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『妖怪探偵・百目1 朱塗りの街』(上田早夕里) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

 「全身に百の眼を持ち、ありとあらゆるものを見通し、失せ物を探す妖怪。人の心の奥底まで覗き込む絶世の美女----妖怪探偵・百目である」(Kindle版No.95)

 〈真朱の街〉、そこは妖怪と人間が打算と駆け引きによって共存している街。ここで探偵業を営んでいる絶世の美女妖怪・百目と、彼女に寿命を吸われつつ文字通り命を削って働いている助手の相良邦雄。二人は今日も怪事件に挑んだり、挑まなかったり。

 短篇『真朱の街』を構想新たに発展させた連作シリーズ第1弾、その電子書籍版をKindle Paperwhiteで読みました。文庫版(光文社)出版は2014年7月、Kindle版配信は2014年7月です。

 「ここでは、妖怪と人間の境界は限りなく曖昧である。人は妖怪に近づき、妖怪は人に近づく」(Kindle版No.37)

 人間と妖怪が共存している街を舞台にした、妖怪小説+探偵小説です。

 ただし時代設定は近未来で、軌道上の太陽発電衛星から、再生医療や遺伝子工学、人工知能に至るまで高度なテクノロジーが実用化されており、その一方で妖怪に対抗するための陰陽道や呪術もまた普及しているという、いかにも「異形コレクション」を源流とする歪な世界。

 人間とは何か、人間性とは何か。妖怪と対比させるようにいつもの問いかけを滲ませつつ、百目と邦雄のコンビが活躍したり、しなかったり。

 「相良くんは、もう半分人間じゃないもの。自分から人間性を捨てようとしている。この街は、そういう者に相応しい」(Kindle版No.246)

 いきなり第一話から『続・真朱の街(牛鬼篇)』というタイトルになっていますが、これは短篇集『魚舟・獣舟』に収録された『真朱の街』の続篇だからです。

 オリジナル短篇は、ある事情で後悔に苦しみ、人間社会からはみ出すようにして〈真朱の街〉へ流れてきた相良邦雄が、事件に巻き込まれて百目と出会う、という話でした。

 「どうしようもありません。僕にはもう、行く場所も、帰る場所もなくなってしまった……」「だったら、ここに住んだらどうかしら」(『真朱の街』より)

 すべてを失った邦雄を優しく受け入れてくれる百目、というエンディングですが、いやー待て、それ違う、優しさとちゃう。単に邦雄の寿命が惜しくなっただけで、手元に置いといて命を吸い尽くすつもりだろう、と思ったのですが、まあ、やっぱりそうでした。

 「人間の寿命は、妖怪にとって最高の滋養だ。それを得るために、百目は探偵業を営んでいる。それ以外の理由は何もない」(Kindle版No.1798)

 「それ以外の理由は何もない」(言い切った!)。依頼人から寿命を吸い取り、助手の邦雄からも寿命を吸い取り、それだけが目当てであることを隠そうともしない百目。そんな百目に(たぶん外見が美女だから)懐いている邦雄。いいのかそれで。

 いかにも人間らしい悩みに苦しんでいるかと思うと、「僕は百目さんのお弁当だから」(Kindle版No.1372)とか「僕の寿命は、百目さん専用なんだから」(Kindle版No.1377)とか、すごいことをさらりと言ってのける邦雄。

 最後の方になると警察庁妖怪対策課(マル妖)の刑事から「あんた、だんだん態度が妖怪じみてきているぞ」(Kindle版No.2501)と言われたり。寿命が吸い尽くされたときには、こいつ死ぬんじゃなくて妖怪化するんじゃないか。

 一方、妖怪である百目は、確かに常人ではないものの、その言動からはどこか人間くささが感じられます。

 「金のためには働かない。一生懸命になったりもしない。熱心に努力するよりも手を抜くほうを選ぶ。自分の手に負えない作業は、それができる妖怪にすべて丸投げする。過剰に恩だの義理だのを感じない。相手にも要求しない。愛や怒りを行動要因にしない。ちっぽけなプライドを守るために小さな争いを起こしたりもしない。疲れたらすぐに休むし寝てしまう。自分が気に入らない依頼は引き受けない」(Kindle版No.221)

 人間らしい悩みを持ちつつどこか人間ばなれした邦雄、妖怪なのに変な人間くささがある百目、さらに後半になって活躍する、争いごとが大嫌いなのに妖怪と闘う刑事や、自分が人間であることを示すために妖怪の殲滅を目指す陰陽師など、どこか矛盾した両面性を持った登場人物が入り乱れて、事態を複雑にしてゆきます。しかも、人類には、何やら悲惨な運命が待っているらしい……。

 扱われている事件の多くは、人間性が問われるケースになっています。子供を妖怪に奪われた母親、ロボットに恋するあまり凶行に走る妖怪、闇にまぎれて妖怪を抹殺して回る人間。犯人の動機は、非人間的なのか、あるいは過剰に人間的なのか。

 「それそも、探偵業という仕事自体が、あまり明るいものではないのだが、そこに妖怪が加わると、実に嫌な感じに重みが増すのである」(Kindle版No.985)

 というわけで、まだ主要登場人物の顔見せという観が強い第1巻。今後、どういう風に展開してゆくのか、先が楽しみです。


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