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『「つながり」の進化生物学』(岡ノ谷一夫) [読書(サイエンス)]

 「コオロギを透明な箱に入れ、他個体の様子は見えるけれど、他個体と直接相互作用できないようにして飼っておくと、とても凶暴になり、喧嘩に強いコオロギになるそうです。長尾さんはこのように飼育したコオロギを「インターネットコオロギ」と呼んでいます。(中略)コオロギの喧嘩では、通常、相手が逃げてしまったところで決着がつきますが、インターネットコオロギは相手を執拗に追い続け、殺してしまうといいます」(単行本p.264)

 動物と人間のコミュニケーションはどこが同じでどこが違うのか。言語、感情、意識はどこから来たのか。専門家が高校生のために行った特別講義をまとめた一冊。単行本(朝日出版社)出版は、2013年01月です。

 『さえずり言語起源論』の著者が、高校生のために、コミュニケーションと意識がどのようにして進化してきたのかを論じます。話題は非常に幅広く、また最新の研究成果がそれこそ惜しげもなく投入されており、実にエキサイティング。

 「高校生たちの熱意にひきずられ、1回の講義に、本1冊分くらいのネタを惜しげもなく入れてしまいましたし、まだ研究の途中経過であっても、アイデア段階であっても、必要であれば勇気を出して紹介してみました。(中略)私は、心やコミュニケーションのことは、高校生に伝わらないような言葉で語ってはいけないと思っています」(単行本p.8、9)

 全体は四つの章に分かれており、各章がそれぞれ一日分の講義に相当します。

 最初の「1章 鳥も、「媚び」をうる? 進化生物学で考えるコミュニケーション」では、動物のコミュニケーションがどのようにして行われているのか、それは人間のものとどこが同じでどこが違うのか、そもそもコミュニケーションの定義は、といった話題を扱います。

 登場する話題は、キンカチョウの三角関係、ハダカデバネズミの鳴き声、ジュウシマツの歌、など。実験に使っている動物への愛着丸出しなのが印象的です。

 「見た目はグロテスクだといわれるけれど、しばらく観察していると、誰もが(とは言い過ぎかな)この動物の可愛らしさのとりこになるはずです。(中略)ハダカデバネズミの声は、小鳥のように可愛らしくて、いろんな鳴き声を出します。まず、個体同士が出会って、身体が触れると「ぴゅう」と鳴き合うのですが、僕らはこの声を「弱チュー鳴き」と呼んでいます」(単行本p.42、46)

 「2章 はじまりは、「歌」だった 言葉の起源を考える」では、人間の言語がどのようにして進化してきたのかを考えます。その起源が動物の「歌」にあると考えられる理由が詳しく紹介されます。登場する話題は、チンパンジーの認知能力、ネアンデルタール人の言語、ジュウシマツの歌学習、など。

 「ジュウシマツのほうが、人間よりも相対的には脳が大きいのです」(単行本p.107)

 「霊長類は約220種類いますが、発声学習するのは、人間だけです。これは不思議でしょう。(中略)人間が霊長類で唯一、発声学習することと、人間の赤ちゃんだけが大きな声でしょっちゅう泣くことには、このように対応関係があるのではないかと考えています」(単行本p.109、119)

 「3章 隠したいのに、伝わってしまうのはなぜ? 感情の砂時計と、正直な信号」では、表情などの非言語的コミュニケーションと情動や感情の起源について考えます。登場する話題は、魚類の痛み、昆虫の恐怖心、サルの嫉妬心、ネズミのメタ認知、人間の情動表出、など。

 「昆虫が感情をもっているかどうかは、まだ議論がつづいていますが、最近、ハチは恐怖心をもつのではないかという研究が発表されました」(単行本p.159)

 「ネズミにとっては、不正解して30秒待たされるより、キャンセルして次に進むほうがいいからですが、キャンセルすると、エサはもらえません。 エサがもらえないのにキャンセルするというのは、自分が正解できるかどうかの判断を、自分でしているということなんじゃないか。(中略)自分の状態を自分でモニターするのだから、これはメタ認知であるといえる」(単行本p.172)

 「不思議に感じるよね。自分では意識していない情動の表出が、自分よりも相手に伝わっているということです。だから、声や表情で相手を欺こうとしても、欺かれるのは相手ではなく自分になってしまう」(単行本p.211、212)

 最終章である「4章 つながるために、思考するために 心はひとりじゃ生まれなかった」のテーマは、心と意識の起源。「心の他者起源説」を紹介しながら、コミュニケーションと心の関係を考えます。登場する話題は、ダンゴムシの心、カプグラ症候群、哲学的ゾンビ問題、サリーとアンの課題、ミラーニューロン、インターネットコオロギ、など。

 「僕も、自分に意識があることは否定しません。けれど、意識という、厳密には自分にしか存在が確認できない特殊なものを基盤として考えるのではなくて、進化生物学の考え方で、意識、そして心がどんなふうにできるかを考えてみたいのです」(単行本p.232)

 「2009年、アメリカの心理学者たちが、YouTubeにアップされている動画を使って、踊っている動物の調査をしました。(中略)彼らは約4000件の動画を調べました。 すると、厳密な意味でダンスしている、つまりリズムが刻まれるタイミングと、体の動きが最大になるタイミングが対応しているのは、人間と鳥とゾウだったそうです」(単行本p.245)

 言語、心、情動といったものの起源と、それらがコミュニケーションとどのような関わりを持っているのかを、進化生物学から考える。そういう講義ですが、中心となるテーマはもとより、あちこちに仕込まれた生物学の話題が驚くほど多様で面白い。動物行動学や心理学に関する最新の論文や、ご自身の研究内容もどんどん出してきて、飽きさせません。

 自分の心や感情、そして他者との関係性に悩む年頃に、こういう講義を受けられた高校生たちが実に羨ましい。

 「自分の心は、他者の行動を理解するための情報処理過程で生まれたのではないか。つまり、自分たちの心でさえ、他者とのやりとりがないと、出てこなかったんじゃないかと考えています。 心はひとりじゃ生まれなかった、コミュニケーションが心をつくったということです」(単行本p.251)


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