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『野間文芸賞受賞記念インタビュー2014.11.8 メイキング・オブ・笙野頼子』(群像2015年1月号掲載)(笙野頼子) [読書(随筆)]

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この『未闘病記』はどっちかというとメイキング・笙野頼子全作品ですよ。メイキングだから、女優さんもお化粧もしているし、ちゃんと演出しているし、サービスもしていますし。
  (中略)
三十年の読者はほぼ全員こう言います。「結局笙野頼子は絶対に変わらない」って(笑)。つまりは続編が始まるだけなのかもしれないです。
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群像2015年1月号p.129

 シリーズ“笙野頼子を読む!”第98回。

 笙野頼子さんが『未闘病記----膠原病、「混合性結合組織病」の』で野間文芸賞を受賞ということで、「群像」2015年1月号には、受賞のことば、選評、記念インタビューが掲載されました。また連載『デビュー小説論』(清水良典)第五回として笙野頼子さんの『極楽』が取り上げられています。

 参考までに、野間文芸賞受賞作『未闘病記』の単行本読了時の紹介はこちら。なお、現在は電子書籍版も配信されており、Kindleでも読めます。

  2014年08月01日の日記:
  『未闘病記----膠原病、「混合性結合組織病」の』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-08-01


受賞のことば『メイキング笙野頼子全作品』より
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「ネオリベラリズム批判になっている」と称され「三・一一以前に原発国家を書いていた」と言われ、私はただ、「目の前のものを書き、書けないときは書けない理由を書いた」、そんな単純な規則だけだった。なのに、書く事の危機はいつも起こった。シリーズの整合性や「私」をぶち壊す設定上の狂い。それは現実からの逆襲であった。
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群像2015年1月号p.110


多和田葉子さんによる選評『もうひとつの自由』より
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「自分は笙野文学がスグレモノであることを理解し愛読できるゴクゴク少数派に属している」とひそかに信じている人は意外に多いのではないか。わたしも油断するとそんな妄想に絡みつかれ、たとえみんなを敵にまわしてでも彼女のために一人戦うぞ、と悲壮な決意を抱いて選考会に向かったのだが、他の人たちの意見を聴いているうちに自分の的外れな思い込みに苦笑が漏れた。『未闘病記』を支持する声は様々な方向から聞こえてきた。
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群像2015年1月号p.113


受賞記念インタビューより(聞き手:清水良典)
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 長老猫のドーラが死んでしまった後は本当にむなしかった。朝起きるといない。何とか人間の世界へ戻りたいし、もう笙野頼子をやめたいと思ったんですよ。
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群像2015年1月号p.124


受賞記念インタビューより(聞き手:清水良典)
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 ギドウ一家の何があっても明日に脅えぬところに自分も賭けようというところがあった。こんなに価値のある一族なのに卑しめられているなら、この不当に扱われる存在を郎党にし、ともに繁栄しようぞ、と思ったんです。特に繁栄はできなかったし、私は難病だったけれど。でも「うまくいって」幸福にやってきました。
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群像2015年1月号p.126


受賞記念インタビューより(聞き手:清水良典)
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「頭に蛇を生やした」女家長は可能かもしれないと信じ、伊勢神宮よりはシンデレラ物語の掘り起こしをぶっ飛びでやりたい。無論、だいにっほんシリーズも必ずどこかで続けます。
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群像2015年1月号p.128


 このインタビューだけでも、数冊の新作が予定されていることがうかがえ、読者としては嬉しい限りです。念のため整理しておきます。


・『未闘病記』の続編

 これは以前のインタビューで「続編では思いきりやりますので」と宣言して読者を震撼させた、あれだと思われます。

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同じ病気の方が、同じ症状じゃないけれども、お手にとってくださるかと思うので、できるだけ「わがまま」をしないように、「暴走」しないようにして仕上げました。つまり普段の読者は、もしかしたら物足りないかもしれません。続編では思いきりやりますので。
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群像2014年9月号p.208


・だいにっほんシリーズの続編

 これは、長らく待ち望まれていた『だいにっほん、いかふぇみうんざり考』のことだと思われます。嬉しい。


・「シンデレラ物語の掘り起こしをぶっ飛びでやりたい」という謎めいた言葉

 これは、もしかしたら、予告されている『神変理層夢経 猫シンデレラ荒神』のことかも知れません。


タグ:笙野頼子
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『黒い破壊者 宇宙生命SF傑作選』(中村融:編) [読書(SF)]

