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『ぼくらの哀しき超兵器 軍事と科学の夢のあと』(植木不等式) [読書(教養)]


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 人間は夢を見る。絶望の中で、閉塞の中で、プライドの中で、合理の中で、非合理の中で、その他あらゆる状況の中で。そして、「生きる」というその闇雲な本能が、現実の中に理念を持ち込むとき、ときおりぽつんと、奇想を生み出す。
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「序 ロッパとシュペーアと高周波爆弾」より


 出現すればたちまち勝利へ。敵をなぎはらう光線兵器、タイタニック号より強い氷の不沈空母、極秘の超能力研究、気象兵器、地震兵器、動物兵器、さらには同性愛爆弾、ヒトラー女体化計画、幻の日本製原爆まで。戦争の趨勢を一発でキメる「超兵器」。ヒトが真剣に取り組んだ奇想の数々と、それに期待する他ない戦争という現実。面白うて、やがて哀しき超兵器。単行本(岩波書店)出版は2015年8月です。


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兵器や戦争についての在来型の思考を踏み倒して、フリーダムにもほどがあるアイデアで戦ったり夢想したりした事例集である。現代の兵器開発が科学と密接にかかわるため、多くの話題には科学者も登場する。これらは軍事と科学のダメなマリアージュを拾い上げた珍談奇談集と言ってよいかもしれない。
(中略)
超兵器は、あとから眺めるといかに阿呆に見えても、常識の束縛を断ち切ってイマジネーションの限界に挑む試みであり、ヒトの構想力が最大限発揮されてきた分野である。たいていは現実に裏切られるとはいえ、しかしそれゆえに、そこにかかわった科学技術、および科学者・技術者・政治家の動作を、特殊であるがゆえに純粋なかたちでのケーススタディとして、岡目八目で眺める機会を私たちに与えてくれる。
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単行本p.253、254


 「超兵器」にまつわるエピソードを集めた一冊です。今の目で見ると脱力する他はない奇想と、その背後にある絶望や閉塞が、鮮やかに対比されます。


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これからまだ、何十万ものヒトが死ななくてはならない。でも……。絶望的な戦況の中で、空襲に追われながら、少なからぬ人々がなお挽回の希望を抱いていた。その希望は、ひとつの形をとるーー超兵器、あるいはすべての桎梏を薙ぎ払う起死回生の理念(イデア)。(中略)破れかぶれの帝国が繰り出していた現実の新兵器は、無力で、無惨だった。(中略)1944年11月に運用が開始された風船爆弾は、1万発弱が太平洋岸から放球され、ジェット気流に乗って一路米国を目指した。戦果はなかった。オレゴン州で、遠足中の子供5人と引率の女性1人の命を奪っただけだった。
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「序 ロッパとシュペーアと高周波爆弾」より


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人々はヴンダーヴァッフェンという言葉を胸に刻み込んだ。
 出現すればたちまち勝利へ。それは一種の弥勒信仰にも似ていた。そして弥勒は遅刻した。超兵器はなかなか登場しなかった。ドイツ軍は後退を重ね、米英軍の空爆は都市を焼き、ドイツ本土すら生存圏から逸脱し始めた。(中略)
 V-1は戦況の転換には全く役に立たなかった。V-2も同じだった。かわりに、超兵器という〈表象〉だけが、人心に巣食い、避けられぬ破局から束の間の逃避をさせてくれる役割を果たした。
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「序 ロッパとシュペーアと高周波爆弾」より


 全体は3つの章から構成されています。


「第1章 死に物狂い」
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 反乱側に立ったある部族長は獅子吼した。「これは戦争ではない。なぜなら私たちは死ぬことがなく、ただ殺すだけだからだ」。
 死をも怖れぬのではなく、そもそも死なないと信じ込んだ軍勢の強さといったらなかった。各地で村々が陥落していった。
(中略)
あとには廃墟が残った。この戦争での白人の死者は15人。一方でタンガニーカ南部の地元民の死者は、一説に25万~30万人といわれる。
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単行本p.7、9

 マジマジ戦争における「魔法の水」、19世紀の朝鮮が開発に取り組んだ航空兵器「鶴羽船」、義和団の乱におけるスーパーパワー「義和拳」と戦闘美少女グループ「紅燈照」など。侵略者たる欧米の圧倒的な軍事テクノロジーを土着文化と精神力でくつがえすべく登場したオカルト的超兵器の数々。


「第2章 気の迷い」
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 1942年暮れ、「安上がりに不沈空母を量産するアイデアがあります」という耳寄りな話が英軍の特殊作戦を指揮するマウントバッテン卿から報告されたとき、チャーチルは一も二もなく飛びついた。
(中略)
 着想者の命名に従い「ハバクク」と呼ばれたこの空母の開発は、ほどなく英国そして米カナダ両政府を巻き込んだ戦時計画のひとつとなった。提案されたモデルのうち最大のものは全長600m、全幅100m、排水量220万t。全長269mのタイタニックがかすんでしまうほどの氷の巨艦だった。
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単行本p.83

 ヒトラー女体化、カストロ脱毛など、CIAが繰り出した恐るべき謀略の数々。月面で核爆発を起こしてソ連をびびらせる計画。安くて沈まない氷の空母を開発する計画。気象を操って敵軍を壊滅させる気象兵器。イヌ地雷、ネコ機雷、ハトミサイル、コウモリ爆弾。さらには敵兵をゲイ化する同性愛爆弾(2007年イグノーベル平和賞を受賞)まで。自軍の損害なく戦争に勝ちたい、という切ない夢想を背負った超兵器開発計画の数々。


「第3章 幻と夢」
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まじめな超心理学者たちからの受けは芳しくなかったが、ベトナム戦争にうんざりしたフラワーチルドレンでイージーライダーで文明も科学も大転回する「水瓶座(アクエリアス)の時代」に期待する米国のナウでヤングなベビーブーマー世代によく読まれた。余談だが、ピラミッド型の構造が未知のエネルギーを生み出すという「ピラミッド・パワー」なる言葉は、同書が初めて使ったものである。
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単行本p.158

 チリのコンピュータネットワーク計画。冷戦下における超能力の軍事利用研究。今なお陰謀論の世界で活躍している地震兵器。猿人創造計画。日本軍が秘かに開発していたという原子爆弾(ゲンザイバクダン)。そして「邪悪な兵器の眷属として構想され、構想をばりばり裏切られつつ、でもやっぱりそれで押し寄せる敵をなぎはらえたらいいな、という期待を糧にして今もなお人気を誇る超兵器界の未完の超大型アイドル」(単行本p.177)殺人光線。こんなこといいな、できたらいいな、あんなゆめ、こんなゆめ、いっぱいあるけど、誰もかなえてくれない、哀しき超兵器の数々。


 というわけで、トンデモ兵器を面白がるもよし、奇想をめぐる歴史面白エピソード集として楽しむもよし、戦争の愚かさをかみしめるもよし。しかしながら、ふざけた本ではありません。どれほど著者が真摯に平和を望んでいるか、次に引用する「著者からのメッセージ」を読めば心に染みるはずです。


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諸君、私は戦争が嫌いだ。諸君、私はこの地上で行われるありとあらゆる戦争行動が大嫌いだ。私は平和を、糞の様な平和を望んでいる。君達は一体何を望んでいる? 三千世界の鳩を殺す朝寝の様な平和を望むか? よろしい、ならば平和(フリーデン)だ。
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「著者からのメッセージ」より


 大丈夫か、岩波現代全書。


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