SSブログ

『現代オカルトの根源 霊性進化論の光と闇』(大田俊寛) [読書(オカルト)]

 「オウムの例に顕著なように、霊性進化論は、その思考を突き詰めてゆけば、人間は神に進化するか動物に堕ちるかの二つに一つであるという、極端な世界観であると言わざるをえないだろう。しかし、本書の記述において徐々に明らかにされるように、現代社会には、知らず知らずのうちにこうした世界観に絡め取られることになる思想的回路が、さまざまな場所に張り巡らされている」(新書版p.18)

 神智学、超古代史、UFOコンタクティー、マヤ歴世界終末説、爬虫類人陰謀論、オウム真理教、幸福の科学。一見してばらばらに見える様々なオカルト潮流の元となっている共通の思想体系とは。新書版(筑摩書房)出版は、2013年07月です。

 現代の様々なオカルトや新宗教を、「霊性進化論の展開」という視点で読み解くと、あら不思議、奇怪に入り組んだ迷宮のようにも思えた現代オカルト史が、驚くほどシンプルにすっきり理解できる。宗教学者がオカルトの沼地を埋め立てて区画整理したような、目からうろこが落ちる一冊です。

 「人間の歴史は全体として、霊性を進化させる歩みとして理解されるが、しかし他方、その道を転落し、「獣人」へと退化・堕落してしまう霊魂も存在する。(中略)人間の存在を、霊性の進化と退化という二元論によって捉えようとするこの図式を、本書では「霊性進化論」と称する」(新書版p.16)

 「霊性進化論とは、近代において宗教と科学のあいだに生じた亀裂に対し、その亀裂を生み出す大きな原因となった「進化」という科学的概念を宗教の領域に大胆に導入することにより、両者を再び融合させようとする試みであったと理解することができる」(新書版p.244、245)

 全体は三つの章に分かれており、霊性進化論の誕生、発展、日本における受容というように、その系譜を辿ってゆきます。

 「第一章 神智学の展開」では、19世紀後半に活躍したブラヴァツキー夫人の経歴と彼女が創始した神智学の教説を分析します。そして、そこには「霊性進化論」の特徴がすでに完成された形で含まれていたことが明らかになります。

その特徴とは、霊性進化、輪廻転生、誇大的歴史観、人間神化/動物化、秘密結社の支配、霊的階層化、霊的交信、秘教的伝統・メタ宗教、の八つです(新書版p.46、47)。ここでは個々の要素については説明しませんが、字面から何となく想像がつくのではないでしょうか。興味ある方は本書をお読みください。

 本書全体を通読してからここを再読すると、なるほど、その後に現れるオカルト体系の基本要素がすべて登場していることが分かります。その後、これに匹敵する影響力を持つオリジナルな妄想体系を誰も生み出せなかったわけで、決して皮肉ではなく、ブラヴァツキー夫人、やっぱり超絶的な天才としか言いようがありません。

 さらに、ブラヴァツキー夫人亡き後、神智学を引き継いで発展させたリードビーター、シュタイナーといった人々の活動、神智学の影響も受けて広まったアリオゾフィ(アーリア人種至上主義)からユダヤ陰謀論、そしてナチズム、ホロコーストへと至るその後の展開が概説されます。いっけん他愛もない霊性進化論のなかに秘められている、危険で破壊的なパワーには慄然とさせられます。

 「ナチズムにおける民族的運動が、通常の近代的ナショナリズムの範疇を遥かに超える暴挙に結びついた原因の一つとして、霊性進化論に基づく特異な世界観からの隠然たる影響があったということを、われわれは決して見逃してはならないだろう」(新書版p.104)

 「第二章 米英のポップ・オカルティズム」では、ニューエイジ運動に代表されるような通俗オカルトがどのようにして生まれ発展したのかを分析します。

 「実際のところそれらの思想においては、体系の骨組み自体は神智学のそれからほとんど変化していないのだが、大衆の目を引くために、新奇性やエキゾティシズムを感じさせるさまざまな装いが、その表面に施されている」(新書版p.106)

 眠れる予言者エドガー・ケーシー、金星人とコンタクトしてUFOに乗ったジョージ・アダムスキー、マヤ暦による2012年世界終末説を唱えたホゼ・アグエイアス、爬虫類人(レプティリアン)による人類家畜化計画を糾弾するデーヴィッド・アイク。

 この章で紹介、分析される四名の主張は、一見するとバラバラに見えますが、いずれも神智学に含まれていた霊性進化論を分かりやすくポップに飾りたてたものだと解釈すると、実はほとんど同じものだということが明らかになります。

 「霊の性質によって神人と獣人を区別するという二元論的思考、さらには、神的本質を有する人間が獣的勢力によって脅かされるという構図自体は、依然として持ち越された。(中略)戦後のオカルティズムにおいては、霊性進化に向かう人類の歩みを、邪悪な超古代的・宇宙的存在者が妨害しているという図式がしばしば描かれたのである」(新書版p.176)

 さらにはチャールズ・フォートの「人類家畜説」、エイリアン・アブダクション(宇宙人による誘拐と人体実験)、宇宙考古学、様々な誇大妄想的陰謀論など、おなじみの話もそのバリエーションであることが明らかにされ、第二章は幕を閉じます。

 「第三章 日本の新宗教」では、日本に導入された霊性進化論が生み出した新宗教の代表として、オウム真理教と幸福の科学を取り上げ、その教義を分析します。

 「日本における霊性進化論の展開は、全体として見れば、ヨーガや密教の修行を中心とする流れと、スピリチュアリズムを中心とする流れの二種類に大別することができる。(中略)それぞれの流れを代表する新宗教の団体として、オウム真理教と幸福の科学を挙げることができるだろう」(新書版p.180、181)

 まったく異なるように思えるこれらの宗教団体ですが、その教義を「霊性進化論の日本土着化」と見なして分析してみると、共通の源流から発していることがよく分かるのです。

 というわけで、神智学として誕生した「霊的進化論」というシンプルなミームが、どんどんバリエーションを広げて生存競争を繰り広げてきた、という視点から現代オカルト史を読み解くという試みには興奮させられます。

 ややシンプル化しすぎではないかという懸念はありますが、一世紀半におよぶオカルトの全体像を把握できる(できた気になる)というのはやっぱり凄い。それは、オカルトを軽んじたり笑い物にしたりするのではなく、「近代科学を手にしたはずの現代人が、なぜオカルトにこれほどまでに必死にすがってしまうのか」という深刻な問いに、きちんと向き合うために大切なことなのでしょう。

 「約150年のあいだに生み出された霊性進化論の数々のヴァリエーションを概観してきた今、その理論が実際には、妄想の体系以外のものを生み出しえないということを、もはや結論して良いと思われる。しかし、果たしてわれわれは、その思想を一笑に付して済ますことが許されるだろうか」(新書版p.245)

 「宗教と科学のあいだに開いた亀裂、すなわち、科学的世界観や物質主義的価値観のみで社会を持続的に運営することが本当に可能なのか、長い歴史において人間の生を支え続けた過去の宗教的遺産を今日どのように継承するべきかといった、霊性進化論を生み出す要因となった問題は、根本的な解を示されないまま、今もなおわれわれの眼前に差し向けられている」(新書版p.245)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ: