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『十階 短歌日記2007』(東直子) [読書(小説・詩)]

 「十階の窓より見える六階の空家の中の青い引き出し」

 「かわいそうな猫の話が延々と語りつがれてきた電話口」

 「やわらかいものに匙を入れるとき、え、と小さくそれがささやく」

 歌人による2007年の短歌日記をまとめた一冊。単行本(ふらんす堂)出版は2010年12月です。

 2007年の1月1日から12月31日まで、毎日一首の短歌を作り、短文を添えてふらんす堂のホームページで発表するという企画で作られた365首をまとめた歌集です。

 「丘の上の建物の十階に住み、毎日上り下りしながら季節を肌で感じていた一年。その、なんでもないようでいろいろあった一年の間にこぼれた言葉が、誰かの記憶と響き合うことがあれば、たいへん幸いに思います」(「あとがき」より)

 日付が明記されていることもあってか、まずは季節感を感じさせる作品が印象に残ります。

 8/25
 「宿題なんてやらなくっても平気だと笑う子どものようだった蟬」

 11/27
 「とりかえしのつかないことをしたあとで冷えたヤキトリ串よりはずす」

 数として最も多いのは、なにげない日常的な出来事をよんだ作品。日記だから当然かも知れません。妙に記憶に残るものが多いのが特徴です。

 2/9
 「「賞味期限は別途記載」されているはずの別途はついに分からず」

 3/28
 「ABOABと赤き文字ゆれて訴えている「血が足りません」」

 4/19
 「体中の力をぬいて湯の中へしずみこみたり ホホホつまさき」

 いくつかの作品では、その描写のうまさに驚かされます。やられた、そうくるか、という感じ。

 8/24
 「まず膝が地にふれ指の先がふれ右頬ふれて我倒れたり」

 9/27
 「路上喫煙全面禁止エリアにて開くコミック雑誌の叫び」

 12/7
 「かわいそうな猫の話が延々と語りつがれてきた電話口」

 一方で、怒りや困惑を感じさせる作品もあり。静かに、でもけっこう怒ってますね。

 2/17
 「星座別血液型別運不運明るく決めつけられて不愉快」

 5/8
 「鳥のようでありたいと言った我のこと笑った人を覚えています」

 5/27
 「なにげなく捨てた言葉が生き残り過去より掘り起こされる罪あり」

 7/23
 「爆音をあげるバイクを繋げたし花のかたちに紐をむすんで」

 そして個人的に惹かれてやまないのは、ちょっと不思議で、怖いような印象を受ける作品です。

 1/27
 「やわらかいものに匙を入れるとき、え、と小さくそれがささやく」

 2/11
 「和箪笥のいちばん下の引き出しの下の方からせりあがるもの」

 5/31
 「洗面器の水面ふるえやまぬなり人語を解す水かもしれず」

 7/27
 「十階の窓より見える六階の空家の中の青い引き出し」

 9/29
 「ごめんくださいとたずねてゆくときのうすくらがりにうかぶ足首」

 あとがきにも「スケジュールが重なって、へとへとで帰ってきてから言葉を紡ぎだすのが苦しかったときもありました」と書いてあり、これだけの作品(と普通の日記に相当する短文)を、一日も欠かさず、毎日書くというのはさぞや大変だったことでしょう。


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