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『ぶたぶたの甘いもの』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]


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「え、あなたは……どなたなんですか?」
 言ってから、ものすごい失礼な質問だと思ったが、言ってしまったものは仕方ない。
「わたしは、ここの店主です」
「ここ……?」
「和菓子処しみずの店主で、山崎ぶたぶたと言います。和菓子を作っているのもわたしです」
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文庫版p.112

 大人気「ぶたぶた」シリーズ最新作。今回の山崎ぶたぶた氏は、和菓子処の店主。やきそば、お好み焼き、おでん、などふるまってくれますよ。あ、意外に甘くない。文庫版(光文社)出版は2015年12月です。


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 いや、狐か。狐が化けたぬいぐるみ?
 はっ、「狐」なんて呼び捨てしてしまった! お稲荷さまは厳しい神さまと聞く。「お狐さま」とお呼びしないと、バチが当たるかも!
 それにしても、どうしてわざわざぬいぐるみなんか化けたのかしら?
(中略)
 お狐さまがレジを叩いている。え、そこまでするの?
「またいらしてください」
 店先で、店員さんと一緒に頭を下げて見送ってくれた。
 その様子に一抹の不安を覚える。あまりにも普通すぎる。このぬいぐるみ……本当に狐?
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文庫版p.30、37


 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、心は普通の中年男。山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。「ぶたぶた」シリーズはそういうハートウォーミングな物語です。

 今回の舞台は、パワースポットとしても注目されている稲荷神社の近くにある和菓子処「しみず」というお店。店主は山崎ぶたぶた氏ですが、何せほら、稲荷神社のそばということで「しみずで和菓子作ってるのってお狐さまっていう噂」(文庫版p.20)などと都市伝説が流布していたり。

 春夏秋冬、四季折々の味をひとめぐりして、また春がやってくるまで、全五話収録の連作短篇集です。


『お狐さまと私』
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「むっ」
 頬張ったままうなってしまう。いつも食べている焼きそばと味が違う。ソースがとても香ばしい。
 柔らかめの麺にソースが絡んでいるだけの食べ物なのに、何これ!?
 唯一の具である揚げ玉と紅生姜を一緒に食べると、肉やキャベツは邪魔だったんじゃないか、と思えるくらい、味わい深い。これは、シンプル故の功績なのか。ソース自家製なのかなあ。
 箸が止まらず、一心不乱に食べ続けていたら、あっという間になくなってしまった。なんととても食べやすい。お腹がすいていたこともあるし、量も少なめだったからなんだろうけど、それにしても速すぎる。飲み物のようにスルスルすすりこんでしまったみたいだ。もうちょっと落ち着いて食べろあたし。
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文庫版p.28

 稲荷神社にお参りした帰り、「そうだ、ヤケ食いしよう」「おいしいものは正義なのだ」と思い立った語り手。和菓子処「しみず」という店に入って、お雑煮と、焼きそばと、おでんと、みたらし団子と、ゴマ団子と、あんみつを注文するのだった。あと、メニューにはかき氷もあるけど、どうしようかなあ。


『夏祭りの一日』
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 ボウルの中でキャベツとタネをがしがし混ぜている。あのふわふわな手で、どうしてそんなに速く力強く混ぜられるんだ。
 ざざっと鉄板にタネを開け、さらにヘラで混ぜて火を通している。あまり混ぜすぎるとポロポロになってしまうから、火の通る絶妙なタイミングでまとめているのだ。
(中略)
 甘辛いソースとキャベツのシャキシャキ感がたまらなかった。玉子はまだ半熟で、とろっと黄身が落ちそうになる。
 めちゃくちゃシンプルなのに、どうしてこんなにおいしいんだろう。中までしっかり火も通っているのに、ふんわりしている。
 団子を食べた時もそう思ったな。どうして冷たくなっても固くならないんだろうとか。やっぱりあのぬいぐるみが作っているのかな……。
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文庫版p.77

