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『移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活』(高野秀行) [読書(随筆)]

 「彼らの多くは一時的な滞在者ではない。十年、二十年という単位で住み、日本語を話し、日本で家庭生活を営んでいる。日本に移り住み、ここに根を下ろした人たちなのである。なのに、私たち一般の日本人は意外なほどそういう外国人の「ふつうの姿」を知らない。(中略)ふつうの人たちが何をどう食べているのか。そこから日本で暮らす外国人のリアルな姿を見てみたい----」(Kindle版No.32)

 あるときは在日外国人コミュニティのパーティに参加し、あるいは一般家庭の夕餉にお邪魔する。一般の日本人にとっては、ある意味ソマリア南部やミャンマー奥地にも等しい国内の「秘境」に踏み込んだ著者が見た「日本に住んでいる普通の外国人」の生活とは。電子書籍版をKindle Paperwhiteで読みました。単行本(講談社)出版は2012年11月、Kindle版は2013年06月に出版されました。

 その数ざっと二百万人、日本の総人口の1.5パーセントを占める在日外国人。意外に知られていない彼らの生活を、食事をともにするところから取材してゆく一冊です。様々な国や民族が取材対象となっており、ざっと目次を見ただけでもそれが分かります。

「第1章 成田のタイ寺院」
「第2章 イラン人のベリーダンサー」
「第3章 震災下の在日外国人」
「第4章 南三陸町のフィリピン女性」
「第5章 神楽坂のフランス人」
「第6章 中華学校のお弁当」
「第7章 群馬県館林市のモスク」
「第8章 鶴見の沖縄系ブラジル人」
「第9章 西葛飾のインド人」
「第10章 ロシアン・クリスマスの誘惑」
「第11章 朝鮮族中国人の手作りキムチ」
「第12章 震災直後に生まれたスーダン人の女の子、満一歳のお誕生日会」

 日本国内だけで世界一周する勢いですが、これだけ幅広い外国人コミュニティが普通に存在し、地元に自然に溶け込んでいる、という事実にまず驚かされます。そして、読み進むにつれて興味深い話がぞろぞろと。

 「在日外国人のムスリムは日本中に住んでいる。全国にモスクは百カ所以上あるが、中でも館林はモスクが二カ所もある「在日ムスリムの町」だ」(Kindle版No.1766)

 「なんと、昭和天皇はロシアン・クリスマス当日に亡くなったのだ。在日ロシア人たちは動揺した。世間は祝い事をみな「自粛」している。パーティなどもってのほかだ。しかし、彼らにとってのクリスマス・パーティとは遊びではない。主イエス・キリストの生誕を祝うという宗教行事なのだ」(Kindle版No.2646)

 「「その店、お客の60パーセントはブラジル人だよ。ブラジル人はペルー料理が大好きなの。それに両方とも沖縄人だし」(中略)私は知識として鶴見を理解していただけで、何一つ実感が伴っていなかった。だから、ブラジル→沖縄→ペルーという展開にさっぱり脳がついていかないのだ」(Kindle版No.2133)

 他にも、「(大陸の漢族や半島の韓国人に比べれば)日本は気楽」という朝鮮族中国人の青年、「寛容と「排他的でない」はちがいます」というインド人の言葉、イスラム教徒が寿司を好む理由、東日本大震災のとき北欧系の大使館がみんな広島に避難したのはなぜか、などなど、読んでいて思わずはっとすることがいっぱい。

 もちろん本命(?)の料理は実に美味そうに書かれています。取材を受けた外国人も気さくで親しみやすい人々ばかり。うわっ、食べてみたい!

