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『怪奇小説日和 黄金時代傑作選』(西崎憲:編集・翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 そしてもちろん幾つかはほんとうに怖い。怪奇小説というものはじつは怖くなくても構わないものであるが、人や存在というものの底を覗きこむような怖い作品が何作か収められている。
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文庫版p.518

 ゴーストストーリー、異常心理、得体の知れない不気味な出来事。怪奇小説の精髄を見せつけるような傑作を集めたアンソロジー。編者による怪奇小説論考を追加。文庫版(筑摩書房)出版は2013年11月です。

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 本書は1992年から翌年にかけて国書刊行会から刊行された『怪奇小説の世紀』全三巻から好評だったものを抜粋し、(中略)一冊にまとめたものである。『怪奇小説の世紀』の編集方針を活かしつつ、現在入手困難になっている作品や新訳を加えて充実を図った。
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文庫版p.517

 『短篇小説日和 英国異色傑作選』の姉妹編とも言える傑作選です。本書に収録されているのはもちろん怪奇小説ですが、そもそも短篇小説としてのレベルが高い傑作がそろっています。二冊合わせて読むことをお勧めします。

 ちなみに『短篇小説日和 英国異色傑作選』文庫版読了時の紹介はこちら。

  2014年11月14日の日記:
  『短篇小説日和 英国異色傑作選』(西崎憲:編集・翻訳)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-11-14

 というわけで、いくつかお気に入りをご紹介しておきます。


『墓を愛した少年(フィッツ=ジェイムズ・オブライエン)
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 その小さな墓、名前のない忘れられた墓は、ほかのものより少年の眼を惹きつけた。海から昇る朝日という見慣れない意匠は、謎と驚異の尽きせぬ源泉となった。そして昼といわず夜といわず、両親の怒りに耐えがたくなって家を飛びだした少年は墓地を彷徨い、厚く茂った草のあいだに寝ころんで、その墓にどういう者が葬られているかを考えた。
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文庫版p.10

 孤独な少年が墓地で見つけた謎めいた小さな墓。それに惚れ込んだ少年は毎日墓地に通うようになったが、ある日……。幻想的な筆致で宿命というものを描いてみせた印象的な短篇。


『マーマレードの酒(ジョーン・エイケン)
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あなたがここで幸福に暮らせることは間違いありません。そしてあなたが自分の力を疑っていることが誤りであることをぼくは確信しています。
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文庫版p.110

 森の中の別荘で出会った男に、酒に酔って「自分には予知能力がある」と法螺をふいた男。ところが冗談では済まない事態に。『ミザリー』(スティーヴン・キング)より30年近く前に発表された、色々な意味で切れ味するどい短篇。


『がらんどうの男(トマス・バーク)
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 頭に血が上って殺人を犯し、そのせいでたびたび罪の意識に苛まれるのはたしかに忌まわしいことだ。では、アフリカの密林深く葬ったはずの死体が、十五年後の真夜中にいきなり訪れて来たとしたらどうだろう。
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文庫版p.194

 かつて犯した殺人の記憶に苦しむ男のもとに、まさにその殺された男の死体がやってくる。何が目的なのかよく分からないまま、とりあえず家に泊めてやったところ、死体は家に居ついてしまう。家族からは文句を言われるし、商売はあがったり。困り果てた男は……。

 墓場から死体が蘇って殺人者のところにやってくるという怪談パターンですが、期待されるような復讐譚にならず、どこか落語のような滑稽ささえ感じられる不思議な物語です。


『ボルドー行の乗合馬車(ハリファックス卿)
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 ある日、わたしがバク通りを歩いていると、三人の男がやってきて、こんな頼みごとをしたんです。通りの突き当たりに立っている女に、ボルドー行の乗合馬車は何時に出発するのか尋ねてほしい、と。
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文庫版p.235

 女性にボルドー行き乗合馬車の出発時刻を尋ねた男。すると警察に連行され、裁判で有罪になる。監獄で事情を説明すると、囚人たちに避けられるようになった上、独房に監禁されてしまう。なぜ、こんな目にあうのか。やがて刑期を終えた男は、あの女性を見かけたが……。あまりに不条理な展開とオチに、笑うべきか震え上がるべきか迷う奇妙な味の短篇。


『列車(ロバート・エイクマン)
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 くろぐろとしたベッドに手探りで潜りこんだその時、これまでとはまったく違う種類のものと思われる列車が通った。蒸気の噴射音も車輪の軋む音もせず、ただごろごろという音が間断なく、しかも長く尾をひく。金属的な、冷たい、人間味のない、空しい音。(中略)はるか昔に聞いた母の言葉が思い出される。細かいことは覚えてないが、何でも大そう怖いものだという記憶だけが蘇った。「怪我をした兵隊さんがいっぱい乗っているの」
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文庫版p.407

 ハイキングの途中で道に迷い、遭難しかけた二人の女性。ようやく見つけた屋敷に泊めてもらうことが出来たが、どうも屋敷の主人の様子にも、また屋敷そのものにも、異常なところがあった。窓のすぐ近くに線路がひいてあり、真夜中だというのにひっきりなしに列車が通ってゆく。屋敷ではつい最近、気のふれた老婦人が首を吊ったという。二人にあてがわれた寝室は、まさにその部屋だった。

 心霊ホラーか、猟奇殺人ものか、それとも別のなにかか。じっくりとした展開から、先が読めないままじりじりとサスペンスが盛り上がってゆく手腕が見事な作品。


『旅行時計(W.F.ハーヴィー)
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 なんだか変だなと思ったのはその時です。そしてそれがこの屋敷にはどこか妙なところがあると気づいた最初でした。時計が時を刻んでなきゃいけない理由なんてなかったのです。屋敷は十二日間締め切ってありました。(中略)それなのに時計はまだ動いています。
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文庫版p.425

 留守にしてある屋敷に置き忘れてきた旅行時計をとってきてほしい。鍵を渡されそう頼まれた語り手は、一人でその屋敷に入る。二階の部屋で目指す旅行時計を見つけたものの、それはまだ動いていた。ゼンマイ式なのに? そのとき、階段をゆっくりと上がってくる足音がする。それは、とても人間のものとは思えない、奇妙な足音だった。

 状況設定が抜群にうまく、巧みな語り口で読者の想像力を刺激してくる話。地味ながら、とても怖い。夜中にふと思い出して、困ったことになるタイプの忘れがたい傑作です。


[収録作品]

『墓を愛した少年(フィッツ=ジェイムズ・オブライエン)
『岩のひきだし(ヨナス・リー)
『フローレンス・フラナリー(マージョリー・ボウエン)
『陽気なる魂(エリザベス・ボウエン)
『マーマレードの酒(ジョーン・エイケン)
『茶色い手(アーサー・コナン・ドイル)
『七短剣の聖女(ヴァーノン・リー)
『がらんどうの男(トマス・バーク)
『妖精にさらわれた子供(J.S.レ・ファニュ)
『ボルドー行の乗合馬車(ハリファックス卿)
『遭難(アン・ブリッジ)
『花嫁(M.P.シール)
『喉切り農場(J.D.ベリズフォード)
『真ん中のひきだし(H.R.ウェイクフィールド)
『列車(ロバート・エイクマン)
『旅行時計(W.F.ハーヴィー)
『ターンヘルム(ヒュー・ウォルポール)
『失われた船(W.W.ジェイコブズ)
『怪奇小説考』(西崎憲)


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