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『ぶたぶた洋菓子店』(矢崎存美) [読書(小説・詩)]

 「今回のぶたぶたは、パティシエです。待望という方もいらっしゃるのではないでしょうか」(文庫版p.232)

 見た目は可愛いぶたのぬいぐるみ、心は普通の中年男。山崎ぶたぶた氏に出会った人々に、ほんの少しの勇気と幸福が訪れる。「ぶたぶた」シリーズはそういうハートウォーミングな物語です。愛読者には女性が多いそうですが、私のような中年男性をも、うかうかとファンにしてしまう魅力があります。

 さて今回は連作形式の短篇集。森の中にある洋菓子店で、ぬいぐるみのパティシエが美味しいお菓子を作っているという、設定だけ見るとメルヘンなお話。でもメルヘンじゃ仕事にならないわけで。文庫版(光文社)出版は、2013年07月です。

 何しろパティシエといえば重労働、忙しくて一日中働いていなければならず、まず体力がないと勤まる仕事ではありません。しかしそこは体力気力に満ちた職人気質で仕事中毒の中年男、山崎ぶたぶた氏のこと。馬車豚のごとくひたむきに働いて、きっちりいい仕事してますよ。

 洋菓子店「コション」の姿を見せない謎のパティシエに弟子入りしようと押しかけてきた高校生たちがその正体に驚く話(『森の洋菓子店』)がプロローグ、彼らがついにやりとげる『たからもの』がエピローグに相当し、その間に、「コション」で働いている女性スタッフが出会った思いがけない出来事をえがく『最初にやりたかったこと』、婚約者の心を引き止めるすべを探して「コション」にやってきた男性の物語『メッセージ』、そして男友達にプロポーズされて戸惑う女性が逃げるようにして出かけた「コション」で彼に出くわす『帰ってきた夏』、という三篇が挟まる構成です。

 忙しい山崎ぶたぶた氏はひたすら仕事をしていますが、彼が作る美味しい洋菓子が人の心を揺さぶり、何かに踏み出すためのきっかけを与えてくれるわけです。当然ながら、登場する洋菓子の数々がポイント。

 「本人よりも若干濃いピンク色で、点目が流れてしまったマカロンをかじる。中の濃厚なクリームは塩キャラメル味。 さっくりした生地となめらかなクリームが口の中で合わさって、もうなくなってしまう」(文庫版p.18)

 「ふわふわのクリームと一緒に、スポンジ----マドレーヌを口に入れる。お酒の香りが口に広がり、冷たくしてあるクリームにほろ苦さが交じる。牛乳+マドレーヌ、というおやつが、ものすごく上品になったような味だった」(文庫版p.104)

 「あのタルトはおいしかった。ブルーブリージャムの酸っぱさは、子供の頃、山で穂乃実と一緒に摘んだキイチゴの実を思い出させた。あれは顔がきゅっとなるほど酸っぱかったが、ジャムには柔らかな甘さと瑞々しい香りも一緒にあった。タルト生地の食感はサクサクで、食べる時間を計算したみたいに口の中でホロホロ崩れる」(文庫版p.156)

 「シュークリームの皮はとても薄く、触るだけで破けてしまいそうだった。こんなん、家でできるかあっ! って感じだったが、小さくて一口で食べるとぷしゅっとなめらかなクリームが弾けるようで----できたてもいいけど、冷たく冷やして、あるいは凍らせてもおいしそうだ」(文庫版p.192)

 「ゼリーは果物の色を引き立てるため、透明----いや、ちょっとだけ色づいていた。はちみつのゼリーなのだ。透明に近いふるふるのゼリーの中に、たくさんの果物が泳いでいる」(文庫版p.193)

 他にも、ラスク、クッキー、そしてもちろんケーキも登場しますよ。読むだけでダイエットに失敗しそう。いかにも「コション」で商品を包んでくれる包装紙というイメージのカバーイラスト(手塚リサ)も素晴らしい。

 というわけで、ぶたぶたシリーズをご存じない知人などへのプレゼントにも最適な一冊。『食堂つばめ』も重版されるとのことで、何だか勢いに乗っている感じがします。このままどんどん読者が増えるといいですね。

[収録作品]

『森の洋菓子店』
『最初にやりたかったこと』
『メッセージ』
『帰ってきた夏』
『たからもの』


タグ:矢崎存美
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