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 収録作全六編のうち、本邦初訳が一編、三十年以上も前に邦訳が雑誌に載ったきりの作品が四編、長篇の一エピソードとして流布している作品の貴重な原型の邦訳が一篇というラインナップ。
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文庫版p.393

 知性を持つ森、高温プラズマ生命体、共生生物、そして波動とエネルギーを自在に操る超生物。ロバート・ヤング、ジャック・ヴァンス、ポール・アンダースン、ヴァン・ヴォークトなど人気作家による、驚異の宇宙生命が登場する中短篇SFアンソロジー。文庫版(東京創元社)出版は2014年11月です。


『狩人よ、故郷に帰れ』(リチャード・マッケナ)
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集合的には、彼らは銀河最大の生化学研究所にちがいないわ。彼らは一種の生化学的知性、精神と変わらないものを形成していて、それはあたしたちよりも早く学んでいる。
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文庫版p.31

 異星の大陸に広がる巨大な森。それは、複雑な生態系と生化学的なネットワークによって作り出される知性を持っていた。だが、植民者である人類は森林を一掃しようとする。阻止しようとした主人公たちは、森のただ中に追放されるが……。人間社会と自然との対立を描いた作品で、今読むと映画『アバター』を連想します。もしかして本当に元ネタなんじゃないかと思えるほど。


『おじいちゃん』(ジェイムズ・H・シュミッツ)
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虫と虫乗りほど似ていないふたつの生き物の神経組織が、ひとつの器官として機能するほど密接に結びつくような興味深い共生に関して、コードはぼんやりと考えをめぐらせていた。
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文庫版p.124

 異星の海を渡るために植民者たちが利用しているオオオニバスのような大きな浮葉植物。いつもは無害なその植物の行動が、突如として知的かつ敵対的なものに変容する。いったい何が起きたのか。その謎を解かない限り、生還は不可能だった。命懸けで異星生物の生態の謎解きをするサスペンスあふれる作品。


『キリエ』(ポール・アンダースン)
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その体は、イオンと、原子核と、力場とでできていた。それは、電子や、核子や、X線を代謝した。それは長い生命期間にわたって、一つの形態をたもった。それは繁殖した。そして思考した。
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文庫版p.139

 安定したプラズマ渦から構成されるエネルギー生命体。人類はその一員と共に超新星爆発の中心部探査に向かっていた。エネルギー生命体とのテレパシー接触を担当する女性は、「彼」と(究極的にプラトニックな)恋愛関係にあった。だが、予想外の事故が彼らを襲う。それが悲劇のはじまりだった。

 後に様々な作品で繰り返し使われることになる「ブラックホール+悲恋もの」の嚆矢となる作品。何と言っても、書かれた時点では「ブラックホール」という用語がまだなかった、というから凄い。


『妖精の棲む樹』(ロバート・F・ヤング)
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 彼女は、なかば坐り、なかばよりかかるような姿勢で、彼女の体重をささえるには細すぎる、とある枝の上にうずくまっていた。そして、その薄い衣類は、周囲の葉の重なりと完全に溶け合っていたので、もしもその妖精めいた顔と金色の四肢、目のさめるような金色の髪がなかったなら、彼は、ぜんぜん彼女など見てはいないと断言することができただろう。
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文庫版p.180

 異星に最後に残った巨木を切り倒すべく、何日もかけて世界樹を昇ってゆく主人公。彼の前に姿を現した美しい妖精ドライアドは、木を殺さないよう彼に訴える。彼女への想いを振り切るようにして巨木の伐採を続ける主人公。だが、世界樹とこの星の生態系との密接な関係を、彼は知らなかったのだ。

 生態系に無理解なまま強行される開発が引き起こす事態を扱った作品ですが、登場する美少女妖精とのラブロマンスの部分が、もう、とにかくロバート・F・ヤング。


『海への贈り物』(ジャック・ヴァンス)
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人間の使う道具は、金属、陶器、繊維、すべて無機物だ----少なくとも、死んだものだ。だが、生きた道具----支配種族が専門的な用途に利用する、専門化された生物----に依存する文明だって想像することはできる。
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文庫版p.281

