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『池袋チャイナタウン 都内最大の新華僑街の実像に迫る』(山下清海) [読書(教養)]

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世界中どこに行っても、既存のチャイナタウンに新華僑が流入する一方で、まったく新しいチャイナタウンが形成されている。(中略)
 グローバルなスケールでみられるこのような新華僑の動向が、日本でも認められるようになった。その象徴的なものが池袋チャイナタウンである。
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単行本p.185

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 池袋駅北口は、日本で増大を続ける新華僑たちが織りなす多様なビジネスの実験場でもあり、逆にこの半径500メートルほどのエリアに密集する新華僑ビジネスの実態をみていくことで現代中国の断面をうかがい知ることができよう。池袋チャイナタウンは、日本でもっとも中国に近い街であり、そこから、今の中国が見えてくるのである。
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単行本p.45

 池袋駅北口の周囲に形成された「見えない中華街」、池袋チャイナタウン。このエリアで新華僑が経営する店舗数はすでに200店を超えるという。その実態はどのようなものなのか。知られざる都内最大のチャイナタウンの歴史と現状を詳細にレポートする一冊。単行本(洋泉社)出版は2010年11月です。


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新華僑テナントによってほぼ占められているビルが、北口周辺にはいくつかある。まさにここは雑居ビルに浸透するかたちで形成された、大都市型チャイナタウンといえよう。そして、膨張する新華僑たちの暮らしをささえる雑多な営みが集積しているのが、このチャイナタウンの特徴である。
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単行本p.37


 いきなり私事で恐縮ですが、東京芸術劇場で公演を観た後の定番コースとして、池袋駅北口方面にまわって中華料理を食べるというのがあります。地下にある四川料理店やテイクアウトできる焼き小龍包店で食事をして、中華食材店で鶏ガラ入りラー油やら葱クラッカーやら購入して帰宅する、というのがパターン。

 この辺り、実は改革開放政策後に移住してきた、いわゆる「新華僑」の人々によって経営されている店舗が200をこえてひしめきあう、都内最大のチャイナタウンが形成されているのだといいます。横浜中華街のように観光地化されておらず、雑居ビルに浸透して出来た見えない中華街。それがここ、池袋チャイナタウンなのです。

 本書は、この知られざるチャイナタウンの実態を詳しくレポートしてくれる本です。全体は6つの章から構成されています。


第一章 池袋チャイナタウンとは?
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いくつかの要因と偶然がかさなって池袋に落ちた新華僑社会のタネは、やがて根をおろし、多くの同胞を吸収するようになった。そうしたなかで新華僑たちの暮らしをささえる飲食店や多様なビジネスが生まれ、いつしか日本で暮らす新華僑たちの営みに根ざした「本物のチャイナタウン」ができあがったのである。
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単行本p.30

 まずは基礎知識として、新華僑と呼ばれる人々がどのようにして池袋に集まるようになったのか、その歴史からスタートします。そして、横浜中華街と比較する形で、「本物のチャイナタウン」としての池袋北口界隈の特徴を浮き彫りにしてゆきます。


第二章 彼らはなぜ日本にやってきたか
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 こうした背後関係を負っているため、ひとりが日本へ行けば、そのつながりを頼って別の中国人がやってくることになり、先に来日した者は、あとから来た者の面倒をみる。これは、彼らにとっての掟である。
  (中略)
近年世界各地に進出している新華僑をささえているのは、老華僑の伝統的な社会でとくによくみられたように、実は中国の農村に色濃く残る強固な地縁血縁社会であるともいえるのである。
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単行本p.66

 池袋で店をかまえている新華僑への取材を通じて、その事情を探ってゆく章です。なぜ福建省からの移住者が多いのか、中国東北地方の朝鮮族が韓国よりむしろ日本に親近感を持って移住してくるのはどうしてか、そして日本社会が彼ら新華僑を必要としている要因とはなにか等、背景を深く掘り下げてゆきます。