 異文化理解だの国際交流だの何のとご託を並べず、知らない人々と一緒に美味しいものを食べたい、という自然体で取材しているのが素敵です。文章はユーモラスで、おおらかな雰囲気が漂っているのも好感が持てます。

 「「食」は文化であり、文化に優劣などない。そしてうまいとかまずいというのはすべて相対的な問題だ」(Kindle版No.54)とかっこ良く説教した次の段落で、(一番おいしい料理は)「そりゃ、やっぱ、タイ料理ですよ!」(Kindle版No.54)と言い切ってしまったり。

 最初は「フランスは私にとってすごく縁遠いというか、むしろはっきりと「敵」という印象がぬぐいがたい」(Kindle版No.1240)と言っていた著者が、一緒に飯を食った途端に「いいなあ、こういうの。フランス人、ナイスじゃん!」(Kindle版No.1323)、ころっと態度が変わったり。

 必死になって情報を探り当てたら、何とそれは十年前に自分が書いた記事で、しかもそれを読んで「今の私が知りたいことがもれなく、実にコンパクトにまとめてあった。さすが私。手際はいい。ただ記憶力がないだけだ」(Kindle版No.237)と的確な評価を下したり。

 何もかも津波に流されて失ってしまったフィリピン人女性が「美しいものは何もかも流された・・・。残ったのは私だけ。いちばん美しいものが残った」(Kindle版No.1220)とつぶやいて周囲を笑わせたり、取材だと言ってるのにどんどんウォッカを薦めてきて飲めや歌えやの宴会にして著者を酔いつぶしてしまう気のいいロシア人、「日本料理の特徴は、『冷たい』『量が少ない』『味が薄い』『値段が高い』です」(Kindle版No.1715)と辛辣なことをにこにこ笑顔で言う台湾人、など登場する人々もキャラが立ちまくっています。

 多くの外国人が祖国の生活習慣を守ったまま日本の地域社会に溶け込み、この国は住みやすい、と口をそろえて言う。読んでいるうちに、ああ日本はなんていい国なんだろう、と改めて感心させられます。

 「それはこの二十年で日本人の外国人への差別や偏見は激減したということだ。もちろん住居・仕事・言語など、まだ問題は山積している。でも、私たちが取材した外国人と周囲の日本人の馴染み方はびっくりするほどだった。行政や学校、地域のコミュニティも努力していると思う」(Kindle版No.3523)

 「外国人への意識が健全になったということは、人間全般への意識が健全化されたということだ。 「失われた二十年」などと言うが、私たちは実はものすごく成熟したのではないか。それは政治経済なんかよりはるかに大事なことではないのか」(Kindle版No.3527)

 「これから日本が外国の人たちにとって、もっともっと住みやすい国になることを祈って止まない。なぜなら、そういう国は明るく気さくであるはずで、日本人にとっても住みやすいはずだからだ。 それが今回、私が旅から得た最も強い確信の一つである」(Kindle版No.3542)

 というわけで、一部で排外主義的な主張が目立つようになってきた昨今だからこそ在日外国人の「普通の日常」を知ることから共存について考えたいという硬派な読者から、「また高野さんが、他人の行かないところに行って、他人がしないようなことをしでかしたのか。面白そう」という読者、あるいは珍しい海外の家庭料理に興味あるし国内で食べられる場所があるのなら行ってみたいという読者など、多くの人が楽しめる好著です。


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『エコ・ウオーズ 低炭素社会への挑戦』(朝日新聞特別取材班) [読書(教養)]

 「ビジネス界は温暖化対策の交渉の一進一退には関係なく、前を向いてグリーン産業分野で競争している。我慢ではなく経済と技術の力で削減する。この潮流に早く乗った企業や国が次世代のビジネスでも勝つということだ」(Kindle版No.471)

 自然エネルギーと低炭素社会の未来をめぐって、世界中の企業や国が激しい競争を繰り広げている。日本はいつの間に出遅れてしまったのか、その背後にはどのような事情があるのか。朝日新聞の連載記事を元に書籍化した一冊。電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(朝日新聞出版)出版は2010年03月、Kindle版は2013年05月に出版されています。

 温暖化対策、CO2排出量削減、自然エネルギー推進、といった言葉を聞くと、「いろいろ我慢して仕方なくやるもの」、「建前的な目標を律儀に守ろうとすると、経済の停滞を招いてしまう」などと感じる人も多いのではないでしょうか。