 異星の海洋でレアメタル採掘を行っていた船に起きた奇怪な事件。深海にひそむ異星生物が突如として攻撃を開始したのだ。攻撃を止めさせるには彼らとの意思疎通が必要だが、手足も言葉も道具も持たない、あまりにも異質な文明を持つ海洋生物とのコンタクトは可能なのだろうか。

 王道的なコンタクトテーマSF。映画的な展開にアクションシーンも多い娯楽作ですが、異星生命の描写や海中探査シーンなどいかにもジャック・ヴァンス。今読むと映画『アビス』、いやむしろ『深海のYrr』(フランク・シェッツィング)を連想します。


『黒い破壊者』(A・E・ヴァン・ヴォークト)
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「いったいぜんたい、なにを入れちまったんだろう?」男たちのひとりがうめいた。「おい、やつがその力を自在にあやつり、どんな振動の形でも送りだせるとしたら、こっちは皆殺しにされるしかないんだぞ」
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文庫版p.371

 科学者たちが乗る宇宙探査船が遭遇した黒猫型の猛獣。ほとんど不死身の身体、長くのびた強力な前脚、肩からはえた触手によりあらゆるエネルギーと波動を自在にあやつり、分子組成に干渉することでどんな堅固な物質をも軽々と粉砕してしまう超生物、その名はケアル。宇宙船内を舞台に、科学者たちとケアルとの死闘が始まる。

 後に改稿され『宇宙線ビーグル号の冒険』の一部となった、ケアルが大暴れする原型作品。ケアル(クァール)といえば「ムギ」しか知らない方は、本編でオリジナルの強さ凶暴さかっこよさを知ってほしいと思います。


[収録作品]

『狩人よ、故郷に帰れ』(リチャード・マッケナ)
『おじいちゃん』(ジェイムズ・H・シュミッツ)
『キリエ』(ポール・アンダースン)
『妖精の棲む樹』(ロバート・F・ヤング)
『海への贈り物』(ジャック・ヴァンス)
『黒い破壊者』(A・E・ヴァン・ヴォークト)


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『どうする どうする あなのなか』(きむらゆういち:文、高畠純:イラスト) [読書(小説・詩)]

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「それよりさ、まず みんなで ちからを あわせて
このふかい あなから でる ほうほうを かんがえようよ」
「たべるのは それからでも いいじゃん」
「なるほど……たしかに そうだな」
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 山猫の夫婦と三匹の野ネズミたち。五匹はうっかり深い穴の中に落ちてしまいました。さあ、どうする どうする。ユーモアと寓意に満ちた楽しい絵本。単行本(福音館書店)出版は2008年6月です。

 ページが異様に横長い不思議な形をした絵本です。実は、背中を上側にして、カレンダーのように縦に開いて読むようになっているのです。そうすると「上」のページと「下」のページがつながって、うんと深い穴の絵が登場するという仕掛け。まず、この仕掛けで子どもの心をぐっとつかみます。

 物語はユーモラスに見えて意外とシビア。深い穴の底に落ちた五匹は、全員で協力しないと脱出できない。だから、少なくとも今すぐに野ネズミを食べるわけにいかない山猫夫婦。では、どういう順番で脱出すればいいのでしょうか。


野ネズミたちが先に出て、草のつるを垂らして山猫夫婦を救出する案
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「おまえたちだけが あなのそとに でたら、そのまま にげちゃうんじゃないのか」
「そうよ。そしたら あたしたちだけ ずっと あなのなかじゃないの」
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山猫夫婦が先に出て、草のつるを垂らして野ネズミたちを救出する案
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「だめよ。あなたたちが あなのそとで まっていて
のぼってきた わたしたちを 1ぴきずつ たべちゃうもん」
「そうだ、きけんだ」
「ぜったい しんようできない」
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 さあ、困った。このままでは、全員が死んでしまいます。どうすればいいのでしょうか。子どもたちも色々と考えてみることでしょう。

 協力すれば全員が助かるが、協力すると見せかけてこっそり裏切れば、自分たちだけが得をする。こういう状況は、人間の世界でもよくあることです。人間は猫や鼠より賢いから、互いに信頼し協力しあって、あるいは公平な取り組めによって、問題を解決できる……のでしょうか?

