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『傑作は西に死す』(東京ELECTROCK STAIRS vol.12、振付・音楽:KENTARO!!、高橋萌登、他) [ダンス]

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今回、作るにあたって出演者をもの凄く悩んだ。最終的にはメンバーと客演の飯塚さんを加えた6名となった。男は僕一人で淋しいけど、今はこれがベストだなと。
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KENTARO!!


 2015年12月4日は、夫婦で吉祥寺シアターに行ってKENTARO!!率いる東京ELECTROCK STAIRSの新作公演を鑑賞しました。KENTARO!!さん自身を含む総勢6名によるパワフルなダンスです。

 東京ELECTROCK STAIRS。ここしばらく観てなかったのですが、メンバーの動きが、これがもう、すっごくキレが良くなっていて驚きました。大きな動きを連続で繰り出しても、ぴたりと決まる快感。素早く、激しく、残像しか見えないような、観ていて強烈に気持ちいいダンスが、ばりばり。

 ヒップホップ風のいかにも激しいダンスに混じって、普段無意識にやってるようなあるあるしぐさ、細かくて緻密なフォーメーション転換、ウェイブのように伝わってゆくピタゴラ体操、そして渾身のソロ。ぴたりと同期して動いたりからんだりする複雑なシーンも多く、何しろ見応えがあります。

 さらにセリフや、特に意味はなさそうな会話なども、丁寧に配置。あれだけ動いておいてさらにセリフまで発声するのは大変だろうなあ。

  「台本によると、ここで服部が立ちあがることになっている」
  「腹から声出させんなよ!」

 振付と構成からは、何だか、妙な律儀さというか、細やかな気配りのようなものが感じられ、ヒップホップやストリートダンスの一般的イメージからは遠く離れています。ノリで何かするということは一切ない感じ。全体構成を考えて、きちんきちんと折り目正しく、端正に、ちゃんと揃えて、余白が出来ないように、正しいタイミングで、そして起爆。

 個人的に大好きな高橋萌登さんのダンスですが、海外招へいとかソロ公演とか色々あったためか、スケールが大きくなったという印象を受けます。どんなに激しく動いてもぶれない。勢い任せで動いている瞬間はなく、いつもすべてが完璧に制御されている、ゆるぎなき安心感。ゆったりとした動きもまた素晴らしく、いちいち華というか、ハレというか、すごく感激するです。


[キャスト等]

振付・音楽: KENTARO!!
出演: 横山彰乃、高橋萌登、服部未来、泊麻衣子、飯塚ゆかり、KENTARO!!


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『台湾行ったらこれ食べよう! 駅弁・鉄道旅編』(台湾大好き編集部:編) [読書(教養)]


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四角い箱に詰まった、
不思議な世界。
駅弁。
台湾っ子を
魅了してやまない
誘惑の味。

いざ、出発。駅弁の鉄道旅へ。
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単行本p.2

 台鉄の駅で売っている駅弁、高鉄の駅で売っている駅弁、ご当地自慢の駅弁。台湾の駅弁を網羅したカタログ本。単行本(誠文堂新光社)出版は2015年11月です。


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駅弁たちは総じて気まぐれ。伝統を守りつつも日々進化し続けている。次にめぐり会うときにはさらにパワーアップした姿になっているかもしれないが、それも一興。台湾らしさが凝縮された小さな箱、試さない手はない。
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単行本p.8


 いつも出来立て作りたて、ほかほか、賞味期限2時間。台湾の駅弁は美味しいのです。というわけで、台湾駅弁本です。まずは基礎情報から。


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台鉄によるオフィシャル駅弁は、台北、七堵、台中、高雄、花蓮の5つの鉄路局にあるキッチンでそれぞれ作られていて、味やおかず、ひいては駅弁のラインナップ自体が鉄路局ごとに少しずつ違って楽しい。
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単行本p.10

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台鉄の駅弁は、台湾全体で日に2万3千食売り上げるという。(中略)でき立てを届けるために毎朝4時半ごろにはキッチンが動き出す
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単行本p.35

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台鉄台北駅の鶏肉弁当は毎日16時以降の限定販売。そのほか火曜限定の北海道特色便當や、水・木曜だけのエリンギ弁当などもある。
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単行本p.12

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台鉄のホームページは更新速度があまり早くないので、最新情報を知りたいなら台北駅西三門のところにある駅弁売り場張り紙を見るのがよさそう。
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単行本p.12


 そして駅弁レビュー。主要な駅弁を、豚肉系、魚系、野菜系、地域特色系、という風に分類して、カラー写真つきで紹介。内容、味の評価、買える場所、価格。見ているだけでうまそう。

 レビューの文章もテンション高く、読んでいるだけで、こう、くわっと、腹が。


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とにかく肉が柔らかくてうまい。適度な厚み、ふわりとした噛み心地、買ってすぐ電車に乗る前に完食していたおばちゃんの気持ちがわかる。これはアツアツを食べたい。その豚肉は味つけ後に揚げてから煮込むタイプで、醤油、砂糖、八角たっぷり。しかし真に特筆すべきはタケノコ、ウメ、龍髭菜などの阿里山名産で、特にウメはシソで味を整えた香り高き一品。そこに贅沢にサバも仲間入りし、海と山の幸が同居したにぎやかなシェアハウスとなった。
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「阿里山特色便當」より
単行本p.32


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塩の素朴な、けれどもしっかりとした味わいが美味な豚肉は、最低でも3日以上漬け込んで冷蔵庫で寝かせる。よくよく寝かせたその肉には塩分と旨味がぎゅぎゅっと入り込み、グリルされることで香ばしさが加わる。名産として名高い台東のローゼルは甘酸っぱくてピンクの彩りも艶やかに、新城産のサツマイモはホクホク。寿豊のシジミの練りものもいい脇役ぶり。魚の素揚げは醤油とニンニクで1日漬け込んでからカラリと揚げた。東部の魅力、集結!
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「花東特蔬便當」より
単行本p.33


 後半では台湾各地の駅をめぐってゆくのですが、そこはさすが駅弁・鉄道旅本というか、他の観光ガイド本にはおそらく掲載されていないであろう駅の数々。


内獅駅
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日に4回しか電車が停まらない。過去の台鉄調べでは年に乗車62名、下車108名という断トツの少なさだった。(中略)ホームは出口不明で、仕方ないから雑草かきわけ道無き道から脱出した。
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単行本p.90


三貂嶺駅
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車道から駅に通じるのは道なき道しかなく、電車でしか来られない秘境駅という希少性から秘かな人気がある。早朝、誰もいない駅。廃墟のような道。
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単行本p.128


 ちなみにカバー裏は「台湾 鉄道路線マップ」になっており、台湾全体の路線と駅が一目で分かるようになっています。すべての駅弁を食べるために台湾一周するのは当たり前、という本気っぷりが伝わってきます。本文にも「駅弁を食べるついでに観光もぜひ」(単行本p.11)とわざわざ書いてあるという。

 台湾になぜ行くのか、そこに駅弁があるからだ(ついでに観光もぜひ)。


タグ:台湾
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『巡礼』(西元直子) [読書(小説・詩)]


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猫。たくさんの猫。白黒ぶちの子猫が五十匹くらい孵った。家の中で孵った。家中猫だらけ。散歩に連れ出すとちりぢりに皆逃げた。ジャスコの店員が一匹捕まえて前掛けの中に入れている。子どもがふたり口の中に入れてふざけている。皆に事情を説明し、一匹一匹を回収する。可愛い可愛い子猫。
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『夜の営み』より
単行本p.51


 プロットなき物語のような情景。それを鮮やかに切り取ってみせる魔法のような詩集。単行本(書肆山田)出版は2009年6月です。


 前作『けもの王』に感銘を受けたので、最新詩集も読んでみました。前作にはなかった、まるで短篇小説のような、捨て鉢なユーモアを感じさせる作品がいくつか含まれていて、とても素敵なのです。


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 それほど長い時間ではなかっただろう。それほど長くはない。銀行のソファは案外すわり心地がよかった。腰をすえ、ゆっくり沈みこんだ。この椅子なら長く座れると思う。むしろずっと座っていたいほどである。雑誌でも読もうか。でも今は立ちたくないなと思う。少し疲れた。いや、かなり疲れている。わたしの番がずっと来なければよいと思う。ずっとこのままでいたいと思う。そのとき名前が呼ばれる。
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『巡礼』より
単行本p.115


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私は仲間はずれなのだ。しかも空腹だ。なにか食べたい。幸い財布を持っている。小銭を出して自動販売機のソフトクリームを買おうと思う。この自動販売機は大変古く、汚れている。お金を入れるとまず紙コップが落ちてくる。そのあと青みどり色の殺菌剤がざあっと出てきてコップにあふれる。それからアイスクリームがポトンとコップに落ちてきた。コップの中で殺菌剤とアイスがどろどろに混ざっている。ソフトクリームってこんな感じだったっけ。食べてみるととても苦いのだ。
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『夜の営み』より
単行本p.39


 前作でも際立っていた情景描写の素晴らしさにはますます磨きがかかっており、まるで物語のエッセンスだけを凝縮したようなその濃度に、何というか、びびります。


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 階段をのぼり改札を出て自転車置き場の横のコンビニエンスストアに入る。五百ミリリットル入りのお茶とピーナッツの入ったチョコレートを買う。カウンターの前には数人の客が並んでいる。今夜はレジ係がひとりしかいない。レジ係の若い男は自分の番を待つ客たちの視線に耐えながら半透明のポリ袋にハムサンドや雑誌やシャンプーをつめこんでいる。ハムサンドのハムはきれいな桃色をしている。つり銭をわたす指先もうす桃色をしている。とても若いのだ。額に吹き出物がすこしあるが頬や首筋は皮膚のきめが細かくて白粉を刷毛でぼかしたようにきれいだ。店の奥で蛍光灯がひとつジーッという音をたてながら点滅している。何度目を凝らしてみてもつきあたりの紙おむつとトイレットペーパーの棚がいつもより遠くにあるように見える。
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『巡礼』より
単行本p.85


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 袋を下げ店を出た。信号を渡り、アパートまで十数分歩く。月もなく墨を流したような蒸し暑い夜だ。星が見えているのかどうかはよくわからなかった。街灯の点々と輝く駅前通りをぬけると草の生え放題に生えた空き地、畑を潰してできたにわか仕立ての駐車場、それから貧相な畑とまばらに建つ人家がつづく。二台並んだ避妊具とタバコの自動販売機の先を左に曲がると水銀灯に照らされた建物が見えてくる。コンクリート製の階段をのぼる。踊り場をまわって階段をのぼる。またまわって階段をのぼる。それからまた踊り場をまわって階段をのぼる。鍵穴のまわりには小さな引っ掻き傷が無数にある。かちりという手ごたえを確かめながら重いドアを押し開ける。部屋のにおい。湿っぽいコンクリート、甘い香料、食べ物、ひどく腐った食べ物のにおい。手で壁を探る。突然部屋が明るくなる。
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『巡礼』より
単行本p.89


 つき放すような描写から感じられる生活感は独特。さらにはこんな凄みのある旅情も。


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 建物のなかは外のまぶしさから遠くひんやりと暗い。がらんとしたホールにスプリングのきかない長椅子が並んでいる。火山灰を洗い流したばかりのコンクリートの床には大きな水たまりができている。フェリーボートを待つ人びとはうっかり水たまりに踏みこまないように気をつけながら、それぞれ窓口で切符を買ったり船の時間を調べたり自動販売機の冷たい飲み物を飲んだりした。それから待合室のなかのみやげもの店に並ぶピンクや緑色といった派手な着色の溶岩のかたちをした砂糖菓子や、逆さにすると水着の美女がヌードになるボールペンや、裸子植物の種子でできたキーホルダーを手にとって眺めたりもした。火山が大写しに写された絵葉書を買おうとしてぶ厚い革製の財布をとりだすものもいた。次の船は一時間後にくる。時間はまだたっぷりあった。
 わたしはフェリーボートを待たず建物を出た。待合所の反対側はロータリーになっている。赤いサルビアの植え込みの向こうには路線バスと客待ちのタクシーが何台か停まっている。行き先を確かめ、待合所の前に停車しているバスに乗り込んだ。日に灼けて黄ばんだビニールカバーの掛かった狭い座席にすわると、バスはすぐに発車した。
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『巡礼』より
単行本p.77


