SSブログ

『大いなる不満』(セス・フリード、藤井光:翻訳) [読書(小説・詩)]

 「みずからに問うてみてもよいだろう。なぜ本書を手にしているのか、なぜ世界の本質に興味があるふりを装い、そうすることで、みなの時間を浪費しているのか」(単行本p.168)

 情熱と思い込みに支配され暴走してゆく科学者たち。大量虐殺が起きると分かっているのに、世間に同調して毎年ピクニックに参加する人々。カプセル猿から魅惑の萌え萌え微生物まで、奇想と風刺と不条理な笑いに満ちた11篇を収録した米国の新鋭による第一短篇集。単行本(新潮社)出版は、2014年5月です。

 「どこか数学的な論理性をもって世界や人間を眺める視点と、それが行き着く深淵のような不条理さ。そして、それを前にして、絶望の叫びではなく笑い声を上げる物語のしたたかさ。そうしたフリードの特性を、日本語の読者のみなさんにも味わっていただければ、訳者としてそれ以上の幸福はない」(単行本p.198)


『ロウカ発見』

 「科学とは情熱なのだ。何かを真であると証明したければ、それがすでに真であるかのごとく振る舞わなければならない。(中略)我々が非合理的だとすれば、それは科学が非合理的だからだ」(単行本p.24)

 高山で発見された氷づけのミイラ。「ロウカ」と名付けられたその古代人に、冷静であるべき科学者たちは魅入られてゆく。ロマンに満ちた物語を勝手に想像し、それを裏づける証拠だけを求め、反証は無視。今や研究所全体が常軌を逸した集団心理で暴走していた。

 おそらく「アイスマン」をモデルにしたと思しき寓話。科学という営みが、少なくともその現場においては、私たちが期待するほど冷静でも合理的でも厳密でもないということが辛辣に風刺されます。科学者が情熱と信念で暴走してゆく過程には、大いなる既視感が。


『フロスト・マウンテン・ピクニックの虐殺』

 「そうした出来事は、フロスト・マウンテン・ピクニックが避けようのないものなのだという感覚を強めていく。はっきりとは口にされないが、人々はみな、自分たちが何をしようと結局は無駄なのであり、ピクニックや虐殺、その裏にあるからくりを変えることなどできないと考えているようだ」(単行本p.44)

 誰がどういう仕組みで運営しているのか決して分からないものの、フロスト・マウンテン・ピクニックでは毎年、大虐殺が起きて何人もの参加者が殺される。しかし、まっとうな親なら、子供たちをピクニックに連れてゆくのが当たり前のことだと知っているものだ。虐殺直後には抗議運動に参加する私たちも、やがて季節がめぐって来ると、今年もまたピクニックに参加するために家族連れで列に並ぶのだ。

 明白かつ無意味な危険性があると誰もが知っているのに、「世間」におもねって「無難に」同調行動をとってしまう私たちの姿を思いっきり戯画化した短篇。読んでいてその不条理のリアルさ、というかお馴染み感に、今さらながらぞっとします。


『格子縞の僕たち』

 「僕たちは完全に入れ替え可能な間抜け集団であり、猿を担当できるだけでもありがたく思うべき捨て駒だった。(中略)猿をカプセルに入れる。馬鹿でもできる仕事だ」(単行本p.73)

 猿をカプセルに入れるだけの簡単なお仕事。カプセルに入れられた猿は火山に投下されるのだが、なぜそんなことをするのか僕たちは知らないし知る必要もない。夢は、いつか出世して勝ち組らしく振る舞う(裏庭でバーベキューパーティをする等)ことだが、今日も僕たちは下級労働者として格子縞の制服を身につけ、猿をカプセルに入れるために出勤する。


『フランス人』

 「僕は舞台の上で他の登場人物たちに「パリーではこぉんな風に踊るんデス!」と高らかに言うと、講堂の果てしない沈黙のなか、いつ終わるとも知れない発作的なダンスを披露した。(中略)劇自体の記憶は数週間のうちに薄れていったが、その烙印は何年も僕に付きまとった。その時点から、僕の人生は圧倒的で執拗な恥の感覚によって支配された」(単行本p.119)

 中学校の文化祭で上演した劇が、あまりに差別的な内容だったので、講堂全体が静まり返ってしまう。その空気に気づかず、ひとり大仰な演技で笑いを取ろうとノリノリで頑張っていた僕。誰にでも覚えがある(あるよね)黒歴史とその記憶を扱ったイタい短篇。


『諦めて死ね』

 「さあ来たぞと思えるとき、僕が下を通ったとたんに街灯が明滅して消えてしまうといった、今度こそ人生の道半ばで死を迎えると思えるとき、僕はよく、父さんと母さんの運命や可能性といったことを考える。(中略)その後どうなるかは、場合によって違う。後で月が大きく見えるときもあれば、遠くで列車の音が聞こえるとき、あるいは、犬の吠え声、耳が痛くなるほどの蟬の鳴き声が聞こえるときもある」(単行本p.128、129)

 不審な自殺、謎の失踪、不可解な事故、意味不明な殺害。僕の一族は呪われているようで、誰も天寿を全うできず怪死を遂げてしまう。酷薄で無慈悲で徹底的に無意味な宿命について妙に冷静に書かれているため、読者のなかで不安がもぞもぞと頭をもたげてくる奇妙な味の短篇。


『微小生物集-若き科学者のための新種生物案内』

 「彼の議論はしばしば熱狂的で恣意的ではあるが、極小の生物に恋をしてしまった者が決まって陥る、苦悩し、動揺した心の内を見事なまでにつまびらかにしてみせている。(中略)本を世に出して間もなく、彼は人間を微小化するという可能性について全米を講演して回り、ダルース近郊の駐車場でおのれを銃で撃って死亡した」(単行本p.155)

 あまりの二次元美少女、じゃなかった微生物っぷりに、顕微鏡をのぞいた観察者を「萌えーっ」とか「俺の嫁」などと叫ばせダメにしてしまう微生物。観察される度に姿を変える微生物。平均寿命が1億分の4秒という超高速世代交代微生物。周囲にいかなる影響も与えないために、決して観察することも存在を立証することも出来ない微生物。超高密度の群体がブラックホール化する恐れがある微生物。生存本能ではなく空虚なイデオロギーにより殺し合いをするというイヤな微生物(絶滅危惧種)。空気中に充満していて、音に反応して、鳥の羽根を支えて飛行させたり、私たちの心臓をリズミカルに動かしたり、といった仕事をしている微生物。

 興味深い微生物のカタログ、という体裁で哲学的奇想をこれでもかと詰め込んだショートショート集のような短篇。個人的に、収録作のうち最もお気に入り。


[収録作品]

『ロウカ発見』
『フロスト・マウンテン・ピクニックの虐殺』
『ハーレムでの生活』
『格子縞の僕たち』
『征服者の惨めさ』
『大いなる不満』
『包囲戦』
『フランス人』
『諦めて死ね』
『筆写僧の嘆き』
『微小生物集-若き科学者のための新種生物案内』


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: