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『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら vol.1』(川口晴美:詩、芦田みゆき:写真、小宮山裕:デザイン) [読書(小説・詩)]

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死の恐怖に永遠に見開かれた冷たい瞳が、双花町に入ろうとするあなたを布越しに見下ろしていた。その朝、双花町の人はまだ誰もそれを見つけてはいない。あなただけがそれを見た。そんなふうに、あなたは双花町を訪れたのだ。
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「a ウェルカム」より


 ポールからつるされた少女の遺体。土を掘る双子の姉妹。二度とやってこない列車。あなたを誘い込む謎の女。どことも知れぬ不可解な場所、双花町を訪れた「あなた」は、いつしか迷宮に足を踏み入れてゆく。長篇詩と写真との幻想的コラボレーション、そのパート1。Kindle版(00-Planning Lab.)配信は2014年8月です。

 美しくもどこか不穏で心をざわめかせる写真と、幻想ミステリーのような謎めいた雰囲気の長編詩。二つの創作物が電子媒体の上で出会います。


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 そうです、きょう廃駅になりました。
列車は来ません。もう二度と。
    ここからはどこへも
        行けなくなりました。
とても楽しい滞在になることでしょう。
もちろんうそです。
とても楽しい滞在になることでしょう。
   同じところに留まるためには
           走らなければ。
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「c インフォメーション」より


 双花町を訪れた「あなた」は、ここからすんなりと帰ることは出来ないようです。いったい何が起きているのでしょうか。


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埋めなければならない、と言いだしたのは、あたしじゃない、妹、サヨコ、というのは妹の名、わたしは、サヤコ、みんな間違える、あたしもときどき間違える、みわけることのむずかしいあたしたち、だからうちあけ話をしてはいけない、その耳はあたしじゃなくてサヨコかもしれないから、サヨコのふりをしたあたしかもしれないから、みみ、み、う、み、わける、夜、あの夜、

埋めなければ
ならない

と言ったのは、サヨコ、だった、
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「b 複数の夜」より

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夜中に風の音で目があいて、窓の下を見たら、隣の家から女のひとが出てきて、空地に穴を掘ってなにか埋めていました。なにかは暗くて見えませんでしたが、きっとヒミツのもの。
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「d 紙をたたむ」より

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いつのまにか、殺された少女はあなたの浅い夢に入り込み、この部屋の浴室に入り込んで、昔ながらの猫足の浴槽の中に横たわっている。
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「f アバンチュール」より

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海まで続くまっすぐな中央通りのいたるところで、人々は少女のことを囁いている。ところが、この町特有のイントネーションやアクセントがあなたにとっては耳慣れないせいか、通りすがりに聞き取ることはほとんどできない。特に少女の名は。だから、あなたはいつまでたっても少女の名を知らないだろう。
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「f アバンチュール」より


 カタカナ表記の会話、黄ばんだ紙に書かれた手書き文字、背景と一体化した言葉。ビジュアル的な驚きをもたらしながら、ミステリアスな長編詩は続いてゆきます。関係が判然としないまま、曖昧につながってゆく物語。

 そして、魚市場を彷徨っていた「あなた」に奇妙な出会いがやってきます。得体の知れない官能的な女。「あなた」は、彼女に誘われるまま、どこかへ連れてゆかれることになるのです。


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ふいにあなたは、その女に触れることを想像する。鱗のようにねっとり湿った肌に触れることを、生臭いにおいを胸いっぱい吸い込むことを、そうして与えられるだろう快楽を。熱湯を浴びるよりも強烈な予感に震え、あなたはほとんど吐き気を覚える。女はその乾いた唇に素早く舌を滑らせてから、通路の奥へ消えた。あなたは後を追うだろう。たぶん。まちがいなく。あなたは逃げられはしない。
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「f アバンチュール」より


 彼女は誰なのか、「あなた」をどこに連れてゆくのか、それとも幻なのか。すべては謎のまま、え、ちょっと待て、ここで終わるんですか? vol.2はいつ出るのでしょうか? そしてすべては謎のまま……。


タグ:川口晴美
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