 この絵本を読んで色々と考えた子どもたちが大人になる頃、私たちがどうやら落ち込んでいるらしい「あなのなか」から、うまく脱出する方法を見つけてほしいものだと切実にそう思います。まだ幼い甥と姪に、クリスマスプレゼントとして贈る予定です。


タグ:絵本
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『池袋チャイナタウン 都内最大の新華僑街の実像に迫る』(山下清海) [読書(教養)]

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世界中どこに行っても、既存のチャイナタウンに新華僑が流入する一方で、まったく新しいチャイナタウンが形成されている。(中略)
 グローバルなスケールでみられるこのような新華僑の動向が、日本でも認められるようになった。その象徴的なものが池袋チャイナタウンである。
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単行本p.185

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 池袋駅北口は、日本で増大を続ける新華僑たちが織りなす多様なビジネスの実験場でもあり、逆にこの半径500メートルほどのエリアに密集する新華僑ビジネスの実態をみていくことで現代中国の断面をうかがい知ることができよう。池袋チャイナタウンは、日本でもっとも中国に近い街であり、そこから、今の中国が見えてくるのである。
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単行本p.45

 池袋駅北口の周囲に形成された「見えない中華街」、池袋チャイナタウン。このエリアで新華僑が経営する店舗数はすでに200店を超えるという。その実態はどのようなものなのか。知られざる都内最大のチャイナタウンの歴史と現状を詳細にレポートする一冊。単行本(洋泉社)出版は2010年11月です。


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新華僑テナントによってほぼ占められているビルが、北口周辺にはいくつかある。まさにここは雑居ビルに浸透するかたちで形成された、大都市型チャイナタウンといえよう。そして、膨張する新華僑たちの暮らしをささえる雑多な営みが集積しているのが、このチャイナタウンの特徴である。
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単行本p.37


 いきなり私事で恐縮ですが、東京芸術劇場で公演を観た後の定番コースとして、池袋駅北口方面にまわって中華料理を食べるというのがあります。地下にある四川料理店やテイクアウトできる焼き小龍包店で食事をして、中華食材店で鶏ガラ入りラー油やら葱クラッカーやら購入して帰宅する、というのがパターン。

 この辺り、実は改革開放政策後に移住してきた、いわゆる「新華僑」の人々によって経営されている店舗が200をこえてひしめきあう、都内最大のチャイナタウンが形成されているのだといいます。横浜中華街のように観光地化されておらず、雑居ビルに浸透して出来た見えない中華街。それがここ、池袋チャイナタウンなのです。

 本書は、この知られざるチャイナタウンの実態を詳しくレポートしてくれる本です。全体は6つの章から構成されています。


第一章 池袋チャイナタウンとは?
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いくつかの要因と偶然がかさなって池袋に落ちた新華僑社会のタネは、やがて根をおろし、多くの同胞を吸収するようになった。そうしたなかで新華僑たちの暮らしをささえる飲食店や多様なビジネスが生まれ、いつしか日本で暮らす新華僑たちの営みに根ざした「本物のチャイナタウン」ができあがったのである。
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単行本p.30

 まずは基礎知識として、新華僑と呼ばれる人々がどのようにして池袋に集まるようになったのか、その歴史からスタートします。そして、横浜中華街と比較する形で、「本物のチャイナタウン」としての池袋北口界隈の特徴を浮き彫りにしてゆきます。


第二章 彼らはなぜ日本にやってきたか
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 こうした背後関係を負っているため、ひとりが日本へ行けば、そのつながりを頼って別の中国人がやってくることになり、先に来日した者は、あとから来た者の面倒をみる。これは、彼らにとっての掟である。
  (中略)
近年世界各地に進出している新華僑をささえているのは、老華僑の伝統的な社会でとくによくみられたように、実は中国の農村に色濃く残る強固な地縁血縁社会であるともいえるのである。
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単行本p.66

 池袋で店をかまえている新華僑への取材を通じて、その事情を探ってゆく章です。なぜ福建省からの移住者が多いのか、中国東北地方の朝鮮族が韓国よりむしろ日本に親近感を持って移住してくるのはどうしてか、そして日本社会が彼ら新華僑を必要としている要因とはなにか等、背景を深く掘り下げてゆきます。


第三章 池袋・新華僑企業家列伝
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彼らは裸一貫どころか、一様に借金という大きなマイナスを背負ってスタートしており、日本人が遠い昔に忘れてしまった、がむしゃらさや旺盛な独立心には圧倒させられる。
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単行本p.47

 不動産会社、自動車学校、蒙古料理店、火鍋料理店、美容院を取り上げ、それぞれの経営者へのインタビューを通じて新華僑の人となりや生活、夢や目標、経営哲学、個人的な悩みなどを聞き出し、ここで生活している個人としての姿を生き生きと描き出します。


第四章 新華僑の経営スタイルと暮らし
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 新華僑経営者たちに特徴的なのは、この同胞に対する冷たさ、無関心さ、非友好的な姿勢だ。(中略)新華僑経営者たちによる同業組合のたぐいは、業種のいかんにかかわらず、ここ池袋チャイナタウンには存在していない。
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単行本p.116

 「新華僑どうしで横のつながりをもつなら日本人とつながったほうがいい」(単行本p.116)と言い放つ強固な独立精神、新規ビジネスが軌道に乗る前から次のビジネスにまた次のビジネスにと手を出すスタイル、子どもの教育問題など、新華僑たちの仕事と生活の特徴と課題についてレポートします。


第五章 東京中華街構想の波紋
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「東京中華街」構想は、池袋駅を中心に半径500メートルほどのエリアで、そこに点在する飲食店をはじめとする新華僑経営の多様な店をつなぐネットワークをつくり、新たな「中華街」を構築しようという構想である。
  (中略)
 だが、池袋チャイナタウン史に刻まれるべき東京中華街構想は、地元商店会の反発を招くことになった。もともとは地元との融合を進めるべく考えられた中華街構想が、結果的に新華僑と日本人の溝をつくってしまったのだ。そうなったのはいくつかの要因がからんでいるが、池袋の繁華街で起きたひとつの波紋は、今の軋みがちな日中関係の縮図のようにみえる。
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単行本p.142、145

 東京中華街構想はなぜ頓挫したのか。構想推進側と地元商店会の双方に取材して、その経緯を明らかにしてゆきます。新華僑と地元住民との間にある軋轢が、実際どのようなものであるかが示されます。


第六章 池袋チャイナタウンのゆくえ
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 この先、儲からないとわかれば、新華僑は日本に見切りをつけるかもしれない。彼らは、長い時間をかけて日本社会に根をおろした老華僑とはまったく異質だ。彼らはいざとなれば帰るところを持つ人たちであり、(中略)いまは自国に大きなチャンスが広がっている。そうしたことを考えると、いずれ池袋駅北口から潮をひくように新華僑がいなくなる可能性は捨てきれない。
 そうなる前に、彼らがどれだけ日本人客をつかむことができるか。それとも中国人同胞相手の街で終わるか。池袋チャイナタウンは、いま重要な岐路に立っている。
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単行本p.181

 過当競争のなかで誰も利益を出せなくなっている現状と、「アジアのなかで存在感を失いつつある日本の姿」(単行本p.180)を尻目に、池袋チャイナタウンの新華僑たちは今後どうするのでしょうか。また、日本人は彼らとどのように付き合ってゆくのでしょうか。日中関係の縮図のような池袋チャイナタウンの将来を考察します。


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今後日本と中国は経済活動において、より相互依存を深めていくことは間違いない。ビジネスを通じて、さまざまな局面で日本人と中国社会は出会い、軋轢を重ねていくだろう。
 池袋チャイナタウンの動向は、それらを先取りするとともに、将来を見据えて日本社会と日本人がどのように対応するべきかの試金石を提供している。
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単行本p.6


 というわけで、そこに何度も足を運びながらも、ほとんど見えていなかった池袋北口エリアの実態について詳しく教えてくれる本です。次に池袋に行ったときには、著者のウェブページも参照しつつ、この「もっとも中国に近い街」を歩き回って食事をしてみてはいかがでしょうか。

  池袋チャイナタウンの歩き方(清海老師の研究室)
  http://www.geoenv.tsukuba.ac.jp/~yamakiyo/IkebukuroChinatawn_Arukikata.html


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『うどん キツネつきの』(高山羽根子) [読書(SF)]

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「なんで私はこんなに『家族』や『場所』に縛られるんだろう」
  (中略)
「解らないけど、意識とか、魂みたいなものは、ひょっとしたら私自身にあるんじゃなくて、所属している集団とか、場所のほうにあるのかも」
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単行本p.263、264

 ほのぼのした日常に、ちらつく超常。創元SF短篇賞佳作に選ばれた表題作ほか、家族や仲間との絆をSF的想像力で描いた五篇を収録したデビュー短篇集。単行本(東京創元社)出版は2014年11月です。

