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『オービタル・クラウド』(藤井太洋) [読書(SF)]

 「政治屋がエンジニアの言葉に耳を傾けられるようなら、俺はまだ日本でロケットマンを続けていたさ。科学、技術、論理----。そんな冷たい言葉に生命を委ねられるほど、人は賢くないんだよ」(Kindle版No.2523)

 「誰だって胸が躍ります。あの宇宙機は夢の塊です。それを、テロなんかで汚さないでください」(Kindle版No.5662)

 軌道周回デブリが加速して高度を上昇させている? その奇妙な現象こそ、軌道上を舞台に繰り広げられる大規模テロ事件の発端だった。有能なエンジニアたちが未来を賭けて戦う興奮のテクノスリラー大作、その電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(早川書房)出版は2014年2月、Kindle版配信は2014年2月です。

 「間違いない。あの光はスラスターだ。加速しやがった」(Kindle版No.607)

 「……こんな、こんな風に動くのか。信じられん」(Kindle版No.2170)

 燃料を使い切って破棄されたはずのロケットが、軌道上で異常な加速をしている。宇宙情報サービスを提供している日本のエンジニア、北米航空宇宙防衛司令部、個人で天文観測を行っている富豪。多くの者がそのことに気づいたが、いまだ誰も、それが何を意味するのか分かっていなかった。

 「落ちてくるはずの〈サフィール3〉の二段目は高度を上げ、その周辺にはデブリカタログにも載っていない、普通には考えられない運動をしてみせる物体が万を超えるほど飛んでいる。軌道で、何が起ってるのだろう」(Kindle版No.1328)

 やがて明らかになってくる、軌道上で進行している異常事態。ある者は洞察力を、ある者は技術力を、ある者は観測手段を、そしてある者は統率力や組織力を。ネットワークで結ばれた仲間たちが、それぞれの能力と資源を結集し、協調して課題解決に取り組む「チーム・シアトル」が立ち上がる。

 「話のできる相手がほしい。(中略)知りたい、そして語り合いたい」(Kindle版No.3746)

 「いつも一人だから忘れてた。チームっていいな」「いいね、チーム」(Kindle版No.2973)

 だが、一人の天才エンジニアが仕組んだ冷たい方程式は、その間も着々と展開してゆく。刻一刻と迫りくる危機。果たしてチーム・シアトルは、前代未聞の大規模テロを阻止できるのか。

 「こちら、コントロール。マドゥ、見えたぞ! 雲だ。軌道の雲だ!」(Kindle版No.5244)

 ついに姿を現したオービタル・クラウド。もはや誰にも止めることの出来ないものを前に、打つ手はあるのか。エンジニアたちは不可能とも思える難題に挑んでゆく。

 「一回でいい。そういうのは、一回だけ成功すりゃいいんだ。やれ、カズミ!」(Kindle版No.6257)

 「今度こそ、私たちは軌道を解放します。これから四時間、合衆国の持つ世界的インフラをNORADに管理させてください。全ての責任は、私が負います」(Kindle版No.6350)

 「〈チーム・シアトル〉のみんな、いいかな。現在のステータスは全て良好だ。十分後に〈雲〉の迎撃を行う」(Kindle版No.6548)

 「----ロッキー山脈を越えて……。シアトルの上空。ここだ」(Kindle版No.6606)

 といった感じで、前半じっくりサスペンスで読ませ、後半に至って尋常でない加速と盛り上がりを見せる大興奮の一冊。テクノスリラーとしても、宇宙SFとしても、よく出来ています。意外に、怪獣映画的なノリも素晴らしい。迎撃作戦の立案から実施に至る流れはまさに怪獣映画。

 そして本作の最大の魅力は、エンジニアが「こうあってほしい」と思うような世界観で貫かれていること。敵も、味方も、登場人物の大半はハッカー気質で極めて有能な人材ばかり。自分の仕事とスキルに誇りを持ち、人の話を偏見や予断ぬきによく聞き、他人の知識や技能に対して敬意を惜しまず、情報共有に積極的で、技術こそが問題を解決すると信じています。

 こういう「技術者の理想郷」を照れなくストレートに書いてくれるハードSFは貴重で、とにかく読んでいて嬉しい。近未来の宇宙開発ハードSFが好きな方、スケールの大きいテクノスリラーを好む方はもとより、エンジニアやハッカー気質が強い方にも広くお勧めします。


タグ:藤井太洋
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