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『材料革命ナノアーキテクトニクス』(有賀克彦) [読書(サイエンス)]

 「それは、素材と建築を分けて考えない、新物質を建築によって生み出すということ、つまり、まったく新しい物質・材料をナノの世界から建築のように組み上げて作る技術体系の創出である」(単行本p.11)

 原子や分子を制御するナノテクノロジーにより、自然界には存在しないまったく新しい素材、新しい性質を持った物質を「建築」する技術。専門家がナノアーキテクトニクス研究と新素材開発の最前線を一般向けに紹介した一冊。単行本(岩波書店)出版は2014年6月です。

 全体は九つの章から構成されています。最初の「第1章 汚れない窓ガラス----ナノシート」では、極めて薄い、事実上「二次元」の物質「ナノシート」と、複数の異なるナノシートを積層してゆくことで作られる新物質が紹介されます。

 「典型的なナノシートは、厚さが0.5~3ナノメートル(中略)ほぼ2次元の物質である。なので、全部が表面でできている物質とさえ考えることができる」(単行本p.17)

 「ナノシートにはいろいろな特性をもったものがあり、それを交互吸着法のような方法で組み上げてナノアーキテクトニクス(ナノ建築)を施せば、いろいろな新物質を生み出すことができる」(単行本p.27)

 複数のナノシートを層状に組み合わせることで、磁気光学効果や耐磨耗性、さらには光触媒効果で汚れを自然分解するなど、それぞれ単独シートとは異なった物性が実現されるのです。しかも、どんなに薄くなっても物性が変わらないという利点まで。

 「通常の物質を薄くしていくと、厚さが小さくなるにしたがって物性が顕著に劣化してしまうという特徴がある。しかし、交互吸着法で完璧に組み上げられたナノシートの積層構造では、5~15ナノメートルぐらいの厚さでも性能の劣化は見られない」(単行本p.26)

 続く「第2章 トイレを除菌----メソポーラス物質」では、ナノレベルの微細構造を持った物質の応用について解説されます。

 「メソポーラス物質とは、このような精密なナノメートル単位の構造を内部にもちながら、ビンに入った砂糖のような量を作れる物質なのである。(中略)メソポーラス物質はその内部に構造が発達しているので、重さあたりの表面積がとてつもなく大きい。一般には、耳かき1杯でテニスコート1面分の表面積といわれる」(単行本p.31、34)

 「さまざまな界面活性剤やポリマーなどの分子集合体を鋳型に用いることで、数ナノメートルから100ナノメートル程度まで精密に細孔径を制御できることも特徴である」(単行本p.36)

 その微細かつ広大な表面積を活かした超効率的な触媒反応、汚染物質吸着などの応用の他に、微細構造そのものを制御することで特定分子だけを選択的に吸着させたり、あらかじめ吸着させておいた薬物を少しづつ放出させたり、といった様々なことが実現されます。

 「階層膜に水や液体の薬物を取り込んで、その薬物の放出過程を検討することもおこなわれている。いわゆるドラッグリリースである。その結果、思わぬ挙動が観察された。外部から何も刺激を加えていないのに、一定間隔、一定量で、薬物の放出が自動的にオン/オフされる(放出されたりそれが止まったりする)ことがわかったのである。(中略)この材料を使えば、周囲から刺激を加えなくても薬物の放出が定期的に起こり、自動的・定期的な薬物投与に応用できると期待される」(単行本p.37、39)

 こんな感じで、次々と素材革命の事例が紹介されてゆきます。

 「第3章 紙ではない紙----電子ペーパー」ではカラー電子ペーパー、「第4章 新しい電池の時代----ナノイオニクス」では固体化による安全かつ高効率なリチウム電池、「第5章 脳型コンピュータへの道----原子スイッチ」では原子の物理的移動によりオン/オフを実現する超高密度コンピュータ。

 「第6章 分子に情報を書き込む----ナノレベルの電子回路」では、フラーレン薄膜の局所分子構造を操作することで実現できる超小型メモリ、「第7章 世界で一番薄い集積回路を目指す」では、グラフェンシート上に集積回路を形成して作る原子1個分の厚みしかない電子デバイス、「第8章 夢のエネルギー技術----人工光合成」では光を化学エネルギーに効率よく変換する無機化合物。

 物性研究の最新成果が目もくらむような勢いで紹介されてゆきますが、個人的に興味をひかれるのが、医療まわりの技術革新。老いぼれたせいか、コンピュータの発達やエネルギー革命なんかより、健康維持の方が切実な問題だと感じられるようになったせいかも知れません。

 というわけで最終章「第9章 医療革命へ」で紹介される、マテリアルセラピーという研究分野には興味津々です。

 「培養した細胞を用いるのではなく、ある材料を組み込むことによってその材料そのものが半持続的に生体組織の治癒効果を促していくという方法論が開発されつつある。このような材料による治療は「マテリアルセラピー」と名づけられた」(単行本p.94)

 「脂質粒子や多孔性粒子からなるスマート粒子をあらかじめ投与しておく。この中に、特定の病因物質と強く相互作用する部位をもたせておけば、疾患の原因物質を超早期に回収・処理することができる。アルツハイマー病のβアミロイドや高脂血症の酸化LDLの除去に威力を発揮することが期待される」(単行本p.95)

 アルツハイマーや生活習慣病の原因物質を選択的に回収する材料をあらかじめ血液内に投与することで、病気を治療するのではなく、発症を予防するというのです。すげえ期待。

 他にも、「歯の修復を早期に促す材料、歯根膜再生促進や血管網の誘導をはかる材料」(単行本p.96)、「細胞がもつ修復機能を最大限に引き出す人工的な環境」(単行本p.96)、「患部に直接貼って磁場をかけると、温熱療法と化学療法を同時におこなうことのできる材料」(単行本p.97)、「手の動作で薬物投与が制御できるシステム」(単行本p.100)など、マテリアルセラピーの可能性には胸が躍ります。

 というわけで、自己複製するナノマシンといった夢を別にすれば、原子・分子のレベルで物質を操作するというナノテクノロジーの本領がついに発揮される時代がやってきた、という実感が得られます。ナノテクノロジーの応用と、猛スピードで発展しつつある材料革命に興味がある方にお勧めします。

 「ナノテクノロジーが成熟しつつある今の時代に、新しい概念「ナノアーキテクトニクス」を打ち立てることは、未来の科学技術の発展を確かなものにするために必要なこと、あるいは必然的なことなのである」(単行本p.15)