 どこかとぼけたユーモア、家族や土地に対する思い入れ、そして日々の生活になにげなく潜んでいる超常的なもの。SF的な背景を感じさせつつ、決してすべてを明らかにはせず、あくまでも日常感覚で語られる物語。この不思議な感触、個人的に大いに好感を持ちました。いいなあ。


『うどん キツネつきの』
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「うどん、狐が憑いてるのかなあ」
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単行本p.45

 三姉妹が拾って育てている犬の名前は「うどん」。狐が憑いているわけじゃなくて、どうやら異星生物らしいのですが、まあ何であろうと家族なんだから別にいいじゃない。ペットに関わるユーモラスな逸話を並べながら、人が他の生き物に向ける愛着について語る物語。


『シキ零レイ零 ミドリ荘』
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「ミドリ荘はさ、すげえボロボロだけど、これからもずっとあると思う。俺たちよりもずっと先まで。あると思う。
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単行本p.103

 敷金ゼロ、礼金ゼロのオンボロアパート「ミドリ荘」には変な住人がいっぱい。昭和臭のおっちゃん、フラダンスの練習をするベトナム人女性と中国人おばちゃん、顔文字やアスキーアートでしゃべる(?)ひきこもり、キクイムシの喰い跡を古代文字だと言い張って壮大な叙事詩を「解読」してゆく青年。

 そんなミドリ荘の大家の孫娘ミドリと友達のキイ坊は、空飛ぶ円盤の下に犬がいっぱい集まってくる犬事例を目撃したり、隠された謎の地下室を見つけたりと、何やら未知との遭遇の日々をそれなりに楽しく送っているのでした。

 SFやホラーになりそうでならない、たくましい日常感覚が楽しい作品。例えば、扉に現れた「生きのこりたい」という謎めいた不穏なメッセージ。かなり不気味な雰囲気に流れてもよさそうなものなのに、大家さんがぶつくさ言いながら下半分だけ消したところで放置してしまいます。【生きのこ】。


『母のいる島』
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 今回母さんのことがあって、瞳ネェ以外の十四人の姉妹が仕事や学校の休暇を取って島に集まっている。こんなことは滅多になかった。母さんの居ない寂しさも手伝ってか、私が来たことで妹たちはとても楽しそうに、海岸線を家まで、先に後に一列になって歩いた。
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単行本p.111

 南の島で16人もの娘を産んだ母親。姉妹たちは島で秘密の「レッスン」を受け、どうやら全員が超人的な戦闘力を持っているらしい。母親の入院をきっかけに姉妹たちが島に集まって、ひさしぶりに家族の団欒。そのとき(ばばーん)彼女たちを抹殺する好機と見た宿敵がついに動き出した! でも、まあ、しょせん敵ではなかったよなあ。和風『ピープル・シリーズ』(ゼナ・ヘンダースン)みたいな、ほのぼの楽しい短篇。


『おやすみラジオ』
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「鈍くて、強いから。この数日、今までないくらいたくさんの知らねえ人間とコンタクト取ったけど、こんなに怯えてねえの、あんただけだぜ。おれだって最初、あんたが黒幕かと思ってたくらいだもん」
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単行本p.188

 ネット上のブログに書かれている謎めいた出来事(乱暴に言い切ってしまうなら、介良事件)。その謎を追う語り手は、他にも様々な人が同じようにネット上の断片的な情報に踊らされているらしいことを知る。誰が、何のために、こんなに多くの人々をマニュピレートしているのか。そもそも人間にそんなことが出来るのだろうか。ネットに氾濫する真偽さだかでない怪情報の洪水に溺れる私たちの姿を寓話的に描いた短篇。


『巨きなものの還る場所』
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「知らねえのか。人が身の丈に合わんでかいもん作って、ずっと置いといて、古くなっちまうと命を持つんだ」
「んだ、そう、あんだらでかいもん、暴れ出す前に解体せんと大変なことになるからなあ」
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単行本p.206

 ねぶた祭りに使われる人型、巨大な神馬、東洋初のロボット。東日本大震災を背景に、人が土地や家族に寄せる想いの強さを「巨大なもの」に託しつつ、時空を越えて語られる鎮魂の物語。


タグ:高山羽根子
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