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『五年、生存』(島野律子) [読書(随筆)]

 「そうだ、この治療は死なないために受けていたんだ。すいません。忙しすぎて、すっかり忘れてました」(something 17、p.111)

 女性詩人25名の自薦詩とエッセイを掲載する詩誌"somethig 17"(編集:サムシングプレス/鈴木ユリイカ、出版:書肆侃侃房)に、島野律子の新作エッセイが掲載されましたので、ご紹介いたします。

 昨年、私の配偶者でもある島野律子が第一詩集『むらさきのかわ』(ふらんす堂)を出しました。もちろん今のこのようなご時世、無名詩人の詩集など売れるはずもなく、あちこち知り合いの詩人さんたちに献本した後、残り部数は箱詰めのまま我が家に積み上げられ、猫のアスレチックフィールドになっています。

 その詩集が、どうやらサムシングプレスの目にとまったらしく、詩集から抜粋された自薦作品いくつか+新作エッセイ書き下ろしが、詩誌"somethig 17"に掲載されたのです。エッセイの内容は、乳がん治療体験記。

 「リンパ節転移が六つも見つかり、結局ホルモン治療もありで、フルセットの治療コースへ。それっていったいおいくらですか。交通費だけでもしゃれにならないですよ」

 深刻にならないようおちゃらけた雰囲気のエッセイとなっていますが、治療について非常に具体的に書かれています。

 「三週間毎の抗ガン剤治療四回、さらに一週毎の抗ガン剤投与十二回、その後放射線照射を週に五回で、合計三十回。排卵を止めるホルモン剤を三ヶ月に一回投与で五年、服薬は毎日一錠を五年。やらかす、きっと。このスケジュールを滞りなく自分がこなせるはずがない」

 タイトルは、治療打ち切りの目安となる「五年生存」を意味していますが、乳がんの場合、五年生存でも再発転移の可能性が消えたわけではなく、生存年数に沿って再発率がだらだらとゆるやかに下がってゆく傾向にありますので、これからもずっと不安と共に生きるしかありません。

 といいつつ、自覚症状も軽微で、ホルモン療法のおかげで生理がなくなってラッキー、このまま閉経逃げきり狙えるか、みたいな。

 「これがガンと共に生きるなのか。そうなのか。なにかが、間違っているような気もするのですが、今はまだ生存中です」

 というわけで、「治療より、そもそも通院がめんどう」、「うっかり者にとっては治療より治療スケジュール厳守の方がきつい」、「抗ガン剤を服用してもなぜかダイエットできない」、といった、他の乳がん治療体験記ではあまり言及されないポイントに的を絞ったユニークな体験記。生活と詩作を支えている(少なくとも積極的に邪魔はしていない)夫への感謝とか愛情表現とか書かれていればもっとよかったのにと思います。

 他の詩人さんのエッセイも読みごたえがあります。いくつか引用しておきます。気になった方は、ぜひsomethig 17をお買い求め下さい。

 「「あなたにも出来るわ。目を瞑って、宇宙から頭の上にパワーが下りてくるイメージをするの。」 昼下がりの喫茶店で、スプーンを持って、私は意識を集中させていた」(柳内やすこ『私と宇宙』より)

 「いいねえ、というのはひとが猫を眺めているときになにも考えずについ発してしまう言葉である」(川上亜紀『灰色猫的日乗』より)

 「ピクトさん「被苦人さん」といういつも酷い目に遭っている形代のようなものがいる。ヒトの姿を簡略化したもので、いまピクティストというマニアまでいる人気ものだが、私が転んだときにはピクトさんは居合わせなかった。(中略)どうして額から転んだのかわからなかった/わからないから事故は起こるのだとしても/ゆっくりゆっくりと地面が顔に近づいて/それからメガネが潰されて/血が噴き出してきたのだった」(苅田日出美『ピクトさん』より)


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