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 港にはまっ白な船が浮かんでいた。桟橋の待合所には誰もいない。蛍光灯のしたに水がひかっている。みんな火山に渡ってしまったのだろう。わたしはひとり船に乗り込んだ。
 音楽が鳴りはじめた。船はゆっくりと桟橋から離れていく。
 すでに七時をすぎているが空はすみれ色をしてまだあかるい。わたしは甲板に立ち火山と都市とそれらをとり囲んでくろぐろと連なる山々を眺めた。火山灰にまみれた小都市は夕闇のなかに輝きをにじませながら遠ざかっていく。山は煙を吐きつづける巨大なシルエットとなってそびえたっていた。船は火山を迂回しながらすべるように湾の外の海へと向かっていた。
 火山のある湾を出るとそれまで鏡のようだった海は大きくうねりはじめた。
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『巡礼』より
単行本p.131


 リアルで細かい情景描写を重ねることでかもしだされてくる異界感が心地好いのですが、さらにファンタジーめいた光景もまた、素晴らしいのです。


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低い雲がやがて千切れるとその切れ間に巨大な山肌が見えはじめた。しだいに「山」が姿を現しはじめた。その、見上げても見上げても視界からはみ出してしまうほどの量感に私は圧倒される。それでもまだ「山」は全容を現しているわけではないのだ。
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『夜の営み』より
単行本p.49


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空は曇っていて大粒の雨が海を打つ。潮が満ちてきているのか木製の桟橋と同じ高さにまで海面の水位が上がってきている。歩いていく桟橋はひたひたと水におわれ濡れていて、私は水の上を歩いているように見えるのだった。桟橋の上を蛇が一匹何かをくわえてすばやく蛇行していく。あたりは空も海も灰一色である。
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『夜の営み』より
単行本p.67


 そしてもちろん、『けもの王』でも活躍した、鳥。
 いつもそこにいる、鳥。
 猫ですら、ひよこ。


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印度人のような立派なひとが鳥かごに鳥を入れて持ってきた。古いハリガネの少し歪んだ鳥かごにはクリーム色の鳥が入っている。頭が大きい。オウムみたいに大きな鳥である。うれしい。飼いかたを教えてもらいにペットショップに行こうと思う。大切な鳥であるから鳥かごを背負って歩いていく。行く道々、私は鳥のことが心配だ。手を後ろにのばして鳥かごに触ると私の鳥は私の手を大きな嘴でそっと嚙む。厚い小さな軟らかい舌が私の手にそっと触れる。
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『夜の営み』より
単行本p.43


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飯を大釜で炊く。飯をしゃもじで混ぜていると釜の底に小鳥が二羽混ざっていた。
一羽はまだ生きている。
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『夜の営み』より
単行本p.45


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雨が降ってきて
うつむいて


ことりが
たくさん鳴いて


黙って
くらしている
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『雨』より
単行本p.14



タグ:西元直子
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『けもの王』(西元直子) [読書(小説・詩)]



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水を飲んだ。ひとりで飲んだ。そこは校舎の陰になっていて、ひんやりしていて、ひなたから走り込んできたわたしはきゅうに水の底にもぐったみたいで、わたしの白いブラウスもソックスもうす紫色になった。蛇口をひねってどんどん水をだした。手のひらで水を受けて息がくるしくなるまでつづけて飲んだ。つづけて飲んでいるうちにあまく冷たく透きとおった物体はいつのまにかわたしになってゆく。顎をぬらしたまま顔をあげる。つぎはなにをしようか。昼休みはまだはじまったばかりで、それは頭のうえにある青いがらんどうとひとしく永遠のものだった。
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『ことり』より
単行本p.11


 小説のように、随筆のように、いつの間にかことばが自分の記憶に刷り込まれてゆく、忘れていた若いころの記憶を取り戻すように。ふいに胸に迫ってくる情景をとらえた若々しい詩集。単行本(書肆山田)出版は2002年4月です。


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夏の花壇。タチアオイとダリヤとグラジオラスが丈高くのび咲き乱れている。裏庭の鬱蒼と茂った木々のなかを歩いた。正午の光のしたのつやつやと輝く木々の葉と赤紫色の地面。ふりそそぐような蝉の声。
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『ことり』より
単行本p.37


 さらりと書かれた情景描写が、驚くほど印象的です。まるで自分がかつて体験した記憶であるかのような生々しさ、若々しさ。小説とも随筆とも似ているようで、やはりどこか違う言葉を駆使して、読者を情景のなかに引き込んでゆきます。


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しゃがんで金網に額をつけしばらくちゃぼを見ている。ちゃぼは地味だ。もしも鳥になれるんだったらあたしはちゃぼは嫌だなと思いながら見ている。真んなかには黄色や緑や水色のセキセイインコが何十羽かいて、小屋の金網に爪でつかまりばたばたと羽ばたいていたり首を傾げたり糞をしたりしている。小さな嘴のなかにさらに小さな舌が見える。精巧にできている。左端の仕切りのなかには嘴の大きな鳥、名前はわからない。一羽だけいる。たいへん年をとっている。目と嘴のまわりは気味悪く禿げてしまいからだはぼろの固まりのようだ。石のように動かない。それでもなぜだろう。この鳥は立派でわたしより偉いのだった。偉い鳥はわたしを圧倒し、わたしは息をひそめて鳥を見つめる。
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『ことり』より
単行本p.33


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お昼休み。会社のそばのほかほか亭におべんとうを買いに出たとき、道路をはさんだ向かい側のビルの前で急に小さな竜巻きが起こった。竜巻きはすばらしい速さで葉っぱや紙屑やポリ袋を巻きこんで移動していった。すっかり見とれてしまった。ふいに竜巻きはこちら側へ向きを変え、道路を渡り、横断歩道の前で皆といっしょに信号待ちをしているわたしのところへやってきた。皆逃げたが、つぎの瞬間わたしは竜巻きのなかにいた。ポリ袋が膝に張りつきスカートがふくらみ髪が乱され足もとで葉っぱと紙屑がくるくる回る。砂や小石が数限りなく頬や手足に飛んでくる。めくれたスカートから下穿きを見せてわたしはこの世の中でほんとうに独りぼっちだった。
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『竜巻き』より(全文引用)
単行本p.74、75


 情景がふいに胸に迫ってくる感じが素晴らしく、同じ一節を何度も読み返してしまいます。そのたびに若い自分がそこにいて、でも読み終わると歳とった自分がここにいるという不思議。そして、瞬間と永遠だけが切実で、その間はあっさり飛ばしてしまう、その若さ。かつてわたしにもあった、その若さ。


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わたしは馬鹿だからいつも
すぐに忘れてしまうけれどわたしは
宇宙がはじまってから終わるくらいの
ながいあいだを生きている
たくさん泣きました、なっとくがいかず
なっとくできずにたくさんたくさん
泣きましたね
あまり泣いたので
どれほどのものがこわれたか
どれほどのことを失ったか
たくさん美しいものを
見たような気がするが
たくさん美しいことが
あったような気がするが
気がすると言ってしまうのはわたしが
すべてを不確かにしか記憶しないからです
次から次へとすべてを
忘れてしまうからです。
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単行本p.92、93


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これもまた永遠につづくものではない、わたしはすべてを忘れ果てるだろう、くりかえしくりかえしわたしは消える、かつてここにいたこともここであったこともこの意味を問うことも意味がないのだとしたら、いったいぜんたいなんのためになんのためになんのためにと、はげしく思う。
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単行本p.107



タグ:西元直子
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『放射光が解き明かす驚異のナノ世界 魔法の光が拓く物質世界の可能性』(日本放射光学会:編) [読書(サイエンス)]


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最先端の物質科学や生命科学、そしてナノテクノロジー(ナノテク)において、新物質の様子を正確に調べることはとても重要で、ナノの世界を見ることは新しいナノの構造を作り出すことに匹敵するといっても過言ではありません。
(中略)
放射光は多くの科学や技術にとって基盤となるツールであり、いかに有効活用するかが明暗を分けます。現在世界中には50を超える放射光施設があり、そのうち日本には9つの施設があります。周辺諸国ではオーストラリア、中国で最先端の放射光施設が稼働しており、台湾と韓国にも同規模の放射光施設が続々と建設中です。
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Kindle版No.14、22

 原子サイズの微細構造を照らし出す「魔法の光」。強力なX線を小さく絞り込むことが出来る高輝度な放射光、その原理から応用まで幅広く紹介する一冊。ブルーバックス新書版(講談社)出版は2011年9月、Kindle版配信は2015年11月です。


