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『ぶたぶたの本屋さん』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

 「“ブックス・カフェやまざき”ってところですね。新刊書店じゃなくて、セレクトした書籍を古本も含めて並べていて----最近、イベントスペースとしても注目されているみたいです」(文庫版p.9)

 「『午後のほっとカフェ』、まもなく三時です。人気コーナー『昼下がりの読書録』、山崎ぶたぶたさんのご登場です。お楽しみに!」(文庫版p.20)

 大人気「ぶたぶた」シリーズ最新作。今回の山崎ぶたぶた氏は、本屋さん兼ローカルラジオ局のパーソナリティーです。ぶたぶたシリーズを平積みで売っているというメタな表紙イラストが目印の一冊。文庫版(光文社)出版は2014年7月です。

 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、心は普通の中年男。山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。「ぶたぶた」シリーズはそういうハートウォーミングな物語です。山崎さんの職業は作品ごとに異なりますが、今回は本屋さん。全四話を収録した短篇集となっています。

 作中では、山崎ぶたぶた氏お勧めの本の紹介もあり、さらには 「あとがき」も付いていますよ!


『明日が待ち遠しい』

 「今は「売れない」と作家であることも難しい。昔はよく言われていた言葉「売れない作家」というのはもはや死語、あるいは空想上の生き物になりつつある。しかし、今三十代後半の美那子の若い頃は、まさにそうだった」(文庫版p.8)

 「最近出しているシリーズものが好評で、そこそこ売れる作家になってきた」(文庫版p.8)美那子は、まだ売れない作家だった若い頃に書いた、自分でも愛着のある一冊をプッシュしている小さな本屋さんがあると聞いて、のこのこ出掛けてゆく。そして、いきなりラジオのローカル局「FMすずらん」の読書番組にゲストとして生出演することに。

 パーソナリティは、本屋さん“ブックス・カフェやまざき”の店主にして「FMすずらんの細川俊之か城達也って言われてる」(文庫版p.33)渋い美声で本を朗読してくれる山崎ぶたぶた。

 「でも、自分が一番不幸だとか、たまに思ったりもするんです」
 「ぶたぶたさんも!?」
 「ありますよー。ただのぬいぐるみだからって悩みがないわけじゃないんですよ」(文庫版p.44)

 自分が一番不幸だとか、たまに思うのかー。

 それはともかく、今回、面白いのは「自分がぶたのぬいぐるみだと公言しているラジオの人気パーソナリティ」という設定の絶妙さです。声だけ聞いているリスナーはみんな「そういう設定なのね」と納得しているという。そうだよなー。確かに。


『ぬいぐるみの本屋さん』

 「ファンタジーがジャンルだとすると、マジック・リアリズムは手法なんです。マジック----魔法とリアルの融合ということでしょうかね」
 「……それは、まさにぶたぶたさんそのもの……」
 「いや、マジックじゃないんですけどね、僕は」(文庫版P.62)

 大学で友達が出来ないことで悩んでいる奏美は、ラジオ番組に送った相談の葉書がきっかけとなって、山崎ぶたぶた氏の紹介で読書会に参加。一冊の本が、奏美と人々の間をつないでゆく。

 一人で黙々と読んでネットで紹介するだけという偏屈者もたまにいますが、多くの読書好きの人は社交的で、本の話題で盛り上がってすぐ友達が出来るそうですよ。友達がいなくて寂しいと思ったら、まずは読書から。


『優しい嘘』

 「それは、あの小説の中ではまぎれもない真実だと祥哉は思う。今、目の前にぶたぶたがいるのと同じくらい」(文庫版p.143)

 あることがきっかけで引きこもりになった理子。どうしたらいいのか分からず苦しんでいる彼女は、メル友である山崎ぶたぶたにも本当の悩みを相談できずにいた。いっぽう、久しぶりに東京に帰ってきた祥哉は、幼なじみの理子のことを知り、何とか助けたいと思う。だが、彼にもどうしたらいいのか分からない。そんな二人に、山崎ぶたぶたがほんの小さな勇気を与えてくれるのだった。

 人は真実ではなく嘘や虚構によって救われることもある、という物語ですが、ぶたぶたが存在する作品内でそういわれても、何だか微妙。

 引きこもりという暗い題材を扱っているので、明るい雰囲気を保つためか、くすっ、と笑えるシーンが多めになっています。個人的には、祥哉の恩人の名前が「塩澤」さんというところに吹きましたけど。

 「いやー、お祭りやイベントとかでも普通に参加していて、気にされてる方もいらっしゃるとは思うんですが、とにかく商店街のキャラだと思われていたりするんですよね。『違う』って言っても、『あ、非公認の』とか別の誤解されて、かえってややこしくなって」(文庫版p.132)


『死ぬまでいい人』

 「東京でも、住んでいるところが違うとあんなのがいるんだ。東京すげー」(文庫版p.162)

 小説家になりたい中学生の朗は、小さな書店で働いているぶたのぬいぐるみを目撃して大興奮。やっぱり東京すげー、と思った彼は、これはもちろん運命の出会いだと直観。

 「「君こそ伝説の勇者だ。私たちの世界を救ってほしい」と言われて、ぬいぐるみワールドへ行く」(文庫版p.163)とか、「「君はまだ本当の自分の力を知らない。力が欲しいか?」と鋭い点目でたずねられる」(文庫版p.163)とか、もう果てしなく広がる中二妄想。

 イタいやら可笑しいやらのジュブナイルですが、実はいじめを扱ったけっこうシリアスな物語です。伝説の勇者として世界を救ったりするより、友達の心を助けることの方がはるかに難しくて大切なこと。深刻さと滑稽さのバランスがよく取れていて、この題材の話としては非常に読みやすくなっています。


タグ:矢崎存美
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