 しかし、世界各国はとっくに自然エネルギーや低炭素社会を前提として、次代のビジネスを支配するための熾烈な覇権争い(エコ・ウオーズ)を繰り広げているのだ、ということが、本書を読めばよく分かります。

 「売上高や利益、株価が企業の評価基準だった「マネー文明」に、環境負荷を極小にするという枷がはめられる。「低炭素資本主義」が、すぐそこに待ち構えている」(Kindle版No.720)

 「持続可能な企業を塗り分けたり、CO2排出量などを開示させようとしたりする動きが起きているのは、何より機関投資家など「マネー」がそれを欲しているからだ」(Kindle版No.694)

 「欧州はこうした将来ビジョンの中で自然エネルギーの市場を増やし、企業はその中で勝つか負けるかの競争を始めている。「自然エネルギーを増やすべきかどうか」で足踏みしている日本とはかなり異なる位置にいる」(Kindle版No.872)

 「世界の製造基地として成長を遂げるアジアの国々では、太陽電池が次代の主要産業に躍り出ようとしている。各国とも、国策として関連産業の誘致に熱心だ」(Kindle版No.1135)

 しかし、たしか日本の環境技術は世界最先端ではなかったのでしょうか。

 「日本はこの分野で先進的なスタートを切ったはずだが、いつの間にか他国に追い越され、自然エネルギー後進国になっている」(Kindle版No.822)

 「日本の風力発電の累積導入量の順位はずるずると後退して世界13位でしかない」(Kindle版No.1209)

 「世界風力会議(GWEC)のまとめでは、2009年における風力発電導入量で中国は米国を抜いて世界1位(1300万キロワット)となった。太陽電池も2007年に生産能力が世界一に(中略)。CO2排出世界一の汚名の裏で、自然エネルギー分野で「世界一の座」を獲得しつつある」(Kindle版No.1592)

 「太陽電池パネルも似た道をたどる。2005年は世界生産の47パーセントが日本だったが、2008年は中国が1位、ドイツが2位、日本は18パーセントで3位に落ちた」(Kindle版No.1255)

 「「日本は高い技術をもち、環境でリードしている」。多くの日本人は漠然とそう考えている。確かに技術はある。だが、2030年や2050年の世界や日本はどうあるべきかという大きな問いへの答えを持たなければ、他国が描く夢に部品を納入し続けることになる」(Kindle版No.1231)

 顔色が青ざめるようなデータが次々と提示されてゆきます。自然エネルギーへの移行はもはや理想でも建前でもなく、まったくリアルなビジネス競争になっており、そして日本はその市場から脱落しつつあるというのです。

 本書はこのような問題意識から出発して、日本で自然エネルギー導入が遅々として進まない事情、政策の混乱、ビジョンの欠如、保守化の風潮、など様々な課題を洗い出してゆきます。このまま日本の環境技術を腐らせてゆくのは、経済政策の観点からも、地球環境問題の観点からも、決して望ましいことではありません。

 原発再稼働、電力安定供給、電源ベストミックス、温暖化ガス排出量削減目標を取り下げるべきか、といった目先の議論とは別に、将来をみすえた長期展望が今こそ必要とされていることがよく分かる一冊です。2010年に出版されたので、当然ながら東日本大震災と原発事故による社会変化には触れていませんが、基本的な問題は今も変わらない、というよりむしろ悪化・後退しているように思えます。

 「私たちは「CO2本位制」とも言うべき、人類にとっては未知の「低炭素社会」時代を、歩み始めている。そんな新時代に向けて、新産業を育てることや社会構造を変えることに、この国の未来を賭ける価値は十分あるはずだ」(Kindle版No.2067)

 新聞の連載記事を雑にまとめた感が強く、話題があちこち飛んだり重複したり、展開が混乱していたり、けっして読みやすい文章とは言えません。しかし、自然エネルギー、環境ビジネスの現状と将来を考えるときに重要となるポイントをおさえることは出来るので、このテーマに興味がある方には一読をお勧めします。


