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『提案前夜』(堀合昇平) [読書(小説・詩)]

  「見積もりの機器構成の明細の変更箇所の まだ帰れない」

  「行間を読まねば読めぬ陽に焼けた手順書だったぺらぺらだった」

  「仕様管理者(レビュアー)が仕様統括者(アーキテクト)が仕様承認者(オーナー)が日ごとに替わる サイレンが鳴る」

  「ソースコードの存在しない修正版(リビジョン)を探しつづける サイレンが鳴る」

  「ふいに詩が奔ったようで手を止める機器構成明細第2.4版に」

 ITシステムの顧客提案書は詩歌だ、母さん助けて詩歌。某コンピュータ会社の営業でもある歌人がつづった、コスト・納期・品質・要件・性能を満たすナイス提案集。単行本(書肆侃侃房)出版は、2013年05月です。

 自棄になった企画屋が捨て台詞のように吐いた仕様諸元、無能な技術屋がサービス残業の証拠として作ったシステムを、愚かな顧客を何とか騙して売りつけようとして空回りする。それがコンピュータ会社の営業というお仕事です。

  「まず何処の馬の骨かを説明せよ、製品の紹介はそれからだ」

  「ソリューション高らかに説く舌先だ醒めた空気に気づきもせずに」

  「ありきたりの言葉をいくつ並べても真実だろう売上だけが」

  「「ナイス提案!」「ナイス提案!」うす闇に叫ぶわたしを妻が揺さぶる」


 職場では、他人と目を合わさないようにして、黙々と「報告書」と「提案書」を作っています。

  「みな前を向くから僕も前を向くデスクトップの遠い草原」

  「商談確度A・B・C更にDプラス・Dマイナスと分けられて、春」

  「語気あらくして進捗を問う声は近づいてくる時計まわりに」

  「同い年の課長が増えてくる四月 体言止めで終える報告」

  「ダメだしの果てに突き放されるまで端末だけが温かかった」


 そんな、情熱あふれる仲間たちと共にIT技術で社会の未来を切り開く、やりがいある明るい仕事です。経験不要、仔細面談。

  「技術論的に無理だという奴の鳩尾をこうえぐる角度で」

  「明日もその席のあることを疑わず我が空論を去なしつづけろ」

  「褒められて育つタイプと新人が挨拶をする きらきらきらら」

  「伸びしろがある人間になりたいと伸びしろばかり伸ばした日々は」

  「引き継ぎもなく去るひとよ シャットダウン見届けぬまま閉じるPC」

  「明日もまた会社があると思うならお手元の資料をごらんください」


 そして充実した一日も終わり、また明日に向けて決意を新たにするオフタイムです。

  「結び目を解くそばから倒れたもん勝ちだよなんてつぶやいている」

  「靴ひもを整えてまた歩きだす嘔吐の跡のつづく街路へ」

  「労働の意味突き詰める友のいていまだ仕事を得たとは聞かず」

  「売れまくる啓発本のタイトルを考えながら歩く夕暮れ」

  「カップ麺啜れば骨の芯までも痺れるだめだもっと喰いたい」

  「ポークフランクを頬張りながら歩く坂道の途中でまた日が変わる」


 というわけで、IT業界のあれこれにひそんでいるリアルと抒情を丹念にすくい上げた、ISO 9000シリーズ準拠の標準歌集第2.4版R1.1です。希望に燃えてこの業界への就職をめざす若者たちに、ぜひとも読んでほしい一冊。


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