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『けむたい後輩』(柚木麻子) [読書(小説・詩)]

 「だって----。私は煙草も吸えないような、ダサくて真面目な女だもん。羽みたいな、煙みたいな先輩を現実世界につなぎ止められるのは、私みたいな平凡な人間だと思ったの。でもね、いつの間にか、私の方が飛んじゃってたみたい」(Kindle版No.3080)

 自分は特別な人間。そう思い込むことに余念がない栞子は、病弱なお嬢様タイプの後輩、真実子から崇拝されて、いい気になっていたが・・・。社会へ出ようとする時期の若い女性たちの友情と反目をえがいた、連作短篇形式の長篇。電子書籍版を、Kindle Paperwhiteで読みました。単行本(幻冬舎)出版は2012年02月、Kindle版は2012年05月に出版されています。

 良家の子女が集まる女子大を舞台に、三人の女性の関係が語られます。

 プロットの中心軸となるのは、病弱なお嬢様タイプの真実子。彼女が、カッコいい先輩である栞子に惚れ込んでしまったところから物語が始まります。

 「いいんですかっ。私なんかでいいんですかっ。嬉しい。私、先輩に一生ついていきます」(Kindle版No.968)

 そんな様子を苦々しく思っているのが、真実子の親友である美里。栞子の態度にカチンときます。

 「煙草を気だるそうにくゆらして、周りとは違う自分をアピールするっていう意味ですよ。そうすることで何を守ってるつもりなんですか? 見てるだけでムカつくんですよ」(Kindle版No.1366)

 「だいたい栞子の趣味ってさ、もろ『ユリイカ』読者じゃん。個性派気取るわりには、趣味が安全パイなんだよ。金で買える個性っていうの? 矢川澄子とか萩原朔太郎が大好きでさ。映画はゴダールでしょ」(Kindle版No.1421)

 「栞子って、中等部の頃から、あんたみたいな崇拝者を作って、周りから切り離して手元に置いておくのが好きだったんだって」(Kindle版No.540)

 いくら悪しざまに言われようとも、一途に栞子を慕い続ける真実子。

 「先輩の雰囲気や魅力や才能は、私や裕美子ちゃんのような乙女じゃないとわからないんだよねえ」(Kindle版No.704)

 その間抜けっぷりに読者も脱力してしまいますが、真実子は決してくじけません。どんなに冷たくあしらわれても、ひたすら栞子についてゆきます。その集中力、持続力、信じる一念パワーに、もしやこの娘は「天然」というより「大物」なのではないかと、読者も薄々気付いてゆくのですが・・・。

 自分は才能にもセンスにも恵まれた、クリエイティブな特別な人間、だから凡庸な他人とはつるまないの、という姿勢をアピールするうちに、誰からも相手にされなくなってゆく栞子。次から次へと駄目な男に入れ込んではフラれ、その度に真実子に甘えているうちに、何だかますます勘違い痛女への道まっしぐら。いるいる!

 やがて真実子も美里も社会へと巣立っていったのに、いつまでも自称クリエイティブなサブカル仲間内グループから抜け出せずにいる栞子。数年後に真実子と再会したとき、その差を思い知らされることに。

 というわけで、デビュー作『終点のあの子』 、特にその最終話を発展させたような作品です。とにかく登場する女性、特に栞子の不安や葛藤、虚勢などが痛々しく、視点を自在に移しながら丁寧に心理描写する技が巧みで、読んでいてそのイタさに「うわーっ」と頭抱えそうになるのは私だけではないはず。というか、若い読者は心の傷口どばっと開きかねません。要注意。

 栞子がつきあう薄っぺらい駄目男たちの人物造形も実にリアルで、この著者はしょうもない男を書くのがべらぼうに上手いような気が。

 『終点のあの子』では、まだ登場人物たちの心情に寄り添うように書かれていたのですが、本作では登場人物たちをあっさり突き放して、冷徹に眺めながらいじくり回すようにして書かれています。まるで自分の過去を甘やかすのをやめにしたような、何かが吹っ切れたのでしょうか、その距離感の変化も、個人的には好ましく感じられます。


タグ:柚木麻子
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