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『SFマガジン2013年8月号 特集:日本ファンタジイの現在』 [読書(SF)]

 SFマガジン2013年8月号は、日本ファンタジイ作家特集ということで、短篇四作(分割掲載の前篇含む)を掲載するとともに、松永天馬さんの第二作を掲載してくれました。

『春告鳥』(乾石智子)

 「人々は魔力をもって生まれてくるが、魔法を使うにはダカンと訓練が必要だった。身につけてさえいれば魔力がダカンに蓄積されていく。自分のダカンを手に入れることは、ほとんどの人の目標のようなものだ」(SFマガジン2013年08月号p.10)

 隠遁生活を送っている魔法使いのもとに、かつて彼を追放同然に追い出した故郷の町から使者がやってくる。迫り来る危機から町を救ってほしいと。人々を救うため、そして過去の因縁に決着をつけるため、彼は故郷へと向かったが・・・。

 大きな悔いを残して故郷を後にした若者が、長い歳月の後に帰還し、同じ試練に立ち向かうことになる。背景世界、プロット、いずれも典型的な西洋風ファンタジー。主人公が歳くった今でも割と「お人好し」のまま、というくすぐりが印象的。

『チョコレートとあぶらあげ Helsingin Repot』(勝山海百合)

 「あんまりくっつかれると、混ざってしまうのだ。ここは、北極の狐の領分だからな」(SFマガジン2013年08月号p.40)

 北欧フィンランドに住んでいる主人公は、夜行列車で深い森の中を走っているとき、何かの「魔」に憑かれてしまう。そのまま自宅に戻ったとき、床に落ちていたお稲荷さんのお札から美少女が現れて・・・。

 北欧の妖精譚と日本の妖怪譚をミックスしたような作品。前半のフィンランドの雰囲気が素晴らしい。そこに東日本大震災への鎮魂が静かに重ね合わされてゆきます。

『廃園の昼餐』(西崎憲)

 「意識という大事なものがどこからきたか分からないのに全知だというのは妙な話ではあったが自分は全知ということについては確信があり、確信があるからにはたしかにおれは全知だった」(SFマガジン2013年08月号p.47)

 母親の胎内にいるとき全知だった赤ん坊。何しろ全知なので、両親のことも、近所の人のことも、何もかもすべてが分かっている。旅に出ることだって出来る。しかし、この世に生まれ出るためには・・・。

 ちょっとした奇想を元に、様々な人々の人生が断片的に語られます。何しろ語り手が「全知」ということで、時系列を無視してきまぐれにあちこち跳び回るような語り口がお見事。最後はしんみり。傑作だと思います。

『フェアリー・キャッチ[前篇]』(中村弦)

 「「おじさんのは、ふつうの手品じゃないんだ」と旅芸人はいっていた。ゆうべは森のなかで目から光線を出したり、網でふしぎなものを捕えて消し去ったりした。たしかに旅芸人はふつうの手品師とはちがう」(SFマガジン2013年08月号p.73)

 田舎に不思議な旅芸人がやってきた。その手品は素晴らしく、彼は一躍人気者となる。何とかして手品を教えてもらおうと決意した少年が、旅芸人の留守中にこっそり備品を持ち出すが、それがとんでもないトラブルを引き起こしてしまう。

 いかにも「ブラッドベリ風」の設定と展開。これからどうなるのか、後篇が楽しみです。 

『モデル』(松永天馬)

 「はじめに言葉があった。神様は「光あれ」と言われた。すると光と闇ができた。光は発電所から町へと供給され、神様の言葉は電力会社の広告に使われた。(中略)語られた言葉たちは、全て有料なのだ。「光あれ」に勝るコピーライティングを、誰も知らない」(SFマガジン2013年08月号p.257)

