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『宇宙エレベーターの本 実現したら未来はこうなる』(宇宙エレベーター協会:編) [読書(サイエンス)]

 「今までの化学燃料ロケットでは、コストを最小化しても限界がありました。1桁よりさらにコストを下げられる可能性がある次世代宇宙輸送系として、宇宙エレベーターには期待がもてると思います」(単行本p.80)

 「リアリズムで考えたときには、これは成立しえないものだと考えています。科学技術がどんなに進もうが、何をしようが1万年後でもありえないだろう、というふうに僕は断定します」(単行本p.66)

 静止衛星軌道から地表までケーブルを下ろし、それを伝って宇宙まで昇降する宇宙エレベーター。実現できるのか、実現したらどうなるのか。著名人へのインタビューを含む、宇宙エレベーター読本。単行本(アスペクト)出版は、2014年7月です。

 「現在の打ち上げロケットでは、1キログラムのものを宇宙に持ち上げるために、だいたい100万円かかります。それに対して宇宙エレベーターでは、1キログラムのものを宇宙に持ち上げるために、1万円から数千円ほどで済むようになるといわれています」(単行本p.165)

 宇宙に行くためのコストと安全性を劇的に改善する夢の技術、宇宙エレベーター(軌道エレベーターとも呼ばれますが、本書では宇宙エレベーターで統一)について、様々な情報や見解をまとめた一冊です。

 全体は5つの章から構成されますが、まず最初に読むべきなのは「第5章 もっと詳しく知りたい! 宇宙エレベーター Q&A集」でしょう。

 「宇宙エレベーターの利点」「宇宙デブリ問題」「誰が建造するのか」「法的問題」「旅客サービス、使用上の注意点」「事故、故障時の対応」、さらには「宇宙エレベーターが登場する小説、漫画、アニメの紹介」まで、基本的なことがすべて分かります。

 色々と知らなかったことも。

 「ケーブルが電位差を解消してしまうので、宇宙エレベーターの周辺には雷は落ちにくくなります」(単行本p.169)

 「赤道上に領土・領海を有する1ダースの国々は、普通の人工衛星軌道は宇宙に属するが、静止軌道は、宇宙ではなく、領空に属すると宣言しています(ボゴタ宣言)。なにしろ、どこが宇宙だという法的規定はどこにもないので、この宣言を誤りとは言えません」(単行本p.180)

 「無重力状態では、浮力がないため、泡はどんどん大きくなってしまいます。そのため体積が一気に増え、液体が激しく吹き出してしまいます。(中略)ビールやシャンパンはあまり美味しく飲むことができないかもしれません」(単行本p.191)

 知識が頭に入ったところで、最初に戻って「第1章 宇宙エレベーターって何?」。ゼネコンの大林組による宇宙エレベーター建築構想が紹介されます。

 さすがに建築会社だけあって、構想は具体的かつ定量的です。どの高度にどんな施設を造るか、アンカー施設をどのように制御するか、コストは、建設期間は、課題は、といった具合。

 「大林組が概略建設費を求めた結果によれば、約10兆円という試算が得られた。(中略)建設施工プロセスを検討した結果に基づき、運用が開始できる時期を2050年と試算した」(単行本p.33)

 予算10兆円、40年後に運用開始、などと言われると、一気に現実味が出てきますね。

 続く「第2章 宇宙エレベーターについて著名人に聞く」では、田原総一郎(評論家)、堀江貴文(実業家)、富野由悠季(アニメ監督)、山崎直子(宇宙飛行士)という著名人へのインタビュー集で、話題はもちろん宇宙エレベーター。

 特に面白いと思ったのは、堀江貴文さんと富野由悠季さんの二人。それぞれ全く異なる理由から、宇宙エレベーターに対して否定的あるいは懐疑的な立場をとっています。

 宇宙エレベーターが登場する(というより世界観の中核となる)『ガンダム Gのレコンギスタ』を監督している富野由悠季さんは、思想的に反対しています。1万年後でもありえない、と断定。

 「それほどの投資をするほどの意味や価値が本当にあるのか、ということを問いたいんです。結局は、我々人類は地球に住むしかなくて、そのことを本気で考えないといけないっていう物語を作りたかったんです。(中略)原爆、原発、さらに宇宙開発とか、今までどれだけの金を人類は使ってきたのか、ということをそろそろリアリズムを持ってちゃんと認識してほしい」(単行本p.66、69)

 この発言に宇宙エレベーター協会の会長もカチンときたらしく、次のように挑発。

 「いくらダメだよって言ったって、作れる科学技術がそこにあれば、人間は絶対に作っちゃうじゃないですか。ガンダムだって、人型巨大ロボットを作れる技術がそこにあれば、きっと作っちゃうでしょう」(単行本p.69)

 たちまち起こるガンダム論争。というようなことになると面白いんですが、大人なのでそういうことにはなりません。

 いっぽう、堀江貴文さんは「そんなものには興味がない」という立場です。

 「宇宙エレベーターができたらコストが安くなるってよく言われますけど、本当なのかなと、すごく懐疑的ではあるんです、そこは」(単行本p.56)

 そう言われて、むきになって反論する宇宙エレベーター協会の会長。しかし、何と言われようと。

 「僕は、あんまりそういうのに興味はないっすよね」(単行本p.57)

 「いや、でも僕は、そもそもそんなに必要だと思ってない派なんで」(単行本p.57)

 「僕はそこにはあんまり興味がわかないっていうか」(単行本p.57)

 「僕は、現実的に今すぐやらなきゃいけないことをやりたい派。そういう人なんです。とにかく早くやりたい。今すぐやりたい派なんです。(中略)今できるならやりましょうよ。だってロケットならば、今すぐやれるんですから」(単行本p.57)

 話のかみ合わなさが生々しい。

 「第3章 宇宙エレベーター実現後の世界をシミュレーションする」では、宇宙エレベーターの社会的影響に焦点を当てます。どんな娯楽が生まれるか、国家や民族などの文化的アイデンティティにどんな変化があるか、宇宙開発はどうなるか、といったテーマ毎に専門家が解説します。

 個人的に「おおっ」と思ったのは、先日読んだ『宇宙人の探し方 地球外知的生命探査の科学とロマン』の著者である鳴沢真也さんが、SETI研究家の立場から宇宙エレベーターへの期待を語っているところ。ちなみに『宇宙人の探し方』の電子書籍版読了時の紹介はこちら。

  2014年02月25日の日記:
  『宇宙人の探し方 地球外知的生命探査の科学とロマン』(鳴沢真也)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-02-25

 「宇宙エレベーターの上部には、月への発射ポートができるはずです。そして月にもエレベーターが完成すれば、輸送能力は劇的に向上します。月の裏側電波天文台、著者が生きている間の完成を切望します」(単行本p.130)

 「宇宙ネックレスの軌道上に、複数の望遠鏡を設置して観測しましょう。100光年以内の惑星なら、そこにもし存在していればですが、空港や港などの巨大な建造物を見ることができます。宇宙人からの電波やレーザー光線を待つより、こうして彼らの建造物を見つける方が早いかもしれません。いわば「地球外建造物探査」です」(単行本p.135)

 SETIのために宇宙エレベーターを早く建造しましょう。というより、宇宙エレベーターの話題には申し訳程度に触れただけで、ひたすらSETIのことばかり熱く語っています。ああ、せっちゃんだなあ。

 そして「第4章 宇宙エレベーター実現のために頑張ってます!」では、宇宙エレベーター協会が毎年開催している技術競技会「宇宙エレベーターチャレンジ」の紹介です。

 特に興奮させられるのは、「チーム奥澤」の代表によるチャレンジの記録でしょう。

 「世界初の1000m超えへの挑戦に向けて、万全の体制を整えるためにこの日の夜も突貫作業で対応に当たった。(中略)地上で1000mのプログラムで模擬昇降を数十回行い、間違いなく動作することを深夜まで確認した。そして、一番大事なことは、前日の実験でうまくいったところは触らないことである」(単行本p.156)

 「立場を超えて、宇宙エレベーター実現という目標に向けて、本気で頑張っている方々を見ると、私も頑張らなくてはならないという気持ちが非常に強くなる。(中略)誰かがやらねば技術は前に進まない。「いつかは宇宙へ、可能であれば自身の開発したクライマーで」。そんな夢を原動力に開発を行ってゆく予定である」(単行本p.159、160)

 というわけで、宇宙エレベーターの基礎知識から、具体的構想、技術開発の現場、様々な予想や期待や見解など、まとまりは悪いものの、生き生きとした情報を集めた一冊です。もう宇宙エレベーターは、SFのアイデアというより、巨大プロジェクトとして法的課題や政治的意義が深刻に議論される段階までやってきたのだなあ、という感慨がわいてきます。


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