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 材料科学、生命科学、医学、地球科学、環境科学、エネルギー科学など、様々な物質を対象とする研究の分野では、高輝度な光がなくてはなりません。なぜなら、これらの研究では、ごく微量しか存在しない物質や物質のごく小さい部分だけの性質を、なるべく詳しく調べたいからです。そのためには、小さな領域に、高輝度な光を照射することで、物質に光を照射したときの応答(屈折、散乱、回折、吸収、発光など)を精密に測定することが欠かせません。このような実験によって初めて、その試料の性質を明らかにすることができるのです。
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Kindle版No.162


 微量な試料、微少な構造を見ることが出来る放射光。ナノテクノロジーから考古学まで、その応用分野は大きく広がっています。制御する、作り出す、そのためにはまず対象を「見る」ことが必要で、今や私たちは原子レベルの構造や現象を「見る」ことが出来るところまで来ているといいます。この驚くべき技術を一般向けに詳しく紹介してくれるのが本書。全体は9つの章から構成されています。


第1章 放射光の正体
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可視光よりさらに波長の短い、真空紫外光からX線領域では、光が物質でほとんど吸収されてしまったり、もしくは逆に、光が物質をまっすぐに透過してしまったりすることから、レーザー光源の製作が極めて困難です。このため、真空紫外光からX線領域では、放射光がほぼ唯一の高輝度光源として、これまで様々な基礎研究や応用研究に役立ってきました。
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Kindle版No.187

 第1章では、光に関する基礎知識から始まって、放射光の特徴、発生原理、放射光施設、そして放射光を利用した測定方法(散乱、回折、吸収、蛍光、光電子、イメージング、非弾性散乱)が紹介されます。まずは基礎をきちんと。


第2章 生命の不思議に迫る放射光
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強力なX線を小さく絞ることのできる高輝度な放射光の出現により、より短時間で、より小さな結晶を使ってより大きなタンパク質の構造解析が可能になりました。そのおかげで、タンパク質の立体構造解析が飛躍的に進み、より複雑で、生物学的に非常に重要なタンパク質の立体構造とその働きが次々と明らかになっています。
 放射光を使えば、何ヵ月もかかっていた測定を、10分程度の測定時間で行えるのです。
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Kindle版No.454

 第2章では、様々なタンパク質の立体構造解析に放射光がどのように使われているのかを紹介し、さらに微細血管やガン細胞などのイメージング技術についても紹介されます。個人的には、放射光を使うことでタンパク質の「動き」を動画で鮮明にとらえることが可能、というのに驚きました。


第3章 ナノテクを支える放射光
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「百聞は一見に如かず」ということわざがありますが、眼には見えない小さな分子が、別の分子に変わってゆく、化学反応の過程を直接見ることができれば、複雑なマジックの種明かしができるはずです。その情報を基にして、これまでにない化学反応を設計して、新しい化合物を思い通りに作ることができるようになったらすごいですね。
(中略)
そこで、結晶の中で化学反応が進むように化学反応自体を設計してしまうのです。まず化学反応が起こる前の分子を使って結晶を作製し、そのミクロな構造を調べておきます。そして、この結晶中の分子と反応する別の分子をうまく浸み込ませ、化学反応を進行させれば、その進行の様子をX線結晶構造解析で直接的に観測することができるのです。
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Kindle版No.1253、1260

 第3章では、LSI(大規模集積回路)、光ディスク、磁気ディスクなどの情報処理デバイスから始まり、フラーレン、配位高分子、そして放射光リソグラフィによる微細立体部品の加工技術などが紹介されます。


第4章 エネルギー問題に挑む放射光
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世界中で多くの物質科学研究者が室温超伝導体発見を目指しています。
 放射光は、この発見のために非常に有力な手段となります。物質の性質は、元をただせば全て電子の性質で決まっています。この電子を直接見ることができるのが放射光です。放射光源からの様々なエネルギーの光を利用すれば、電子の持っているエネルギーや運動量、磁性状態、電子同士をくっつける格子振動の詳細な様子を原子レベル、電子レベルで観察することができます。放射光によって超伝導の新規な発現機構の解明がなされ、それを新しい設計指針として室温超伝導体を生成することが期待されています。
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Kindle版No.1481

