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『バナナの世界史 歴史を変えた果物の数奇な運命』(ダン・コッペル) [読書(教養)]

 「これは、われらの愛すべき友、バナナの息の根を止めようとする、現在進行中の“犯罪”の解決策を探す試みである。(中略)この試みが手遅れになり、バナナが死に絶えたあとの検証作業にならないことを私は願っている」(単行本p.19)

 世界人口を支える重要な食糧であり、魅惑の南国フルーツでもあるバナナ。そのバナナが今、絶滅の危機に瀕している。知られざるバナナの歴史を詳説した驚くべき一冊。単行本(太田出版)出版は、2012年01月です。

 「ありふれた食べ物でありながら、バナナは間違いなく世界でもっとも複雑な植物である。(中略)バナナは人が栽培するようになった、もっとも古い植物のひとつである。初めて栽培されたのは七千年以上前にさかのぼり、以来きわめて重要な食物のひとつとなっている。果物としては世界最大の生産量を誇り、農作物としても、小麦・米・トウモロコシにつぎ世界で四番目に多く栽培されている」(単行本p.9、10)

 最初から最後までバナナ浸けの本です。全体は六部構成となっていますが、内容的に大きく三つのパートに分けることが出来るでしょう。

 最初のパート(第1部、第2部)では、バナナに関する基礎知識、そしてそれが原産地から世界中に伝播していった初期の歴史が語られます。エデンの園にあった「知恵の実」の正体はリンゴではなくバナナだったとか、バナナの「木」は存在しないとか、なぜ「種」がないのか、といった興味深い話題が続出します。楽しい気分になります。

 その気分は、次のパートで無残に散らされることに。中間パート(第3部、第4部)で語られるのは、中南米のバナナ大規模プランテーションで、米国の大企業がどのようなことをしてきたかという歴史です。

 「バナナ帝国を築きあげることには、明らかな使命感がともなっていた。それは米国のラテンアメリカに対する支配を強化する、という意思表明でもあった」(単行本p.95)

 「支配」というより、端的にいって「殲滅」といった方がいいような悪逆非道な行い。米国企業による中南米諸国に対する搾取と破壊と殺戮に興味がある方は、ぜひ本書を読んで気分を悪くして下さい。ここでは、次の箇所を引用するにとどめておきます。

 「ユナイテッド・フルーツ社がラテンアメリカの国土に与えたダメージは想像を絶するもので、キャベンディッシュに生産が切り替わってからも、回復にはほど遠い状況だった。ユナイテッド・フルーツがグアテマラとホンジュラスに据えた独裁政権はそれぞれの国を何十年にもわたって支配し、虐待や暗殺、はては集団虐殺までが幾度となく繰り返された」(単行本p.206)

 米国史の暗部と並行して、最後のパート(第5部、第6部)に向けてどんどん高まってゆく不協和音は、バナナの疫病に関する話題です。

 「バナナは歴史上かつて栽培されたことのない土地で栽培された。その結果、ほかの多くの外来種同様、耐性をもたない病原体の攻撃にさらされたのだ」(単行本p.139)

 「すべてのバナナが遺伝的に同一であるということは、すべてのバナナは等しく病気に弱いということでもある。同じ遺伝子をもつバナナが何十億本もあるということは、一本が病気にかかれば、残りの何十億本も病気になることと同義なのだ」(単行本p.14)

 「パナマ病が最初に流行ったのは、他の地域からは孤立したところだったので、自然な経過をたどってバナナが全滅するのには一年近くかかった(中略)、ブラック・シガトカ病は十年もたたずにアフリカじゅうに広まり、1980年代には、収穫効率は3分の2以上減少した。パナマ病が進化しつづけ、ますます強力になってから、およそ20年になる」(単行本p.285)

 「この、脆弱だが人類に不可欠な食糧であるバナナは、しだいに滅びゆく危険に直面している。すでに、アフリカのいくつかの場所では、ブラック・シガトカ病とパナマ病、その他十以上のおもなバナナの病気によって、生産量が60パーセント以上も減少している」(単行本p.292)

 エデンの園から、原罪と共に、人間が持ち出して世界に広めた「知恵の実」の未来を守るために、世界中の科学者が懸命の努力を続けています。品種改良、遺伝子組替、あらゆる手を尽くして疫病に強いバナナを作り出そうとする研究は、はたして間に合うのでしょうか。

 そもそも、単一種大規模栽培、世界中にプランテーションを作って消費地まで遠距離輸送するというサプライチェーン、などの世界経済システムを何とかしない限り、疫病との戦いに勝つことは出来ないのではないでしょうか。そして、戦いに負けたときには、人類は深刻な食料危機に直面することになるでしょう。

 というわけで、植物学、歴史学、農学、経済学など、様々な側面からバナナという、身近でありながら実はほとんど知られていない果物、そしてその人類との関わりを教えてくれる興味深い一冊です。シリアスな問題提起がなされていますが、単にバナナ雑学書として読んでも楽しめます。


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