは表向きの名前ですよね。より強力な兵器の。
 しかし彼女はいま顧客の依頼を文字どおりに受けとめようとしています。いま開発中の装置がそういうものになると信じているのです。彼女はそれを〈アプリヘンション・エンジン〉と呼んでいます
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Kindle版No.3226


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それを封印して、しまっておいて。誰にも見せてはいけない。それは死だから。わたしが登場するまでは誰も経験したことがなかったような死だから。運命による死、結晶化による死、必然性による死。わたしはみんなの魂を殺して肉体を生かしておいた。人類の歴史上、彼らほど死んでいる人たちはいなかった。
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Kindle版No.7406


 世界中の都市を覆い始めるアピス・メカニカ、機械仕掛けの蜜蜂の群れ。膨大な演算が宇宙の物理基盤を変化させてゆく。観測によらず全てを理解する力、それは量子的不確定性を消し去り、すべての確率波を収束させ、何もかもが古典物理学的決定論宇宙に飲みこまれてゆく。自由意志も、魂も、意味も、すべて失われた機械仕掛けのクロックワーク宇宙が顕現する。


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核保有国は、もしどこかの国が〈理解機関〉を自分たちの国に使用したら――ところでどの国も〈理解機関〉を大量破壊兵器と呼びはじめているが――核で報復すると互いに宣言しあっている。この状況はたぶんまだ序の口で、これから〈理解機関〉が本格的に作動しだすんだろう。
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Kindle版No.8784


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「事態はどんどん大ごとになっていく」
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Kindle版No.6596


 次々と消される仲間たち。残虐非道な敵の仕打ちによって精神を破壊される寸前まで追いつめられたジョー。


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 おれの生涯の物語。文句を言うな。目立つまねはするな。金はさっと払い、注文どおりに仕事して、ルールを守れ。悪さはするな。言われたとおりにしろ。そうすれば大丈夫だ。
 おれはそうしてき たけど、大丈夫じゃない。
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Kindle版No.9140


 絶望の底で、彼の心の奥底に隠されていたものが、電撃のように突き上げてくる。新たなパワー、そして新たなスーパーヒーローが、覚醒する。


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 それは、憤怒だった。
 憤怒は赤い噴煙のようでも、雷雨のようでもなかった。たとえて言えば肩から重荷がとれたような感じ。あるいは世界の彼方から澄んだ光が射してきたような感じだった。
 そうか。そう来るのか。
 それなら、きさまこそくたばれ。
(中略)
世界の不正に対する怒りの深い井戸からまっすぐ噴きあげるような行動だった。怒りはまた冷淡な母親、気楽すぎた父親、祖父を捨てたフランキー、ふがいなさすぎた祖父にも向けられていた。ジョーは抑制する必要を認めなかった。いまの彼は戦闘機械であり怪物だったが、さらに言えば、戦っているのではなかった。壊れたものを修理しているのだった。
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Kindle版No.9035、9072


 現役を引退していたロンドン中の伝説的犯罪者を束ね、捨て身の戦いに挑むジョー。量子宇宙の終焉まであと一時間。英国史上最大の犯罪計画がついにスタートする。


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「宇宙が殺されかけてるのか」
「たぶん」
「地球だけじゃなくて? いや地球だけでも大ごとだが」
「まずは地球からだ。その上のすべてといっしょに」
(中略)
「ああくそ、ジョー。おまえ二十年ぶりに顔出したと思ったら、宇宙を救いたいってか」
「おれはスポーク家の人間だ。小さいことはやらない」
「ああ。まあそうなんだろうな」
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Kindle版No.9785、9800


 というわけで、ジャンルミックスというか何というか、スチームパンク風バカSF+アクションスパイやりすぎコメディ+古き良き一大冒険活劇+スーパーヒーロー誕生オリジンストーリー+お宝ゲットを狙うクライムサスペンス、という感じの、無分別にもほどがある暴走っぷり長編。

 ミステリとしては目茶苦茶だし、SFとしても荒唐無稽すぎ、冒険小説としては古めかしすぎ、スパイアクションとしてはやりすぎ。でも、驚くべきことに、破綻しないまま最後まで突っ走り続けます。まあ最後は脱線して大爆発しますけど。

 しかも、これが、圧倒的に面白い。いや、本当です。細かいこと抜きにしていうと、古きよき波瀾万丈荒唐無稽な冒険小説が好きな読者なら、きっと狂喜乱舞。いや、本当です。



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