 町内会の夏祭りを手伝うことになった語り手。夜店でお好み焼きを作っているぬいぐるみさんが、いつも海苔団子を買っている和菓子処の店主だと知って驚くのだった。


『コーヒーを一緒に』
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「ああーー」
 思わず声が出た。
 ここの栗きんとんを食べると、幼い頃、裏山で採った栗をゆでて、熱いうちに剥いて食べたことを思い出す。小さな野生の栗だったが、自然な甘さで、ほくほくとしていて、とてもおいしかったのだ。冷えるとすぐに皮が剥きにくくなるので、包丁で半分に割ってスプーンで食べた。それもおいしかったけれど、あたたかいうちのものが一番で、とても贅沢な食べ方だった。独特な旨みがあったように思う。甘栗や欧米の高級な栗とはまったく違う味わいなのだ。
 この栗きんとんには、そんな野趣まで含めた和栗の味がそのままある。粒が粗く残っているのもいい。砂糖もおそらく、最低限なのだろう。変な甘みがない。その分、あまり日持ちがしないのかもしれない。
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文庫版p.105

 最愛の夫が急死してからというもの、泣き暮らしている語り手。二人の思い出の栗きんとんを探して、夫がよく通っていた和菓子処を訪ねてみる。そこの店主は、ピンクのぶたのぬいぐるみ。まあ、なんであの人、このことを隠していたのかしら。


『昨日と今日の間』
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 ぬいぐるみは大きな両手鍋の中でぐつぐつ煮えている三角こんにゃくの串を紙皿に載せ、味噌だれをかけた。おでんと言っても、こんにゃくだけなのか。しかも、味噌だれとは!
「はい、どうぞ。これも熱いですよ」
 甘酒でポカポカしてきたので、寒風にこんにゃくをさらして冷ます。
 ほどよい加減でかぶりつくと、なんだかなつかしい味がした。
 これは、地元の神社でよく食べたものじゃないか! しかも、それも確か「味噌おでん」と言っていた。今思い出した。
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文庫版p.147

 大晦日。帰省を前にして、ふと何かに嫌気が差した語り手。ふらふらと電車にのって知らない街にゆく。初詣の準備で賑やかな稲荷神社、そこでいきなり「お久しぶりです、山崎ぶたぶたです」と声をかけられて……。ぬいぐるみの知り合いはいないはず、だけど。


『春のお茶会』
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 静かだった。なんだかみんなが固唾をのんでいるようだった。後ろを向くとさらにびっくりした。いつの間にか見物人が増えている! 近所の人なのか、それともお詣りに来ている人なのか、とにかく人だかりができていた。
 ぶたぶたは、小さな容器の蓋を開け、どうやってつかんでいるのか、木のさじで抹茶をすくい、茶碗の中に入れた。柄杓で湯をすくい、茶碗の中に落とし、茶筅で泡立てるように混ぜた。
 茶道の用語は何も知らないので、見たままの判断したできないが、茶筅(これはなぜか知っている)にはふかふかの手が添えられているだけに見える。握っているようには思えないのだ。
 子どもたちもそう感じているのだろうか。誰一人騒がず(黙々とお菓子を食べているぶたぶたの娘さんを除いて)、ぶたぶたの手先を見つめ続けている。
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文庫版p.204

 娘をあずけている幼稚園で、稲荷神社が主催する野点茶会が開かれることに。
「本日お点前させていただく山崎ぶたぶたです」(文庫版p.197)
 友だちのお父さんはぬいぐるみなのでうらやましいと娘が言っていたが、まさか、まさか、本当だったなんて。お迎えの時間にぬいぐるみを抱えて一人で帰ってゆくのを見て可哀相だと思っていたけど、え、ぬいぐるみなのに娘? 和菓子屋の二代目店主? じゃ先代もぬいぐるみ? え、ぬいぐるみなのに茶道?


タグ:矢崎存美
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