第三章 池袋・新華僑企業家列伝
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彼らは裸一貫どころか、一様に借金という大きなマイナスを背負ってスタートしており、日本人が遠い昔に忘れてしまった、がむしゃらさや旺盛な独立心には圧倒させられる。
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単行本p.47

 不動産会社、自動車学校、蒙古料理店、火鍋料理店、美容院を取り上げ、それぞれの経営者へのインタビューを通じて新華僑の人となりや生活、夢や目標、経営哲学、個人的な悩みなどを聞き出し、ここで生活している個人としての姿を生き生きと描き出します。


第四章 新華僑の経営スタイルと暮らし
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 新華僑経営者たちに特徴的なのは、この同胞に対する冷たさ、無関心さ、非友好的な姿勢だ。(中略)新華僑経営者たちによる同業組合のたぐいは、業種のいかんにかかわらず、ここ池袋チャイナタウンには存在していない。
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単行本p.116

 「新華僑どうしで横のつながりをもつなら日本人とつながったほうがいい」(単行本p.116)と言い放つ強固な独立精神、新規ビジネスが軌道に乗る前から次のビジネスにまた次のビジネスにと手を出すスタイル、子どもの教育問題など、新華僑たちの仕事と生活の特徴と課題についてレポートします。


第五章 東京中華街構想の波紋
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「東京中華街」構想は、池袋駅を中心に半径500メートルほどのエリアで、そこに点在する飲食店をはじめとする新華僑経営の多様な店をつなぐネットワークをつくり、新たな「中華街」を構築しようという構想である。
  (中略)
 だが、池袋チャイナタウン史に刻まれるべき東京中華街構想は、地元商店会の反発を招くことになった。もともとは地元との融合を進めるべく考えられた中華街構想が、結果的に新華僑と日本人の溝をつくってしまったのだ。そうなったのはいくつかの要因がからんでいるが、池袋の繁華街で起きたひとつの波紋は、今の軋みがちな日中関係の縮図のようにみえる。
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単行本p.142、145

 東京中華街構想はなぜ頓挫したのか。構想推進側と地元商店会の双方に取材して、その経緯を明らかにしてゆきます。新華僑と地元住民との間にある軋轢が、実際どのようなものであるかが示されます。


第六章 池袋チャイナタウンのゆくえ
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 この先、儲からないとわかれば、新華僑は日本に見切りをつけるかもしれない。彼らは、長い時間をかけて日本社会に根をおろした老華僑とはまったく異質だ。彼らはいざとなれば帰るところを持つ人たちであり、(中略)いまは自国に大きなチャンスが広がっている。そうしたことを考えると、いずれ池袋駅北口から潮をひくように新華僑がいなくなる可能性は捨てきれない。
 そうなる前に、彼らがどれだけ日本人客をつかむことができるか。それとも中国人同胞相手の街で終わるか。池袋チャイナタウンは、いま重要な岐路に立っている。
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単行本p.181

 過当競争のなかで誰も利益を出せなくなっている現状と、「アジアのなかで存在感を失いつつある日本の姿」(単行本p.180)を尻目に、池袋チャイナタウンの新華僑たちは今後どうするのでしょうか。また、日本人は彼らとどのように付き合ってゆくのでしょうか。日中関係の縮図のような池袋チャイナタウンの将来を考察します。


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今後日本と中国は経済活動において、より相互依存を深めていくことは間違いない。ビジネスを通じて、さまざまな局面で日本人と中国社会は出会い、軋轢を重ねていくだろう。
 池袋チャイナタウンの動向は、それらを先取りするとともに、将来を見据えて日本社会と日本人がどのように対応するべきかの試金石を提供している。
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単行本p.6


 というわけで、そこに何度も足を運びながらも、ほとんど見えていなかった池袋北口エリアの実態について詳しく教えてくれる本です。次に池袋に行ったときには、著者のウェブページも参照しつつ、この「もっとも中国に近い街」を歩き回って食事をしてみてはいかがでしょうか。

  池袋チャイナタウンの歩き方(清海老師の研究室)
  http://www.geoenv.tsukuba.ac.jp/~yamakiyo/IkebukuroChinatawn_Arukikata.html