 神様は夜な夜なわたしの指を操り、写真を撮り、わたしの言葉とみせかけてブログをアップロードする。まことちゃんはモデル。神様や資本主義社会のロールモデル。

 SFマガジン2013年6月号に掲載された処女作『死んでれら、灰をかぶれ』に続いて早くも掲載された、トラウマテクノポップバンド「アーバンギャルド」のリーダーによる非処女作。神様と資本主義社会と少女の話。そのぶれない姿勢に感心させられます。

[掲載作品]

『春告鳥』(乾石智子)
『チョコレートとあぶらあげ Helsingin Repot』(勝山海百合)
『廃園の昼餐』(西崎憲)
『フェアリー・キャッチ[前篇]』(中村弦)
『モデル』(松永天馬)

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『けむたい後輩』(柚木麻子) [読書(小説・詩)]

 「だって----。私は煙草も吸えないような、ダサくて真面目な女だもん。羽みたいな、煙みたいな先輩を現実世界につなぎ止められるのは、私みたいな平凡な人間だと思ったの。でもね、いつの間にか、私の方が飛んじゃってたみたい」(Kindle版No.3080)

 自分は特別な人間。そう思い込むことに余念がない栞子は、病弱なお嬢様タイプの後輩、真実子から崇拝されて、いい気になっていたが・・・。社会へ出ようとする時期の若い女性たちの友情と反目をえがいた、連作短篇形式の長篇。電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(幻冬舎)出版は2012年02月、Kindle版は2012年05月に出版されています。

 良家の子女が集まる女子大を舞台に、三人の女性の関係が語られます。

 プロットの中心軸となるのは、病弱なお嬢様タイプの真実子。彼女が、カッコいい先輩である栞子に惚れ込んでしまったところから物語が始まります。

 「いいんですかっ。私なんかでいいんですかっ。嬉しい。私、先輩に一生ついていきます」(Kindle版No.968)

 そんな様子を苦々しく思っているのが、真実子の親友である美里。栞子の態度にカチンときます。

 「煙草を気だるそうにくゆらして、周りとは違う自分をアピールするっていう意味ですよ。そうすることで何を守ってるつもりなんですか? 見てるだけでムカつくんですよ」(Kindle版No.1366)

 「だいたい栞子の趣味ってさ、もろ『ユリイカ』読者じゃん。個性派気取るわりには、趣味が安全パイなんだよ。金で買える個性っていうの? 矢川澄子とか萩原朔太郎が大好きでさ。映画はゴダールでしょ」(Kindle版No.1421)

 「栞子って、中等部の頃から、あんたみたいな崇拝者を作って、周りから切り離して手元に置いておくのが好きだったんだって」(Kindle版No.540)

 いくら悪しざまに言われようとも、一途に栞子を慕い続ける真実子。

 「先輩の雰囲気や魅力や才能は、私や裕美子ちゃんのような乙女じゃないとわからないんだよねえ」(Kindle版No.704)

 その間抜けっぷりに読者も脱力してしまいますが、真実子は決してくじけません。どんなに冷たくあしらわれても、ひたすら栞子についてゆきます。その集中力、持続力、信じる一念パワーに、もしやこの娘は「天然」というより「大物」なのではないかと、読者も薄々気付いてゆくのですが・・・。

 自分は才能にもセンスにも恵まれた、クリエイティブな特別な人間、だから凡庸な他人とはつるまないの、という姿勢をアピールするうちに、誰からも相手にされなくなってゆく栞子。次から次へと駄目な男に入れ込んではフラれ、その度に真実子に甘えているうちに、何だかますます勘違い痛女への道まっしぐら。いるいる!

 やがて真実子も美里も社会へと巣立っていったのに、いつまでも自称クリエイティブなサブカル仲間内グループから抜け出せずにいる栞子。数年後に真実子と再会したとき、その差を思い知らされることに。

 というわけで、デビュー作『終点のあの子』 、特にその最終話を発展させたような作品です。とにかく登場する女性、特に栞子の不安や葛藤、虚勢などが痛々しく、視点を自在に移しながら丁寧に心理描写する技が巧みで、読んでいてそのイタさに「うわーっ」と頭抱えそうになるのは私だけではないはず。というか、若い読者は心の傷口どばっと開きかねません。要注意。

 栞子がつきあう薄っぺらい駄目男たちの人物造形も実にリアルで、この著者はしょうもない男を書くのがべらぼうに上手いような気が。

 『終点のあの子』では、まだ登場人物たちの心情に寄り添うように書かれていたのですが、本作では登場人物たちをあっさり突き放して、冷徹に眺めながらいじくり回すようにして書かれています。まるで自分の過去を甘やかすのをやめにしたような、何かが吹っ切れたのでしょうか、その距離感の変化も、個人的には好ましく感じられます。


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『ファースト・ポジション 夢に向かって踊れ!』(ベス・カーグマン監督) [ダンス]

 世界最大級の若手向けバレエコンクール、ユース・アメリカ・グランプリ(YAGP)。毎年、プロを目指す世界中の若手バレエダンサーたち5000人以上が各地で開催される予選に挑み、数百名だけが最終選考に進むことが出来る。栄冠に輝くのは、わずか数名。

 このYAGPに挑む若いダンサーたちの姿を追ったドキュメンタリー映画です。ブルーレイディスクで鑑賞しました。

 デニス・ガニオ(パリ・オペラ座エトワールであるマチュー・ガニオの父親)に師事する天才少年、そのガールフレンドでイスラエル人の少女、アフリカ内戦で孤児となった黒人少女、故郷の家族を養うためにプロを目指すコロンビアの青年、日本人の教育ママに寵愛される姉弟、典型的な米国白人ブロンド美人。

 それぞれの若者の家庭事情、生活、将来の夢、バレエのレッスンなどを、カメラは丁寧に追ってゆきます。何不自由なく育てられた者、貧しさから脱出するためにバレエに賭ける者、容姿に恵まれた者、恵まれない者。抱えているものは異なりますが、誰もが情熱のありったけをバレエに注ぎ込み、決して譲れない夢のために最終選考の地、ニューヨークへとやってくるのです。

 上映開始から一時間、最終選考シーンに到達する頃には、観客も一人一人の若者に感情移入しており、誰が受賞するのか、誰がスカウトを受けてプロへの道を切り開くのか、固唾をのんで見守ることになります。ミュージカル『コーラスライン』みたいな。

 若者たちの家族、知人、さらにはバレエ学校やバレエ団の関係者へのインタビューも挟み込まれ、YAGPおよびバレエ業界の現状を姿を浮き彫りにしてゆきます。食事や衣装、さらには怪我といったバレエダンサーたちの舞台裏というべき興味深い映像も。

 題材はバレエですが、特にバレエに興味のない観客でも問題なく楽しめるスポーツドキュメンタリー映画で、その巧みに観客を引き込んでゆく手際は少々あざとさを感じるほど。教育熱心な東洋の母親、周囲の偏見と戦う黒人少女、チアリーダーをやっていたブロンド美人(あだ名は“バービーちゃん”)、といった具合に、選ばれた登場人物たちも定型的で分かりやすいイメージで撮られています。

 というわけで、バレエに関心がある方はもちろん、そうでない方もスポ根映画のノリで楽しめる娯楽作品。ローザンヌ国際バレエコンクールは、その最終選考の様子を毎年NHKが放映してくれるので馴染み深いのですが、YAGPはそういうことがないので、予選および最終選考の舞台映像(転倒などの失敗シーン、控室や廊下で撮影された映像含む)はそういう意味でも貴重だと思います。

 なお、特典映像として、YAGP最終選考における登場人物たちの演技(クラシック部門、コンテンポラリー部門とも)がノーカットで収録されており、さらに他の候補者たちの演技もダイジェストでたっぷりと収録されています。特典映像だけで一時間という豪華さ。人間ドラマより何より、とにかくバレエの舞台が観たい、これから話題になる若手注目株をおさえておきたい、という方も満足できるボリュームです。


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