 第4章では、高温超伝導から始まって、人工光合成、ネオジム磁石、金のナノ 粒子など、エネルギー問題の解決策として期待される技術開発に放射光がどのように利用されているかが紹介されます。個人的には、金のナノ粒子が高い触媒活性や強磁性を持つ、という発見に驚きました。


第5章 生活を支える放射光
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軟X線と呼ばれるX線の一種を使って水分子の中の電子を調べた面白い結果が報告されました。スナップショットで撮ると、液体の水の中に水素結合のつながり方が異なる2種類の成分が存在するというのです。さらに液体の水のX線小角散乱で、水の中の2成分の存在を示唆する1ナノメートル(1メートルの10億分の1)程度の大きさの「密度のムラ」があることが示されました。
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Kindle版No.1611

 第5章では、「水の構造」の発見から始まって、エタノール(アルコール)、髪の毛、ゴムなど、身近にある素材の分子レベル微細構造を明らかにしてゆく放射光の威力が紹介されます。個人的には、液体中の水分子がナノメートルサイズの微細構造を作っているらしい、という話に驚きました。


第6章 地球と宇宙の不思議に迫る放射光
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高温高圧実験では、超高圧装置内の容器に実験試料を封入するため、外から試料の様子を見ることができません。そこで直接見る代わりに試料容器を突き抜けることのできる超強力X線を使って調べます。大型放射光実験施設では、超強力X線を使った高温高圧実験によって、さらに深い地球内部の探索が行われています。
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Kindle版No.1815

 第6章では、地球や他天体の内部構造などを研究する際に放射光がどのように活用されているかが紹介されます。


第7章 歴史を覗く放射光
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近年注目を集めているのが、放射光考古学と呼ばれる分野です。放射光を遺物に照射して過去の情報を遺物から読み出すことを意味します。もちろん、放射光を使うと古代文字が読めるようになるという話ではありません。物質の中には文字のような過去の情報が刻まれていて、それを分析することによって解読することができるのです。その情報は、微量元素だったり、結晶の構造だったりします。
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Kindle版No.1959

 第7章では、微量試料の年代測定や物質史の解析など、放射光の考古学への応用が紹介されます。個人的には、放射光蛍光X線分析により、三角縁神獣鏡(卑弥呼の鏡)がどこで製造されたのかが解明された、というのに驚きました。


第8章 安全・環境を支える放射光
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いまでは放射光は、科学捜査手段として種々の極微量成分の分析などに積極的に利用されています。(中略)放射光を用いれば、押収した覚醒剤やMDMAなどに含まれる極微量成分がわかり、密造方法や密輸ルートなどを解明するための重要な情報を得ることができます。
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Kindle版No.2048

 第8章では、和歌山カレー毒物混入事件から始まり、麻薬ルート解明、偽札鑑定、黄砂の発生地点の特定など、捜査における放射光の活用が紹介されます。さらに、インテリジェント触媒、希少元素を使わない燃料電池触媒、サイズが微妙に違う分子をふるい分ける技術など環境問題の解決策として期待される技術開発に放射光がどのように利用されているかが紹介されます。個人的には、大気から二酸化炭素だけを物理的に「ふるい分ける」ことが可能、というのに驚きました。


第9章 世界を変えるX線レーザー
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 X線自由電子レーザーを実現させるという壮大な夢に向かって、日本、ヨーロッパ、アメリカの間で研究競争が続いています。(中略)様々な工夫により、スプリング・エイトの10億倍もの明るさのX線レーザーを発振させるのです。
(中略)
 X線自由電子レーザーの発光時間は実際どれぐらい短いのでしょうか。X線自由電子レーザーの発光時間(パルス幅)は、10フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)で、これは従来の放射光と比べて3桁以上も短縮されています。この時間は、物質中で原子が振動する時間よりも短いため、あたかもスナップショットを撮影するように、原子を「止めた」状態で観察することができます。また、既存のレーザーは波長が長いため空間分解能に制約がありましたが、X線自由電子レーザーでは、X線の波長が原子間の距離と同じぐらいのサイズであるため、原子の位置まで識別することができます。
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Kindle版No.2319、2334、2347

 第9章では、従来の放射光をはるかにしのぐX線自由電子レーザーの研究状況と期待が紹介されます。微細な構造や現象を「見る」人類の技術は、ついに「究極の光」の実用化まであと少しというところまで到達しています。大いなる感慨を覚えます。



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