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『火星の人』(アンディ・ウィアー、小野田和子:翻訳) [読書(SF)]

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つまりこういうことだ。ぼくは火星に取り残されてしまった。〈ヘルメス〉とも地球とも通信する手段はない。みんな、ぼくが死んだものと思っている。そしてぼくは31日間だけもつように設計されたハブのなかにいる。
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Kindle版No.139


 事故により火星に取り残されてしまった宇宙飛行士。通信手段はなく、生きていることを地球に知らせる方法もない。機器はいつまでもつか分からず、食糧は不足。まったくの絶望的な状況にも関わらず、彼は諦めなかった。火星を舞台とした過酷なサバイバルを徹底的にリアルに描いたハードSFの傑作。文庫版(早川書房)出版は2014年8月、Kindle版配信は2014年9月です。


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 もし酸素供給器が壊れたら窒息死、水再生器が壊れたら渇きで死ぬ。ハブに穴があいたら爆死するようなもの。そういう事態にならないとしても、いつかは食糧が尽きて餓死する。
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Kindle版No.139

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そのうち国をあげてぼくを追悼する日が設けられて、ウィキペディアのぼくのページには『マーク・ワトニーは火星で死んだ唯一の人間』と書かれることになるのかもしれない。
 たぶん、そのとおりになるだろう。
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Kindle版No.16


 事故で火星にたった一人で取り残されたマーク・ワトニー。絶望のあまり自ら命を絶ってもおかしくない状況で、彼は技術者として冷静に自らのサバイバルプロジェクトに着手します。

 「過酷な状況におけるサバイバル」は冒険小説の定番ではありますが、ワトニーの置かれた状況の過酷さときたら。何しろ、水も、食糧も、エネルギーも、呼吸する空気でさえ、作り出さなければ手に入らないのです。

 決してタフガイではない一介の技術者である彼の武器は、どんな破局的な事態にあってもどこか他人事のように分析してしまう冷静さ、何度も何度も考え計算しまた考えまた計算する粘り腰、経験に裏づけられた技術力、そしてどんなときでも反骨精神とユーモア(質は問わない)を忘れない気質。SF読者の多くが好感を持つに違いない奴です。頑張れ、ワトニー。


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ローバーが倒れると同時に、ぼくは身体をまるめてボールのようにちぢこまった。ぼくはそういうタイプのアクション・ヒーローなのだ。
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Kindle版No.5701

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これは“失敗”と呼べるかもしれないが、ぼくは“学習体験”と呼びたい。
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Kindle版No.1303

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 ぼくはあきらめていない。あらゆる結果にそなえて準備する。それがぼくのやり方だ。
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Kindle版No.3472


 決して諦めないワトニー。まず必要資源量を定量的に計算し、課題を洗い出し、それをどうやって解決するか個別に検討し、実行プランを練って、ひとつひとつ片づけてゆきます。どうやったって途中で資源が尽きて死ぬと判明しても、それはまた別に検討することとして、あくまで沈着冷静にプランを遂行してゆく。プロジェクト遂行はかくありたい。

 しかし、一度でも大型プロジェクトに関わったことがある読者ならすぐにお分かりの通り、次から次へと不測の事態が発生して、せっかくの計画を台無しにしてゆきます。その度に何とか乗り越えてゆくワトニー。計画を変更し、線表を引き直し、新たに生じた課題に対処し、今や解決困難となったこれまでの課題を改めて再検討する。それはもう、事故や破局やとんでもないトラブルに慣れてしまうくらい何度も何度も。


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 もうおしまいだ。希望ももてないし、自分をごまかすこともできなければ問題解決の余地もない。なにもかもうんざりだ!(中略)
 フウ……オーケイ。いうだけいってすっきりしたから、どうやって生きのびるか考えなくてはならない。まただよ。オーケイ、ここでなにができるか考えてみよう……。
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Kindle版No.2848

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なにかそういうことが起きるにちがいないと、理屈抜きで思うから。なにかはわからないが、きっと起きる。ローバーが壊れるとか、致命的な痔を患うとか、敵愾心まるだしの火星人に遭遇するとか。
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Kindle版No.4804

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 なにも問題が起きなければ、そうなる。だけど、ほら、このミッションは、なにもかもスムーズに進んできてるんだから、ね?(これは皮肉です。)
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Kindle版No.5631


 その頃、NASAは、そして全世界が、火星軌道上にある観測衛星からワトニーを見ていました。これは無理、もうお終いだ、そうとしか思えない困難を、知恵をふり絞って解決してゆくワトニーの姿を、すべての人が固唾を飲んで見守っていたのです。


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これは、いま現在、だれもが知りたがっていることなんですよ。世界中が。アポロ13以来、最大の物語なんですからね。
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Kindle版No.2258

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全地球が、手をさしのべることができぬまま、ただ見まもることになります
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Kindle版No.5258

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心の底では船長も、彼はやってくれると思ってるんですよ
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Kindle版No.5361


 どうかやってくれ、ワトニー。たった一人の人間が、宇宙が投げつけてくる悪意を打ち負かすことが出来ると証明してくれ。人々の必死の祈りに支えされて、いやまあ、とりあえずリア充めざして頑張るワトニー君。


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 地球にもどったら、ぼくは有名人だ、よね? あらゆる困難を克服した、恐れを知らぬ宇宙飛行士、だろ? 女性はそういうのが好きにきまっている。
 生き抜こうという意欲が、さらに高まってきた。
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Kindle版No.5850


 そしてNASAの技術者が考えついた、驚くべき救出プラン。


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「通常なら、そこまでリスキーなものなど、考慮にすら値しない」
「これが精一杯です。(中略)すべてが予定通りにいってくれれば、成功するはずです」
「ああ。すごいな」
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Kindle版No.6017


 ひとつ乗り越えればまた次の危機、新たな問題、想定外の事故。はたして無謀な作戦は成功するのか(というより実行フェーズまでこぎ着けられるのか)、ワトニーは生き延びて、そして、うおっ、マジで地球に帰還することが出来るのか。後戻りも、やり直しも出来ない、すべてを賭けた一発勝負の救出ミッションがついにローンチする。

 展開にインチキなし。アンフェアなし。到底克服できないと思える難題を、明示した状況設定と現存する技術だけを用いて、次から次へと定量的に解決してみせる手際は見事です。冒険小説としてもハードSFとしても素晴らしい出来ばえ。どなたにもお勧めできる、圧倒的な面白さです。登場人物がみんないい奴なので、余計なストレスなしに展開に集中できる気持ちよさも好感。


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たしかになにがあろうと気にもかけない大ばか野郎もいるが、そんなやつより、ちゃんと気にかける人間のほうが圧倒的に多い。だからこそ、何十億もの人がぼくの味方をしてくれたのだ。
 めっちゃクールだろ?
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Kindle版No.6709



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